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第36話 偽りの戦火 7 竜の巣窟

 大国ブーレイの南方は、北のヴェストリ大陸と南のスズリ大陸の境となっており、西から東に5千メートル級の小スズリ山脈が連なる。そのスズリ大陸側のカラクニ山の麓にドラゴンの出現地点が見つかったのだ。

 活火山であり、今も煙がたなびくカラクニ山は、度々噴火を起し、周辺は荒れた真っ白い土地が広がっている。魚も生息できない青碧色の美しい湖が点在する。人も踏み入れそうもないこの地にドラゴンの出現地点があり、そこには石造りの巨大な研究施設があった。


 カラクニ山はただの活火山ではない、うちに竜力を秘めた火山だと言われる。火山にはドラゴンが巣くい、竜力が蓄積されていると言うが、それでもここは、それほど大きなドラゴンの巣ではないようだ。巨大なドラゴンが羽を休めたところに、偶々《たまたま》巣くったのが始まりのようだ。それでもこの辺りには、優に100体を超えるドラゴンがいそうだ。

 剣聖団もこうした地点が、アーシアの各地にあることは確認していた。しかし、そのほとんどが人間が足を踏み入れることが叶わない危険な場所にあり、剣聖と雖も近づくことが難しい場所なのだ。そのため、一国が、この場所を利用することなど、予想していなかったのだ。




 ブーレイの巨大なドラゴンの研究施設。

 

 この辺りは、火山の噴煙の影響か、いつも厚い雲に覆われ、曇り空だ。

 そして、今日も。


 時刻は、 未時びじ正刻せいこく(午後二時)頃



 スフィーティア・エリス・クライは、数キロ離れた山間やまあいの木々も生えず草が所々に見える黒くなった山肌の斜面から、その研究施設を遠望していた。


「あれか。このような場所にあのような施設ものがあるとは・・・」


 数キロ離れていても剣聖である彼女には、肉眼でハッキリと建物がどのようなものか見て取れたし、出入りする人ですら確認できる。建物の上空には、ドラゴンが何体か飛んでいた。



 その時だ。


 背後から殺気が近づいているのを感じた。



 ガッキーンッ!


 スフィーティアは、咄嗟に振り返り、剣聖剣カーリオンを抜くや、鋭い剣撃を受け止めた。

 スフィーティアは、剣越しに眼光の鋭い男の顔を確認した。


(ドレン・ディード・・・)


 男は、2メートルはあろう長身でがっしりとした細身の男だ。寸分も乱れないオールバックの黒髪で額に何本か皺が寄っている。そのキッチリさが、細い鋭い眼光とともに神経質そうな気質を感じさせる。


「まさか、コンビを組む相手が、貴様だったとはな。スフィーティア・エリス・クライ。貴様だと知っていれば、この任務受けなかった」

 ドレンは、スフィーティアを睨み、吐き捨てるように言う。



 この男は、剣聖ドレン・ディード。


 得物えものは、身長ほどもある長い黒刀だ。その太刀筋はあまりにも早く、鋭く、ドレンが剣を抜いた瞬間に対象えものは斬られていると言われるほどの居合刀の達人だ。


 剣聖の白のロングコートの下には、上は黒いブラウスにベストのシャツ、下はレギンス風の黒いズボン、黒のロングブーツを着込む。


 ドレンは、つばぜり合いの刀に力を込め、スフィーティアの剣を弾くと、黒長刀を背中に納めた。


 ドレンは、スフィーティアよりも5つ年上の23歳だ。剣聖としてのキャリアもベテランの域に達している。当然目上の剣聖となり、敬意を払う必要がある。剣聖団も軍隊と同じように上下関係が厳しい組織だ。

 


