元義兄、先輩とすれ違う。
「あの、先輩。マジさーせんした・・・・・・・・・」
「いえ。いいのよ・・・・・・・・・」
先輩と二人だけで取り残されて、若干の気まずさに包まれる。
「私もついヒートアップしちゃって、言わなくていいこと言っちゃったわ」
「いえ。元々は俺が悪いんです・・・・・・・・・」
なんともいえないどんよりとしたかんじで、会話をしても盛りあがらない。
「そういえば、先輩はどうして俺の部屋に来たんですか?」
「それは、瞬くんが女装に目覚めたって建くんから連絡があって」
あいつか。
「それでれみちゃんとのことでなにか悩んで新たな性癖の扉を開いちゃったのかな~~って」
「開いてませんよ?」
「面白そ・・・・・・・・・心配になっちゃって」
「面白がってたんですか?」
「女性目線でお化粧とかお洋服のアドバイスと相談に乗れるかな~~って」
「しかも完全にノリノリじゃないですか!」
「で、どうなの?」
「ないです。あいつが勝手に勘違いしただけです」
「けど大学の生徒専用ポータルサイトではもう広まりつつあるわよ?」
「今度あいつの人生とアカウントBANさせときます」
「もう。そんなことしてる暇があったられみちゃんに連絡しなさい。隠し事をしたり後ろめたいことを引きずると大変なことになるってようぅぅっっっくわかったでしょ?」
さっきまでの先輩の雰囲気と、まるで違う。いつものように優しくも窘める、小田先輩の姿。けど、まりあちゃんに怒っているときの先輩は、なんだか変だった。
先輩らしくない。のほほんとおっとりとした、ほんわかな穏やかさとギャップがありすぎて、今も比べざるをえないほど強烈に脳にこびりついている。
「先輩があんなにマジギレしてるなんて、初めて見ました」
「マジギレって・・・・・・・・・」
先輩は恥ずかくなったのか、頬を赤らめた。そんな先輩も珍しくて、不覚にもドキッとした。
「真に迫っているというか、迫力があるというか・・・・・・・・・」
「うう、やめて・・・・・・・・・」
そして、なんだか変に感じた。
喫茶店でのれみとの会話のときにもおもったけど、先輩が俺とれみに親身になってくれているにしては度が過ぎているってくらい。
「もう、この話はおしまいおしまい! お姉ちゃん特権で中断!」
「なんスかお姉ちゃん特権って」
「質問も禁止! お姉ちゃんのデリカシーな部分に踏みこんだと判断された場合にかぎり発動できるお姉ちゃんだけの権利なんだから!」
なんじゃそりゃ。
「もうこの件はおしまい! 今度はお姉ちゃん保護法及び先輩条例法違反の容疑で逮捕するわよ!」
「今度は新法案!?」
先輩は無理やりにでもこの件を蒸し返してほくないようだ。頑なというよりも、なにかをこわがっているのか?
つまり先輩にとってさっきの話題は、単なる親切心によるものではないということかもしれない。なにか他の、先輩の個人的事情や感情から行われている。
けど、一体なんだろう。先輩が俺とれみに親身になるなんて、おもいつかない。れみを傷つける。俺がれみを悲しませることを嫌がるなんて―――。
感情・・・・・・・・・・・・事情・・・・・・・・・?
「!」
まさか。
「先輩。れみって可愛いですよね」
「急に妹自慢するなんてどういう情緒してるの?」
「 か わ い い ですよね?」
「そ、そうね」
うん、やっぱり。
客観的にも兄的にもれみは可愛いから、先輩がれみを可愛いとおもってもしょうがない。ここまでは想定通り。
「食べちゃいたいくらいかわいいですよね?」
「どういう意味で!? お兄ちゃんの貴方が言っていいことじゃないんじゃない!?」
「でも昔からおばあちゃんとかおじいちゃんとか親御さんは言うでしょ? 俺は普通に言いますよ?」
兄的にも家族愛的にも。
「・・・・・・・・・そうね・・・・・・」
先輩がドン引きしている気がしたけど、ここまでもやはり想定どおりだ。それによって俺は複雑な気持ちになっていく。
「先輩は、俺の代りに買い物に行ってくれましたよね?」
「ええ。そうだけど・・・・・・・・・」
ここまでの判断材料で、やはり俺の考えは一つの答えにまとまった。
先輩はれみに下着を送っている。
例え同性であっても、自分の使った物を年下の子に渡すだろうか? どんなに仲がよくっても、明らかにおかしい。
そして先輩がれみを可愛いとおもっているというだけでなく、そして先輩は俺と買い物に行けないれみを代わりに連れて行ってくれるくらいの愛情がある。
食べちゃいたいくらい可愛い、と同意したのは、先輩のれみに関する感情という例えの語源は人間の深層心理に影響しているという説がある。愛する人をいくら抱きしめても、あるいは強く抱かれても、満足できない。身も心も飛び越えて一つになりたい。
けど、一つの体にはなり得ないもどかしさ。食べてしまって愛する人を自分の体の中に取り込んでしまいたいくらい愛おしい・・・・・・という気持ちの直截的表現。
それくらい愛情が深く、愛おしいとおもうのは家族ならば当然だ。家族愛的に見ればだけど、血の繋がらない先輩が共感するのは不自然だ。
