元義兄、先輩を家にあげる
バイトが終わり、帰宅中に今夜のおかずを散策していると、携帯に着信が来ていたのに気づいた。それもれみからで何回もだ。
「よぉれみ。どうした?」
【どうしたではありません。そちらことどうしたのですか】
「そういうわけじゃないよ。ちょっと忙しくて・・・・・・・・・」
【女の人と遊ぶのがですか?】
「違う。バイトだバイト」
【女の人と遊ぶバイトですか?】
一回お兄ちゃんのことをどんな風に見ているのか討論しないといけないかな。
「普通のバイトだ。警備員とか」
【兄さんには前科がありますので】
「・・・・・・・・・それでどうした?」
もうこの話題はやめておこう。
棘がある声にそう判断した。
【用事がなければ電話をしてはいけないのですか?】
「そういうわけじゃないけど」
【兄さんは私がいないと気が緩む傾向にあります。食事もジャンクフードやインスタントで済ませるのでは、と】
「はははは。そんなことないよ?」
棚から抜きとろうとしたおにぎりと弁当をそそくさと戻した。
【ならもっと来ればいいじゃないか】
【そうしたいのは山々ですが、高校で文化祭があるので】
「あ~~~。そっちもか」
【もしかして兄さんの大学もですか?】
「ああ。ちょうど健と昼間に話してたんだ」
それかられみとお互いの文化祭、学園祭の話になったけど、どうも俺の通っていた文化祭とは違うらしい。
外部からオーケストラを呼んでちょっとしたコンサートを開くとか、キャンプファイヤーをやらないとか来れるのは生徒に配るチケットを持っている人だけとか。共学の高校出身からすれば驚くことばかりだけど、逆にれみからは共学の文化祭、そして大学の学園祭が信じられないらしい。
【学校一つでもこんなに違うんですね・・・・・・・・・不思議です】
「だな。別世界みたいだ。はは。一回そっちの文化祭に行ってみたいぜ」
【別に来てもいいですよ】
「まじで? じゃあ――」
【いえ、やっぱりダメです】
「翻るの早くない!?」
【だって兄さんがこちらに来ると私の―――いえ。兄さんは女性にだらしないですから。女の園で興奮して出禁になって私が恥をかく未来が想像できます】
「いくらなんでもそこまでしねぇよ! 大事な妹の学校で問題おこすようなことするわけねぇだろ!」
【・・・・・・・・・・・・大事ですか】
「あ」
自分の発言が唐突に恥ずかしくなって、二人揃って沈黙に。
「まぁ、そういうことだ・・・・・・・・・」
【はい。わかりました。私は不本意ですが、兄さんが問題をおこさないと信じます。ですが不安です】
「だからなんで!?」
【兄さんは知らないでしょうが、女子校は男性がいないので免疫を持っている生徒が少ないのです】
「うん?」
【そんなところに遊び慣れているチャラい大学生が来たらどうなるかおわかりで?】
「いや、わからん」
【文化祭が中止になります】
「なんでだよ!! おかしいだろ!!」
【わからないのですか? 普段慣れていない男性と触れあう機会、話す機会、同じ空気を吸う機会を一度に得たことでショックをおこしてしまう生徒が続出するのです】
「それは過言だろ!」
【女子校あるあるです】
「だったらもう全国の女子校の文化祭は男子禁止になってるはずだろ!?」
【とにかく。ダメです】
「ええ~~~・・・・・・・・・いまいち納得できない・・・・・・・・・」
【別にいいではないですか。逆に兄さんは私に学園祭に来てほしいのですか?】
「そりゃ来てほしいに決まってるだろ」
【え・・・・・・・・・】
なに? え・・・・・・・・・って。
来たくなかったの?
