元義兄、土下座する。そして釈明する。
正座をして額をフローリングにくっつけ続けて、既に三十分以上が過ぎているだろうか。もしかしたらそれは俺の体感で、もっと短いかもしれない。
足の神経が限界に近いけど、恐怖が痛みを麻痺させているのかもしれない。冷えた体と伝う汗の感触だけが生々しい。
悠然とベッドに腰をかけ、睥睨している小田先輩は一言も発しない。けど重々しいプレッシャーを放っていて、こちらも沈黙とならざるをえず、徒に時間だけが過ぎていく。
「瞬くん、万能試験機ってわかる?」
「ふぁっっ!?!?」
え? え? なに?
なにかの隠語?
唐突過ぎて聞き間違えたのかってくらい、この場にはふさわしくない言葉じゃないか?
「万能試験機ってわかる?」
一字一句違わず、再び先輩は同じ機具の名前を言った。
「えっと、うちの大学の実験室にあるやつですよね?」
主に建築物の材料の負荷を計測するためのもので、所定の位置に設置する。上下を押さえられる仕組みで圧縮されたとき限界まで耐えられる力、そして上下を固定して限界まで引っ張られて耐えられる力を計測する。
「うん。正解よ。しっかり勉強しているみたいね」
もしかして、それを使った実験を手伝えとでもいうのだろうか?
「じゃあ引っ張られて取られるのと圧し潰されて使い物にされなくなるのとどっちがいいかしら?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・主語がないからだろうか。お股がひゅっとなって、嫌な予感がする。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なにをでございましょうか」
「ナニよ」
「ナニってなんでございましょうか?」
「だから瞬くんのナニよ」
「勘弁してくださいっっっ!!! お願いしますっっっ!!!」
額をゴンッ! ゴンッ! と激しく打ちつけて懇願した。
「別にボール&バットとまでは言わないわ。お情けでボールorバットで許してあげると言っているのよ?」
「勘弁してください!! まだこいつら一試合もできていないんです!! ホームランはおろか一打席にもマウンドにも立ててないんです!!」
「まだふざける余裕があるの?」
「痛い痛い痛い!?」
先輩は(おそらく)拳骨を旋毛に当ててグリグリと抉るように。
「そんなこと言って、昼間から性の野球大会していたんでしょ? だからまりあちゃん汗だくだったんでしょ? ホームラン打ちまくりだったんでしょ。れみちゃんとのデートをすっぽかして」
「そ、それには理由があって!」
「れみちゃんとの心のキャッチボール大会よりまりあちゃんというキャッチャーと体のバッティング練習をするのにどんな理由があるのよ」
この人さっきから表現おかしいっっっ!
「そんなことしてませんっっっ!! いやらしいことは一切!! 神に誓ってっっっ!!」
「じゃあなんで汗だくなの。貴方も。男の部屋で女が汗だくだったらそれは完全に事後って平安時代から決められているのよ」
「蒸し暑い場所に篭っていたからです!! お願い旋毛を爪でゴリゴリするのはやめてください!!」
「蒸し暑い場所ってどこ?」
「お、押し入れです!!」
「なんでそんなところに入ってたの?」
「そ、それは・・・・・・・・・」
「一人で?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「瞬くん?」
「髪の毛を捻って引っ張るのやめてくださいいい!!」
「誰が正座をやめていいと言ったのかしら?」
鬼だ。鬼がいる。
「もう埒が明かないわ・・・・・・・・・まりあちゃん。あなたはどうしてここにいるの?」
今まで一言も喋っていないまりあちゃんに、ターゲットが移った。興味なさそうに俺達を見ていることもせず、髪の毛を弄りながら携帯をポチポチとしている。
「まりあちゃん?」
「へ? あ、あたしっスか」
「そうよ。聞いていなかったの?」
あ~~~、と起き上がり、首をポキコキと鳴らしているまりあちゃんからは、当事者って意識が欠けている気怠さがある。
「あなたはここでなにをしていたの?」
頼む。本当のことを言ってくれ。
もうこの際合コンだろうとなんだろうと全部喋っていい。今度コンビニアイス奢るから。助けてくれ。
俺の必死の願いをこめた意志を汲み取ったのか、視線が合った瞬間しっかりとまりあちゃんに反応があった。
「この人に有無を言わせず引きずりこまれたっス」
おいお前ええええええええええええええええええええええええええ!?!?
「引きずり・・・・・・・・・こまれた?」
「ええ。そうっス。あたしのことセカンド・リトル・シスターって頑なに呼んで。その後必死で抵抗したけど、口も塞がれて密着されて抱きしめられて。おかげで散々ス」
押し入れでのことだろそるぇえええ!? 健とれみから隠れるときのことだるぉおおお!? しかもなに誤解与えるような言い回ししてるんだこのガキ!!
先輩が俺を見る目が犯罪者を蔑むものに変わってる! 携帯を取り出そうとしている! このタイミングでどこに電話しようとしているんだ!
