終.社畜にホワイトギルドは居心地が良すぎる
業務整備課の執務室は活気に満ち溢れていた。
十人以上の職員がてきぱきと動き回っている。全員、忙しそうにしながらも表情は明るい。
すべては一か月前――あの魔術研究課との会議から始まった。
ロドルフの説得に成功したクロダたちは、魔道具の開発と導入を本格的に始めた。
とりわけロドルフの活躍は目覚ましく、バルドと協力してわずか三日で試作品を完成させた。
「クロダちゃんの頼みなら、しょうがないなあ」
部門長の尽力もあってギルド規則の改正が決まり、その翌日――会議からわずか二週間後には、各課への魔道具配布がスタートした。
配布された翌日には、「業務が格段に楽になった」「これこそ求めていたものだ」など……各課から喜びの声が届いた。魔道具はあっという間にギルドに浸透していった。
一方、外部への販売も絶好調だった。アルセイン家から百台単位の大量発注が入り、翌日にはアリシアの名で王国中に宣伝が行われた。結果、いまや注文殺到の大人気商品だ。
噂によれば、すでに次の新作魔道具の開発も始まっているという。
◇
クロダはそんな賑やかな執務室の中で、ひっそりと存在感を消していた。
執務室にいる十人以上の職員は、すべて業務整備課の所属だ。その新人たちをイゼル・リーナ・ユートの三人の課長補佐たちが率いている。
先月、ギルド全体の売上が前月比8.6倍と発表された日の部門長会議は、さすがに大荒れだったらしい。
「急すぎる」、「慎重に様子を見るべきだ」といった保守派の声もあった。……が、さすがに売上の増加が大きすぎた。
業務整備課の活躍は正式に認められ、多額のボーナスが支給された。さらに以前から提案していた残業削減に賃金ベースアップ……製品加工課のみに試験導入されていた施策が、ギルド全体に適用されることとなった。
加えて、有給休暇の導入や食堂の改装といった待遇改善も一気に進んだ。クロダたちの取り組みが、いよいよ信頼を勝ち取ったのだ。
その勢いのまま、課の規模をさらに拡大させる方針も決定した。新人研修改革の際にクロダが出会った新人の中から、希望者が五名。それに加え、他課からの転属希望も多数寄せられた。
誰を採用するか決めきれず……結局クロダは、その全員を業務整備課に迎え入れることにしたのだ。
◇
「課長!」
コソコソと自分の仕事を片付けていたクロダに声をかけたのは、新たに入った新人たちだ。
イゼルたちだけに新人全員を任せるわけにはいかず、クロダ自身も四人の新人を受け持つことになっている。四人とも、クロダのもとで働けることを喜び、うれしそうに尊敬の眼差しを向けていた。
(正直、俺ははずれ上司の部類だと思うけどな……。イゼルのほうが面倒見がいいし、リーナの方が真面目で丁寧だし、ユートの成長もすごいし……)
自虐的になりかけるが、クロダとてもう昔のクロダではない。
自分で考え、行動する。その意識を持って取り組むようになってから、見える景色は大きく変わった。
改善のヒントはいたるところに転がっている。ふとした会話から改善案を思いつくことも増え、それをすぐ実行に移すことで仕事は驚くほど楽になった。
出した提案が採用されることも増え、課長としてのクロダの存在感は確実に増していた。
◇
新人に指示を出し終えて一息ついたタイミングで、定例会議の時間となる。クロダはイゼル、リーナ、ユートを連れて別室へ移動した。
毎日行っている、状況確認のための打ち合わせだ。とはいえ、三人ともちょっとした問題はすぐに自己解決してしまうので、普段は軽い雑談をする程度の時間だ。
だが今日のクロダには“温めていた案”があった。ゆっくりと三人の顔を見回してから、切り出す。
「新入りたちも慣れてきたとはいえ、みんな忙しくて大変だよね?」
イゼルは苦笑しながら首を横に振る。
「全然ですよ。むしろ新人に助けられているくらいです」
(イゼルも、最初の頃と比べてだいぶトゲが減ったよなあ)
それはもちろんクロダが頓珍漢なことを言い出すことが減ったからなのだが、クロダがそのことに気づくはずもない。
「でもね、せっかくだし、みんなの頑張りを労いたいんだ。歓迎会もやってなかったし……」
クロダの言葉に、リーナの顔がパッと明るくなる。
「それはいいですね! 新人さんの中には、まだちゃんと話せていない子もいますから」
ユートは椅子から腰を浮かせて、今にも店の予約を取りに駆け出していきそうな勢いだ。
「楽しみっス! いつにするっスか? 僕が予約するっス!」
すっかり乗り気の三人に、クロダはほくそ笑む。
(いいぞ。この様子なら今回の"提案"も、必ず通るはずだ……!)