【兄さんは私に文化祭に来てほしいのですか?】
「まぁ本音を言えばだけど、無理にとは言わない」
文化祭にはお袋を呼ぶつもりになったけど、それをれみに付き合わせるのは申し訳ない。そうおもって積極的に誘うつもりはなかったけど。
いつの間にか俺が誘った形になってしまった。
【私が学園祭に行ったらなにをしたいのですか?】
「そりゃあ、色々案内したりさ。一緒に屋台の物食ったり出し物見たり】
【恋人がやってそうなことを、私としたいのですか?】
いや、別に恋人じゃなくてもやるだろ。家族とか兄妹とか男友達とか。一人で回っても楽しくないし。
【私と一緒に学園祭を回って、「あ、あの二人もしかしてカップルかな?」「お似合いだね~~」「というか新婚さんみたい~~」「羨ましい」と周囲の人達に見られてもよいと?】
そこまでは言ってねぇよ。というか兄妹で恋人に見間違えられて喜ぶ奴いねぇだろ。創作物の中だけだ。
そう、そんなものは――
『でも、想像してみ? れみちゃんと一緒に屋台を巡ったりするだろ? そのときテンション上がって楽しそうにしてるれみちゃんの顔見たくないか?』
「!」
『空を彩る色とりどりの花火が咲いて、明るく照らし出す。普段よりも何倍も奇麗なれみちゃんから、お前は目が離せなくなる』
「う・・・・・・・・・」
急に昼間話していたことを思い出してしまった。
れみと花火を見ながら、顔を近づけてキッスをしようとする。そんな妄想を。
【わかりました。では兄さんが私にどうしても来てほしいのなら行きます。不本意ですが】
「は!? いつの間にか話が進んでる!?」
【それで、いつですか?】
どうしよう。れみには来てほしいし楽しんでほしい。けど、お袋と俺と三人で学園祭となれば気遣って心から楽しめないのは必定。
この際は仕方がない。健が言っていたように大勢で回って少しでも気を紛らわせるという方向にするしかない。
「ああ。11月の初めだ」
【わかりました。予定が空いていればいきます】
「行く気がない奴の常套手段だぞ?」
れみは単なる興味本位、もしくは仕方なく行くというスタンスらしい。それも俺がどうしても来てほしいという風に勘違いをして。
けど、それだったらいい。お袋との
「まぁいい。じゃあまりあも誘っておけよ」
【ええ。もちろん―――? 今なんと?】
「だからまりあも一緒にって・・・・・・・・・」
【は?】
「・・・・・・・・・あの子も誘うつもりだったし」
【は?】
「いやあの―――」
【は?】
なんだかさっきより圧が段々強くなっていくぞ?
【どういうことですか?】
「どういうもこういうも・・・・・・・・・れみも友達誘って大勢で回ったほうが楽しいだろ?」
【・・・・・・・・・・・・】
「それに、最近なにかと大変だったし。まりあも含めて回ればいいとおもったんだけど】
【私が来なかったらまりあと二人きりで回るつもりだったのですか?】
「いや。それは違う。実はお袋も誘おうかとおもってたし」
【お義母さん・・・・・・・・・も・・・・・・・・・?】
なんだかれみがこわい。声が固いし、電話口のむこうで圧倒的オーラを感じる。
【あ。ふぅ~ん(察し)。なるほど。そういうことですか】
「ああ。だから――」
【ですがまりあも忙しいですしお義母さんも予定があるでしょう。突然学園祭に誘われても来れないのでは?】
「そうかもしれないけど。まだ日は空いてるし」
【専業主婦を舐めないでください。最低半年前に確認しておくのが常識でしょう】
「なに? 世の専業主婦って有名レストラン並みに予約確保困難なの?」
【当然です。どうしてもと言うなら、ご自分でお義母さんに電話されたらいかがです?】
「う・・・・・・・・・」
弱みを突かれて返す言葉もない。
【ではこれで。また今度】
「あ、れみ?」
【兄さんのばか・・・・・・・・・】
携帯電話は通話が終わった機械的な音声しか流れておらず、暫く途方にくれる。
なんで最後罵倒されたの?
頭を捻るが、いつの間にかシルエットがアパートへ近づいているのに気づいたので、
「あれ?」
部屋の扉の前に、誰かが体育座りしている。
もう既に日が暮れていて通路の蛍光灯も明るいわけではないから、はっきりと誰かはわからない。
けど、こっちが気づくより早くむこうが気づいて顔をこちらに。輪郭、服装、そしてなによりぱぁっと花が咲いたような、柔和で可愛らしい笑顔は遠目からでもわかった。
「小田先輩?」
「お帰り~~~」
スカートの臀部に付着した汚れを払いながら、立ち上がってぱたぱたと小走りで駆け寄って来た。
「バイトだったの?」
「ええ。そうですけどどうしたんですか?」
携帯には連絡はなかった。先輩だったらもし俺が留守だったら電話するなりしてたしかめるのに。
突然押しかけてくるなんて日常茶飯事だけど違和感がある。
「うん。ちょっとね。突然ごめんなさい?」
「いえ。それはかまいませんけど。なにかあったんですか? 最近大学に来てませんでしたし」
「ううん? なにも。ちょっと家のほうでゴタゴタしちゃってて~~」
ゴタゴタっていうのは気になるけど、えへへ、と笑う先輩はいつも通りにしか見えないので大した理由じゃないのかもしれない。
だけど、なんだろう。なんか変だ。
もじもじとしているし、そわそわと落ち着きがない。
「ねぇ瞬くん。ひとまず上がっていいかしら?」
「いつもノックしないで上がるくせに・・・・・・別にええ。かまいませんけど」
「ありがとう~~~」
今の先輩の笑顔が、感謝が、いつもと違って見えて仕方がない。
まるで、救われたという安堵から出た笑顔みたいだった。




