元義兄、窮地を脱する。けど再び窮地に陥る
「あ~~~・・・・・・・・・まさかれみがあんなことを・・・・・・・・・」
のそりのそりと、四つん這いで這いでてきたまりあちゃんは汗を拭うこともなくそのままぐったりと倒れこんだ。
「た、助かったあああああ・・・・・・・・・でもれみなんでいきなり帰ったんだろう?」
壁に凭れかかって尻餅をつくほど、力が抜けていく。重くなって皮膚にべったりとくっつくようなシャツがウザくて胸元をパタパタと仰いだ。
「あ~~~・・・・・・・・・それあたしっス」
「え?」
口で説明するのも億劫なのか、まりあちゃんは鈍い動きで携帯の画面だけをずい、と差しだす。
【今すぐ図書館に来て! 緊急!】
「これ見てれみは急いで行ったってことか・・・・・・・・・」
「そういうことっス・・・・・・・・・あとで言い訳考えないと・・・・・・・・・」
「う、うう・・・・・・・・・ありがとううううう・・・・・・・・・・・・」
「なに泣きだしてんスか・・・・・・・・・キモい・・・・・・・・・減点っス」
「いや。採点は買い物のときだけだろ? 今はもう買い物じゃないんだからそれで減点するのはおかしいだろ」
「なんでそこでいきなり冷静に指摘できるんスか・・・・・・・・・」
そこから二人して、暫くぐったりとしていた。ようやく体温が下がって気分がましになってくると新しい疑問が浮かんだ。
「でも君、なんで助けてくれたんだ?」
「は? 別にあんたなんか助けるつもりじゃなかったっスけど? あたしは自分のためにしただけで――」
「うん。だからそれがおかしい」
「はぁ? なんでっスか!」
「だって君、れみにバレてもいいってスタンスだったじゃん」
「っっ」
そうだ。そもそも今日の買い物ときにだって散々言ってた。もしれみにまりあちゃんと一緒にいるのがバレても、まりあちゃんにはしっかりとした理由がある。
そのとき、単に説明をしても責められてれみにとんでもない目にあうのは俺で、まりあちゃんにはなんの影響もない。
俺を毛嫌いしていているのだから、むしろ自分に不利なことはしないんじゃないか? この子の言動的にも性格的にも。
「そ、それは・・・・・・・・・」
まりあちゃんは、何故か言い淀んだ。キッ! と俺を睨んだかとおもえばすぐに視線を逸らして、口を波立たせるようにして、そわそわしはじめる。
「あ~~~もう! 喉が渇いたっス!」
「冷蔵庫の中身、飲み物ないけど」
「じゃあ水道水でいいっス!」
ドスンドスンとわざとらしいくらいに踏みならして、まりあちゃんはリビングを出て行った。
「なんなんだ?」
とにもかくにも、安心しきって手持ち無沙汰になった俺は携帯を取りだして電源をつけた。着信履歴がきていたので、電源を切っておいてよかったと心の底からおもった。もし押し入れにいるときに携帯が鳴っていたら・・・・・・・・・れみにバレていただろう。
「親父から?」
珍しい。親父から電話なんて滅多にないのに。
急な用事だろうかと、折り返してみた。
『おお、瞬か』
「あ、親父? どしたん?」
『実は来週そっちのほうに出張に行くことが決まってな。お前のとこにも顔を出そうとおもって電話しただけだが』
「急だな・・・・・・・・・いつぐらい?」
『水曜日だ。ちょうど一週間後だな』
「わかった。そんときこっち泊まるん? 布団もあるけど』
『いや。ホテルは別にとってある。お前がどんな生活してるか気になっただけだ』
「そうか・・・・・・・・・」
『飯は食ってるのか?』
「ああ。なんとかな」
『そうか。バイトも遊ぶのもいいが、学生の本業は勉学だぞ』
「わかってるって。ちょうど今先輩の研究手伝ってるから大変だけど単位は落としてないし。留年するつもりねぇし」
『そんなもの当たり前だろう。自慢することでもないぞ』
「いや、だけど親父もわかるだろ? 建築系の講義と内容の難しさは」
『む・・・・・・・・・そうだが。それを踏まえてお前は大学に進んだんだろう』
それから親父と他愛ない話をした。親父は建設関係の仕事をしているからより興味深いんだろう。関心があるように『ほう』『それはどういう目的の研究だ?』と面白そうに聞いている。
『それはそれとして・・・・・・・・・最後に聞きたいことがある』
「なんだ?」
『彼女はできたのか?』
ずっこけそうになった。
『なんだ。工業系の大学とはいえ女性はいるだろう?』
「いやいるよ!? いるけどさぁ!」
実の父親からそんなデリケートな話題持ちだされるの嫌だわ!
『やっぱりまだ彼女いないのか・・・・・・・・・』
「やっぱりってどういうことだおい!」
親父に対して盛大に叫んでいると、シャツがくい、くい、と引っ張られる感触がした。
「あの~~、ちょっといいスか?」
「ごめん、今ちょっと―――まりあちゃん。いやセカンド・リトル・シスター?」
『? なんか女の子の声がしたぞ』
「ああ、いやこの子は―――」
『・・・・・・・・・そういうことか』
「へ?」
『そのまりあちゃんだった、か? セカンド・リトル・シスターなんて呼ぶのはやめたほうがいいぞ?』
「いやいやいや! なんか勘違いしていないか!?」
「いや、本当ちょっと。ぶっかけさん」
『ぶっかけ!? お前なにしようと―――」
「ちょ、やめて!? 本当一旦止まろう全員!」
もうどうすればいいかわからず、まりあちゃんのほうへ体ごと振り向いた。
そして、唖然とした。
声を失い、息すらできない。
最初はなにがおこっているのか脳で処理が追いつかなかった。
けど、どうしてまりあちゃんが俺を呼んだのか、わかってしまった。
「ごめん親父。ちょっと切るな?」
『なんだ、やっぱりなにかあるのか!?」
「一応言っておく・・・・・・・・・俺より長生きしてくれよ?」
『? おい瞬?』
電話を切って、しっかりと向き直した。
正しくは、まりあちゃんの後ろで仁王立ちしている人に対してだ。
その人は普段とは違って、怒気を隠そうともしないで腕組みをしながら冷めた表情、そして目を俺に注ぎ続けている。
「どういうことか説明してくれるかしら? 今日はバイトじゃなかったの?」
後ろめたさ、罪悪感、恐怖、疑問。それらがぐちゃぐちゃになってまとに返事もできず、ただ突っ立っているしかできない。
「瞬くん?」
小田 和先輩は俺に対して底冷えのする声音で問いかけた。