クロダはもったいぶるように息をひとつ吐くと、十分に間を作ってから言い放った。
「来週の休日……みんなでバーベキューをしようじゃないか!!!」
空気が一瞬で凍り付いた。
ユートが恐る恐る問いかける。
「あ、あの……休日に……っスか?」
「もちろん。定時後だと疲れるでしょ」
「えっと……全員参加っスか?」
「うん。歓迎会兼慰労会だから、当然全員参加したいよね?」
ユートの顔からは感情が消え去り、無言のままリーナに視線を送る。リーナが遠慮がちに手を挙げた。
「課長、それなら、週末に飲み会をする、ではダメですか? よろしければ、私がセッティングしますけど……」
「えー、それじゃいつも通りって感じで味気なくない?」
「いえ、そもそも飲み会すらやったことありませんけど……」
「じゃあ! 今度は飲み会も企画しよう! もちろんバーベキューとは別でね!」
リーナはそれ以上食い下がることはなかった。代わりに、イゼルが短くつぶやく。
「ユート、ロープを」
(ん?)
不思議に思うクロダだったが、ユートは当然とばかりに懐からロープを取り出す。
「あらかじめ用意してあるとは、ユート、成長したな」
「いやあ、イゼルさんほどじゃないっス」
二人は見事な連携でクロダを縛り上げていく。
「え、え、え、え」
イゼルは会議室の扉を開けると、執務室に向かって声を張り上げた。
「これからクロダ課長は“外回り”に出ます。皆さんはリーナの指示に従ってください」
「了解でーす」
「ちょ、ちょ、ちょっと待っ」
一切取り合ってもらえない。
「新人たちは私がしっかり面倒を見ておきますから、課長は心配せずに行ってきてください!」
リーナに笑顔で見送られ、そのままイゼルとユートの二人にずるずると引きずられていく。そしてギルド会館の玄関を越え、外に突き出された。
「それでは、外回り、行ってらしてください」
イゼルはさわやかな笑顔でそう言い放った。クロダは助けを求めるようにユートを見たが、ユートもイゼルに同調する。
「そうっスね……。最近お世話になってる、アルセイン家にご挨拶に行くのがいいんじゃないっスか? 課長、お茶会に誘われてたっすよね?」
クロダはロープで全身を縛られた状態のまま、必死で二人ににじり寄る。イゼルは憐れむような目でクロダを見ていた。
「休日バーベキューで若手が喜ぶと思ってるのは、課長より上の人たちだけですよ……」
「な……!」
「新人たちに嫌われたくなかったら、もう少しマシな案を持ってきてください」
「ま、待って! なら、旅行、社員旅行にしよう! それなら……」
クロダの必死の懇願もむなしく、イゼルとユートは笑顔で手を振りながら、ギルド会館の扉を閉めた。ガチャリと扉をロックする音が聞こえる。
「な、なんでぇぇぇーーーーーーーーーー!!!」
外は、雲一つない晴天だった。
クロダがここ数年、目にすることがなかった青く澄んだ空に――クロダの悲痛な叫びが響き渡った。