「様子はどうなっている?」

「はい。ドラゴン4体が研究施設周辺を見張るように上空を飛んでいます。他に6体が潜んでいる竜気りゅうきを感じます」

「ドラゴンの種類は?」

「上空のドラゴンは、クリムゾン・ドラゴン、エメラルド・ドラゴン。潜んでいる中にはアンバー・ドラゴンもいるでしょう」

「わかった。ドラゴンの方は私が相手をしよう。貴様は、研究施設を探れ。何かわかったら連絡しろ」

「一人で10体をですか?」

「竜気からここのドラゴンはせいぜいBT級(※)止まりだ。何体来ようが私一人で十分だ。不服か?」

「いいえ」


※ドラゴンの種類に関係なくその竜力の強さによって、剣聖団は格付け(ランク付け)している。ランクは5つあり、BT級は、うえから3番目。只この枠に収まらない規格外のドラゴンもいる。詳しくは拙作『剣聖の物語 美の剣聖スフィーティア エリーシア編 第65話 神聖剣』を確認いただきたい。

 


「なら、いい。エリス・クライ、私は、お前のその甘さが嫌いだ。それは、仲間を危険に晒す。()()()()()()()は許さんからな」

「肝に銘じています」

 スフィーティアは、唇を噛んだ。

「では、行くぞ!」

 

 ドレン・ディードが、その場から消えた

 


 次の瞬間、研究施設の周囲をゆっくりと飛んでいたエメラルド・ドラゴンが落下した。


 それを見て、スフィーティアは、ドレンの言葉通り、ドラゴンの方はドレンに任せて大丈夫と感じた。


「ドレンが、ドラゴンの気を引つけている隙に私は、研究施設に潜入する」




 スフィーティアは、ドレンの襲撃による混乱の中、研究施設内に難なく潜入する。


「敵襲だ!」

「警戒していたドラゴンが、落とされたぞ!」 

「大胆な奴だ。一人でここを襲撃して来るとは!」



 そうした、ブーレイの警備兵の声が聞こえる中、気づかれないようにスフィーティアは、研究施設の中心方向へと進んで行く。



 スフィーティアは、巨大な研究施設中心部の地下へ続く階段を発見し、降りていく。途中黒衣の魔導士等と遭遇することもあったが、首筋を打ち気絶させたり、隠れたりしてやり過ごして、進んだ。

 そうして地下最下層のエリアまで降り、突き当りの両開きの大きな扉の前へと辿り着いた。


 ギギ、ギギーーー!


 大きな扉を開き、スフィーティアは、中に入る。



 そこは、巨大な部屋だった。

 

 中は、あかりが乏しく薄暗い。中心部付近が明るく光っていた。広間には10名ほどの人の気配も確認できた。それに、この広間からは一際強い竜力が満ちているのを感じた。


 人の気配は、暗黒魔導士であるのがわかった。暗黒魔導教団の魔導士。世界を滅ぼす暗黒竜の復活を願い、世界を再生しようという思想の()()()()()だ。



「剣聖が、ここをかぎつけたようです。大胆にも襲撃してきました。外で暴れ回っています。既にドラゴン3体が殺られました」

「施設で拘束しているドラゴンも放て。排除できなければ、ここは放棄する」

 リーダー格の背の高い黒衣の男が言う。目深のフードで顔は確認できない。


 スフィーティアは、離れた位置の物陰からその様子を確認する。



 赤、青、緑、茶色と明るく光る大量の石が見えた。それらは、竜石りゅうせきだ。竜石の上に光を放つ黒光石こっこうせきが宙に浮いていた。その周囲に黒い法衣を纏う暗黒魔導士等が10名位おり、杖を規則的に振るっていた。その中で一人一際背の高い男が、宝玉が先についた杖を掲げ、何やら唱えていた。黒光石こっこうせきに竜石が反応し、明るく光を発っているようだ。


「あの黒く光る石は、何だ?竜石が反応しているのか?」

 

 スフィーティアは、そっと近づいていくと、大小のシリンダー型の筒がいくつも配置されているエリアに来た。シリンダーの中から竜力を感じ、その一つを覗く。

 すると、スフィーティアの眼が大きく開く。

「何だ、これは?」

 中には、小さなドラゴンが丸くなって液体の中に浮いていたのだ。ドラゴンは、眠っているようだが、生きているのがわかった。


「ここで、ドラゴンを作っているのか?」

 これらのシリンダーは、竜を作る培養炉だ。

 

