元義妹、暴走する。
軽快にチャイムが鳴った。
このアパートの部屋に来る人で、チャイムを鳴らす人はほぼいない。皆好き勝手に出入りするからだ。
もしかして宅配便か? けどなにか注文した覚えはない。だとすると、予定より早いけど、親父が来たのかもしれない。
掃除を途中で切り上げて玄関に向かうと、れみが既に立っていた。
「あれ、お前か?」
「は、はい………お、お邪魔します」
いつもと違って緊張している様子のれみを見るところ、親父に会うのを緊張しているのか。それにいつもの制服と違って大人っぽくて清楚な服装をしているから、余計顕著に映る。
「こ、これお義父様へのお土産です………」
「お、おう………」
丁重に梱包された紙包みを、冷蔵庫にしまっておく。
「ですが、本当にこういうのでよろしいのですか? 今日の料理もおつまみのようなものなのですが」
「ああ。親父はなんたって酒好きだからな。酒のつまみは大好物だ。塩と味噌と梅干をつまみに日本酒を飲める人だぞ」
「越後の龍ですか兄さんのお義父様は。トイレで倒れますよ」
博識だなぁ、俺の妹は。まさか上杉謙信の死因を知っていたとは。
「まぁ最近は歳のせいか飲む量が減ったって嘆いてたよ。一日にビール一本と日本酒一合でもう眠っちまうそうだ」
「それでも減ったうちになるのですか? 兄さんよりお義父様を矯正したほうが良い気がしてきました」
「じゃあさっそくやろうぜ」
れみの矯正センサーが親父を捉えそうになったので、慌てて話題を転換を図る。
「!? え、ええ、そ、そそそそ……そうですね………」
れみはわざとらしいくらいビク! と反応してギコギコという駆動音すらしそうなぎこちない動きでリビングへと向かった。
ふわりと髪から漂った、まだ真新しいシャンプーと石鹼の匂い。いつもは気にならないくらい弱い匂いが、鼻腔を擽った。
「もしかして風呂入ってきたのか?」
「え、ええ。念入りに……それはもう念入りに………」
わざわざ親父と会うためだけに? 大仰が過ぎる。
なにはともあれ、れみと手分けして掃除と片付け、準備を改めてはじめる。普段より多めに掃除をして、天井のすす払いをするほどの徹底さ。けど、俺も慣れたもので殆ど苦も無くあっという間に終わらせられた。
「あとはお料理を用意するだけですね」
「ああ。そうだな」
れみの隣に腰かける。れみは肩を震わせて、距離を少し空けた。
「このままだと、親父が来るまでにだいぶ余裕がありそうだな。なんだったらあれもできそうだな」
少しテレビゲームをするくらいはできるだろう。
だが、れみが飛び跳ねたようにびくついた。そして更に距離をとった。
「に、兄さん………。つ、つまりそれって………? お義父様が来る前に終わらせるということですか?」
お、れみも察しがついたのか。もしかして緊張感がないって怒られるかな?
「いや。こういうときはリラックスするためにも親父と会う前にやっといたほうがいいとおもうんだ。肩の力を抜いて自然でいられるっていうのかな」
「しょ、正気ですか? さ、流石に。お義父様に気取られるのでは?」
「いや、大丈夫だ。親父も慣れてるからな。ちょっと窘められるくらいだろう」
「ちょっと!? 慣れる!? まさかよくお義父様に目撃されていたので!?」
「ああ。実家にいたときは毎日な」
「感覚が麻痺しています! おかしいです!」
「れみの家だとやらないのか?」
「や、やりません! お父さんとお義母さんはわかりませんが私がやるはずないでしょう! 私をなんだとおもってるんですか!」
いや。大切な存在だっておもてってるけど、そこまで?
「ほ、ほ、ほ、本当にヤルつもりですか?」
「ああ。やリたい(ゲーム)」
「兄さんは………本気なんですか?」
少し伏せがちで憂いを帯びつつ潤んでいる瞳に、ついドキッとする。
「俺はもうとっくに覚悟を決めてるよ」
「っっっ~~~~!」
緊張していないといえば嘘になる。けど、れみに問われたこと。親父にれみを紹介するという試練に臨む。
「これは、俺達の関係のためにも、今後のためにもはっきりさせておかないといけない問題だ。いつかは来るっておもってた」
「わ、私もおもってましたが、ですがもっとずっと先かと………。最初は痛いと聞きますし」
痛い?
…………………。
あ。もしかして親父にれみとの関係を認められなくて怒られて殴られたときのことか? そんな大事な話をする前に呑気にゲームをしているとは何事だ! って親父がキレるかもしれないってことか?
心配性だなぁれみは。
「例えそうであってもさ。そういう痛みも必要なんじゃないかな。いざというときは何時間でも何日でも試していいし」
「何時間!? 何日!?」
「ああ。だって無理やりなんてダメだろ?」
「あ、あうあう………」
心の底からきちんと対話をして、親父にわかってもらいたいんだ。だから今日一日でダメだったとしても、何日かかろうと絶対に認めさせる。
先輩の説教と健の話が、そういう覚悟をより強くしたと言っても過言じゃない。
「こういうのは先延ばしにしていても、いつかは避けられないことなんだ。れみが嫌だったら、もちろんやめる」
「に、兄さん………そ、そこまで………わ、わかりました………」
れみはベッドの上でちょこんと正座をすると、三つ指をついて深々と頭を下げた。
「ふ、不束者ですがどうか末長くよろしくお願いします………」
「?」
れみはその後、何故か部屋の電灯を消してベッドの上に腰かけた。
「?」
「ど、どうぞ………」
瞼を閉じて、両手を俺のほうへ万歳のように広げる。
そのまま全身で小刻みにプルプルしているけど、なにをしているんだろう?
「ど、どうしたのですか?」
いや、こっちがどうしただよ?
「わ、私としても………その………不安なんですが………」
いや、
「な、なるほど………そういうことですか………」
そのまま横に倒れて、寝そべっている。
「ど、どうぞ………」
この子はなにをしているんだろう。
どうしてベッドの上で仰向けになって俎板の上の鯉みたいになってるんだろう。
「いや。そんなことしてたらできないだろ」
「ど、どうしてですか………?」
「れみにもやってもらわないと」
「わ、私にも!?」
「わ、わかりました………ですが、恥ずかしいのであちらを見ていてください」
?
「お、お願いです………」
仕方なしにむこうを見ていると、やがてれみのほうから奇妙な音がしはじめた。
シュルシュル、という布が擦れジッパーが下がる音。なにか小さなものが置かれた音。そして、また僅かにベッドが上下に揺れた。
「ど、どうぞ………」
「れみ、一体なにして――――――!?!?」
眼球が爆発しそうだった。
下着姿の妹が、そこにいた。
仄かに暗いけど、視界が慣れてしまったせいで膨らんだ胸と谷間、細く引き締まった手足、腰、恥骨が曝けだされている。
黒くて大人っぽい布面積が小さい、派手さと艶っぽさを兼ね備えた下着はれみに不思議と合っていて、妖艶ささえ醸しだしている。
一糸纏わぬ成長しきった妹の体は、もう子供のそれではない。無駄な贅肉はないものの女性らしい丸みを帯びたシルエット。記憶の中にあった幼いれみとはかけ離れすぎていて。
不覚にも見惚れた。
「こ、これが私の限界です………」
フリーズしていた頭に、男としての衝動が掻き立てられた。ごくりと生唾を飲んで喉を鳴らす。冷静な部分が働いて、一つの疑問が自然と浮かんだ。
なに………やってんの?