でも、血の繋がった家族以外にも通ずる意味もある。先輩は知らずに共感しちゃったんだろうけど、同意してしまったことで既に証明してしまった。別の意味で応えたということ。
つまり、先輩がれみに対して特別な愛情を抱いてるということの証明だ。
妹としてでもなく。年下の友達としてでもなく。
一人の恋愛対象として。
だとしたら、すべてに辻褄が合う。
先輩が男の人と付き合っていないということも。
れみに親身になるのも。
そしてれみちゃんを傷つけるかもしれないまりあちゃんに、あれだけの態度をとっていたのも。
そしてそれを隠そうとするのも。
女性なのに女性を好きになったからだったんだ。
先輩の秘密を知ってしまったけど、兄としては複雑だ。
先輩は良い人だし、それに個人的に女性同士が恋愛をしてもそれ以上のことをするのも全然あり。むしろ推奨するくらい。
けど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
うう~~~~~~~~~~ん・・・・・・・・・・・・・・・。
「けど、まりあちゃんが言ってたことも正しいわよね」
「今になって、あの子の言葉が胸に沁みてくるわ」
「・・・・・・・・・」
「あなたの今言ったことで、考えを改めないといけないかも・・・・・・・・・」
先輩はおかしいくらい俺と距離をとって、悲しそうにしている。
「それは・・・・・・・・・どうでしょうか・・・・・・・・・? 先輩はそれでいいんですか?」
「うん。むしろ危険だっておもってるくらいだもの」
そりゃあ今は世界的に見ても同性愛は珍しくないかもしれないけど、差別や偏見はゼロじゃないし、恥ずかしがり屋だから。周囲からどんな目で見られるか危険だ。
「こわいし・・・・・・・・・接し方だって変わらざるをえないし」
こわい。つまりれみに嫌われる、拒絶されることがこわいということ。そしてれみを含めた周囲からの接し方が変わるということ。
「ええ。そうですね。俺も戸惑っているんですから」
「瞬くんも?」
「俺も初めてなんですよ。実際に。こういうことって中々ないでしょ? れみにだって教えられないし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・私だって教えられないわよ。そんな理解できない癖なんて」
「癖? たしかにまだ世界中でも理解は完全にされきってはいないけど、でも増えてきているではないですか。ハリウッドスターとかモデルとか」
「私知らないけど!? いつの間にそんなに浸透しているの!? 逮捕されちゃうじゃない!」
「それを誇りにしている人達だっているくらいなんですから。逮捕なんて言い方は失礼ですよ」
「瞬くんが、瞬くんが遠い・・・・・・・・・」
「俺も何度かそういう系のを見て、なんか良いなって・・・・・・へへへ」
「逆にどうやったら見れるの!? 違法試聴じゃないの!? 照れながらカミングアウトするのもおかしいし!」
「普通にレンタルとか正規DLして見れますよ。先輩もどうですか? 今度一緒に見ません?」
「見ません!」
「ちょうど一つPCに入ってますけど」
「だから見ません! お姉ちゃんまた怒るよ!?」
先輩がまた距離をとった。
一人で見るよりも誰かと見た方が心強いんじゃないかっておもったからだけど。変な下心なんてなく。
先輩は固定観念に囚われすぎているんじゃないかな。だから拒否反応が強くて、こんなに過剰反応をしてしまうんじゃないかな。
「・・・・・・やっぱりまりあちゃんの考えが正しい気がしてきたわ」
「でも、先輩の言ったとおりだっておもいましたよ。俺は。決めるのはれみだって」
もしかしたら、先輩は自分とまりあちゃんを重ね合わせている部分もあったのかもしれない。
「だ、だったら約束して? 必ずれみちゃんの気持ちを尊重するって」
「ええ。勿論です」
「じゃあきちんと話し――いいえそれじゃあ拗れるわね。でもでも下手に抑圧されると―――ううう~~~ん・・・・・・」
「タイミングを見計らって話なさい。きちんと」
「ええ。勿論です。先輩の気持ちにも充分配慮して、自分の考えを纏めてからですが」
「私?」と小首を傾げたけど、先輩は凄いな。
自分の好きな相手が同性で、そしてそれを秘密にしていながら接して悩みを解決しようとするなんて、愛がないとできない。
「先輩。なにかあったとき俺を頼ってください」
「どうしたの? 急に」
「いえ。先輩にはお世話になっているんで」
先輩を応援したいけど、まだ知ったばかりだし、先輩もはっきりと口にしていない。だからいざというとき話は聞いてくれるかもしれない候補として挙がるように、そう言っておくことしかできない。
「百年早いわ~~。そんなこと。自分のことをまず優先して。だってあなたには――」
先輩はそこで言葉を切って、悩んで、迷って。
「そうよね。だから私は―――」
「先輩?」
「ううん? じゃあお願いね? お兄ちゃん?」
少しだけ、寂しそうに、甘えるように、笑った。
「それと、嘘をついていたこともちゃんと自分から話すこと。いいわね?」
「・・・・・・・・・はい」