 竜石を入れられた培養炉。大きなものは天井まで届き、5メートル位の竜が入れられていた。



「誰だ?そこにるのは?」

 背の高いリーダー格の黒衣の男が、スフィーティアに気づいた。


「チっ!」

 スフィーティアは、大きな培養炉を潰していき、中のドラゴンを殺していく。



「剣聖が既にここにも。研究施設ラボ内に侵入されていたのか。ここは放棄だ!」

 背の高い男は、宙に浮いていた黒光石を手に取り、研究施設から急ぎ跳び出していく。

 竜石の眩い輝きが収まり、培養炉の竜が次々と目を開けた。大きな培養炉からは、ドラゴンが培養炉を割り、出て来た。


 3メートルから5メートルの赤や緑色のドラゴンが、一気に何十体も出て来た。

 そして、スフィーティアを見つけるや、襲いかかって来た。


「チっ!」

 まだ、成体になる前のドラゴンだ。鱗もそれほど固くなく、スフィーティアは、次々とその心臓を貫き狩っていく。一通り狩った後、竜石の傍まで行く。

「こんなにも竜石が・・。どうやって奴等はこれを?」



 その時だ。


 近くの培養炉が割れた。

「!」

 スフィーティアが振り返る。


 そこから1メートルほどの赤い竜が、ボトリと出て来た。というよりも落ちてきた。そしてスフィーティアにすり寄って来たのだ。

「え?」

「クー、クー」

 子供のような声で、その幼竜は鳴いた。


 その赤い眼は、悪意を知らない屈託ないものだ。

「こいつ・・・」

 スフィーティアは、まじまじと見つめる。


 そこにドレンが入って来た。培養炉の中の竜を見つめる。

「ふ、やはりここで竜を産み出していたということか」

 そして、次々と培養炉を壊し、中の竜を殺していく。


 スフィーティアは、その間、すり寄る幼竜を見極めようとしていた。


 これは、竜だ。竜は人を襲う。

 討伐の対象。躊躇わず殺す。

 剣聖は、そう訓練されている。

 だから、何も躊躇することなどないのだ。


 しかし、スフィーティアは、躊躇った。


 幼竜に接したのも初めてだったし、愛くるしいものであることも知らなかった。


 今これを殺すことは、()()()()を閉じることになるのでは?


 竜と人、剣聖が共存する。現にドラグナーやドラゴンライダーという竜と共にある者達もいるのだ。


 即狩るというのでは、新しい未来は、見えてこない。



「さて、そいつで最後だ。さっさと殺せ、スフィーティア」 

「え?」

 スフィーティアは、すり寄る竜を見つめた。

 その竜の円らな眼は、あくまでも純真で自分が殺されることもわかっていないようだ。


「いい、退け!」

 ドレンが、痺れを切らし竜に狙いを定め、突きかかる。

「やめてください!」

 スフィーティアが、間に入り、ドレンの剣を受け止める

「貴様、指令を忘れたか?ドラゴンは全て排除しなければならない」

 スフィーティアは、すり寄る竜を庇う。

「そいつは、ドラゴンだ。我々の討伐の対象だ。殺せ!」

「しかし、こいつは私達に危害を加えません」

「何を、訳のわからないことを。ドラゴンはドラゴンだ。いずれ人間の脅威となろう。この数のドラゴンが成竜となったら人間の脅威となるんだぞ。そこを退け!」

「しかし・・・・」

 スフィーティアは躊躇った。


 ドレンの言う事が、正論だ。

 通常なら正しいとスフィーティアも理解できた。


 しかし、この竜は、まだ生まれたばかりの幼竜だ。

 まだ、人間ひとへ危害を加えることを知らない。

 この先の育て方で変わるのではないか?

 

 そうなれば、竜への対処の仕方・関わり方も変わる。

 人間と竜の争いの歴史に希望をもたらすことにならないか?