「あ、もしもしお巡りさんですか?」
国 家 権 力。
「ええ。実は変態が女の子に無理やり行為を―――――」
「ストップウウウウウウウウ!!」
先輩から携帯を取り上げて「いたずらですううううう!」と叫んでから電源を切った。
「ちょっと待ってください! 違うんです! おいお前! なんでそんなこと言うんだ! 嘘の通報したら先輩も偽証罪で逮捕されるんだぞ!」
「ええ~~~? だってお兄さんあたしを見る目常にいやらしかったじゃないスか~~。さっきだって抱きついてカチコチに固い奴をあたしに押しつけてきて~~」
「携帯だよそれ! お前なんかに欲情するか! 逆に恐怖で縮こまってたわ!」
「セカンド・リトル・シスターって呼んでたの? 赤の他人のJKを? うわ・・・・・・それってれみちゃんもターゲッツにしてたってこと? うわ・・・・・・・・・」
「それにも事情があるんですうううう!! うわああああん!! ドン引きしないでくださいいいいいい!!れみ以外を妹呼びしたくないっていうなけなしの兄心だったんですうううう!!」
「う、う、ひどい・・・・・・・・・あたしの純潔を奪っておいて・・・・・・・・・」
「うるせぇ! 嘘泣きしてんじゃねぇ! 俺の妹はれみだけだ! お前なんてもうセカンド・リトル・シスターでもなんでもねぇ!」
「上杉瞬さん。いえ上杉容疑者。携帯を返していただけないでしょうか?」
「容疑者呼びしないでくだいいいい!! 急に他人行儀になって物騒な呼び名にしないでくださいいいい!!」
「『実況』妹の元兄貴とその先輩が修羅張ってるけど、なんか質問ある? っと」
「スレを立てるなあああああ!! にちゃんねるを閉じろおおおおお!!」
「ごめんなさい、S・U氏。私もう帰らせてもらいますね?」
「どこですか!? 警察ですか!? 大学ですかれみのところですか!? 待ってくださいいいい!!」
「ちょ、瞬くんどこ触ってるの!?」
俺はまだ足の感覚が戻ってきていないから、膝立ちで先輩の腰にしがみついた。
「いや!! 私まで毒牙にかけないで!! この強姦魔!! 初めては好きな人に捧げるって決めてるのに!!」
「じゃあ話を聞いてくださいいいいいい!!」
「とりまスペック。元兄貴。大学生、名前は―――」
「個人情報を載せるなあああああああ!! いい加減訴えるぞお前ええええ!!」
先輩を窓辺まで引きずりつつまりあちゃんから携帯をひったくった。そして玄関の鍵をしっかり閉めて、リビングに立ち往生をした。
「お願いです話を聞いてくださいっっっ!! 俺は無実なんですっっっ!!」
「自分で監禁に近い状況にしておいてよくもヌケヌケと・・・・・・・・・いい加減にしなさい! れみちゃんになんて言えばいいの!? お兄さんが犯罪者になって友達と先輩を襲う屑に成り果てたなんて、恥ずかしくて言えないわよ!」
「れみのためだったんですっっっ!!」
「は? どういうこと?」
俺はそこで、ようやく説明をすることができた。
さっきまでのカオスがなんだってのかってくらい、冷静に喋ることができた。でも、俄には信じられないのか、先輩は険しいまま。
「信じてください! あなたの後輩は嫌がる相手に無理やりセクロスをする人ですか!?」
「彼女ができず絶望に追いやられた二十代男性の凄まじい性欲が時に悲しい事件を巻き起こすという犯罪結果だけは信じているわ」
「それ信じていないってことですよね!?」
「じゃあ証拠を見せてみなさい」
「しょ、証拠って・・・・・・・・・」
いきなりそんなこと言われても・・・・・・・・・。
俺が消沈したことで、先輩はやはり、という憶測を強めた。
くそ、なんでこんなことに・・・・・・・・・。
発端であるまりあちゃんをちらりと視界に収めると、腹がたった。
にやにやしている。
ぷぷ、馬っ鹿でやんの~~~、という嘲りすら感じる。
こいつ、やっぱりわざとか。
こうして先輩と、ひいてはれみに俺は最低だと信じさせるために、わざと嘘をついたんだな。
「どうしたの? 証拠は?」
まりあちゃんに対する怒りが、なんとしても身の潔白を証明する! というやる気を漲らせるけど、いかんせんその方法がおもいつかず、脳が空回りな思考を繰り返えしている。
悔しい。なんとかしたいのに。でもここから俺を信じさせられる証拠なんて。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、あるぞ。
「これ! 見てください!」
「え?」
俺が先輩に差しだしたのは、携帯だ。
「中身にあるのは俺とこの子のやりとりです!」
どうして俺とまりあちゃんが会うことになったのか。携帯のやりとりを見てもらえばまりあちゃんが俺を誘い、合コンのことを黙ってておくという俺の主張に信憑性を持たせることができる。
「それからまりあちゃんの携帯も見てください! まりあちゃんが嘘のメールをれみに送ったっていう証拠もあります!」
「あ・・・・・・・・・」
まりあちゃんが漏らした一言に、先輩は反応した。そして直後の、徐にやっちまったっていう顰め面が俺の主張、そしてまりあちゃんが嘘をついているという事実に説得力を持たせたんだろう。
「じゃあ見させてもらうわね・・・・・・・・・」
先輩は真剣に携帯をチェックしはじめた。
まりあちゃんはその間、悪戯が発見された子供みたいにバツの悪そうにしていた。