 スフィーティアは、そんな期待感を抱いていた。


 スフィーティアは、彼女の陰に隠れる赤い幼竜の円らな眼を見て思った。

 この竜は、まだ何も知らないのだ。

 剣聖われわれが竜を殺す人であることを。



「そこをどけ!残りはその幼竜だけだ」

 ドレンが長刀を向ける。

 スフィーティアの額から冷や汗が浮かぶ。

「できない」

 スフィーティアは、首を横に振る。


「貴様!」

 ドレンが眦を吊り上げ、スフィーティアに上段から斬りかかった。

「剣聖の使命を忘れたか。スフィーティア」

 スフィーティアは、ドレンの刀を剣聖剣カーリオンで受けると二人は睨み合った。


「わかっています。しかし、この竜は幼竜。人に危害を加えることを知らない。保護して、教えれば、闘い以外の選択肢を見つけられるかもしれない」

「何を甘いこと!」

 ドレンの剣勢が増し、スフィーティアを押し返し、スフィーティアはよろめいた。

 ドレンは、幼竜を一突きしようと刀突きを繰り出した。



 チュドドーーーーーーーーーーーンッ!


 その時だ。

 大きな衝撃が起こった。


 ドレンは、バランスを崩し、刀を止めた。



 外では、この研究施設が巨大な赤黒いドラゴンのブレス攻撃により、焼かれ次々と建物が崩れていく。


 巨大な施設の建物は、崩壊し、スフィーティアのいた地下フロアの天井に風穴が開いた。


 上空を巨大な赤黒いドラゴンが浮遊していた。

 この巨大なドラゴンは、研修施設と周辺を焼き尽くしたようだ。



「何だ?あの巨大なクリムゾン・ドラゴンは?」

 赤黒い竜は、100メートル近い巨竜だった。



 巨大なドラゴンが、大きな口で息を吸い込むようにすると、地下室中央にあった竜石が、上空へと舞い上がって行き、赤いドラゴンの口の中へと吸い込まれていく。そして、赤い幼竜も上空へと吸い寄せられるように舞い上がって行った。巨大なドラゴンの周囲には、この研究施設に閉じ込められていたドラゴンや周辺にいたドラゴンも舞っていた。

 

 その数、100体位はいそうだ。


 スフィーティアとドレンは、空いた天井穴から地下室を出て、上空を見上げた。


 とても、剣聖2人で相手にできる数ではない。

 ドレンは、唇を噛み、見上げていた。


 しかし、巨大な赤黒いドラゴンは、2人を一瞥しただけで、上空へ上空へと昇って行く。他のドラゴンも後に続く。近くに舞っていた幼竜も他のドラゴンも、上空へと昇って行く。


 幼竜は、スフィーティアの方を見ていた。


 幼竜は、小さな手を微かに動かし、さようならと言っているように、スフィーティアには見えた。


 そして、空いた黒い空間の歪みへと竜は次々と消えて行った。



「くそ!ドラゴンをみすみす逃がしてしまった!」

「あの数では、どうしようもありません」

 スフィーティアが首を振る。


「スフィーティア!」

 ドレンが、眦を吊り上げ、スフィーティアの胸倉を掴む。

「貴様、何故あの幼竜を殺さなかった?」

「・・・・・」

 スフィーティアは答えず、視線を逸らす。


 その態度が余計ドレンを苛立たせた。

 ドレンは、スフィーティアの横っ面を殴り倒した。


 スフィーティアの身体が宙に浮き、吹き飛んだ。


「貴様の甘さが、ドラゴンを逃がした」

「すいません」

 スフィーティアは、口から出血した血を手の甲で拭い、立ち上がる。

「すいませんで済むか!お前が逃がしたドラゴンはいずれ人を襲うんだぞ!」

 

 スフィーティアは、言い返せす言葉が無かった。唇を噛むしかない。


「この件は、本部に報告する。覚悟しておけ」

 そう言い残すと、ドレン・ディードは、スフィーティアに背中を向け去っていく。

「・・・はい」

 スフィーティアは、小声で応じた。



 情に動かされ、判断を誤った。

 それは、事実だ。

 反論できるものではない。

 


 しかし、まだスフィーティアには自分の判断が間違っていたのか、釈然としなかった。


 あの幼竜を保護できていたら、人を襲っただろうか?

 

 剣聖と竜が争い合うばかりではない。


 そんな世界をスフィーティア・エリス・クライは、たかったのだろう。 


                               (つづく)


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