会議。
「それで、瞬くん達はどうやってご両親に認めさせるの?」
場が落ち着くと、年長者だからか先輩が仕切る空気になっている。俺と健はいつもの流れ、もとい身に染みついた先輩に逆らえない習性で当たり前のように受け入れているけど、れみとしては不承不承、冷徹な面持ちで憮然としている。
「もちろん、私達がどれだけお互いを想いあっているかを心の底から語ります」
つん、とすました横顔からはたしかな自信。そしてだから、私達だけで充分だとでも言いたげな敵対心とでも呼べるだろうか。とにかく受け入れていねぇよ? というれみの態度が見える。
えみは今までのことから、先輩に対してのキツい態度が激しくなっている。以前カラオケ店でのやりとりからだ。二人でいるときも先輩のことを話題に出したり、メールがきてやりとりすると途端に顰めっ面になる。
先輩はれみの態度を知ってか知らずか、のほほんとしている。
俺としては大事な仲の良い先輩に悪感情を抱いてほしくない。だって笑顔で笑っている先輩と能面みたいなれみの板挟み状態。正直、生きた心地がしない。
だかられみを窘めたり関係改善を試みてほしいんだけど。それは後回しにしなきゃいけない。それよりまず真っ先に確認しないといけないことがある。
それは今日集まった問題、れみの父親と俺の母親に関することじゃない。
「うん・・・・・・・・・そうね。でも―――」
「はい、先輩! ちょっといいでしょうか?!」
「はい健くん。発言を許可します」
「二人の距離がおかしいとおもいます!」
よくぞ言ってくれたと、心の中で健に喝采を送った。
「はて? なにがおかしいのでしょうか。私達の関係性としては当たり前だとおもいますが」
れみは指摘されたことが理解できない、とばかりに素知らぬかんじで受け流そうとしたけど、無理がある。俺だって違和感あるし。
隣同士並んで座っているだけじゃない。肩と肩がくっつくくらいの超至近距離なんだから。
「いや、れみ。健の言うとおりだ。もうちょっと離れたほうが」
「どうしてですか? 不都合なことあります?」
「不都合って・・・・・・・・・」
普段二人でいるときも、こんなに距離近くないし、皆にこんな姿を見られているっていうのも恥ずかしい。
加えて時折れみが身じろぎする際の、あるかなきかの僅かな動きが体を通して伝わって落ち着かない。
そして香りとでもいえばいいだろうか。窓の網戸から時々拭き流れてくる風にのって、ふわっとした甘い体臭? シャンプー? 石鹸? を嗅ぎ取ってしまう。
しかも、常時じゃない。不意打ち気味に香りが俺のほうに流れてくるものだから、おもわずドキッとさせられて心臓に悪い。
「いいんじゃないかしら?」
「「え、なんで!?」」
れみの意図が汲めない俺からじゃ、口に出すのが難しかった。だから先輩も「そうえねぇ~」と同意してくれるのを期待していたわけだけど。
まさかの容認!?
「うんうん。れみちゃんと瞬くんの関係を鑑みれば、これくらい普通よ普通~」
「え、ええ~~?」
俺達がこれくらい仲の良い兄妹関係だって認識しているからこその肯定?
「私も弟妹がいるから、れみちゃんの気持ちはわかるわ~~」
「好きなお兄ちゃんにはくっついていたいわよね~~」
「「あ・・・・・・・・・」」
俺と健は声に出して納得してしまった。
そして俺は少し嬉しくなった。
それくらい兄である俺を好いてくれているってことなのか? って。
れみの眉尻あたりが、ピクッと反応した。
「いえ。違います。私がこうして側にいないと兄さんが大変なことになるからです」
「え?そうなの?」
「はい。兄さんがジュースを零さないか食べ物を落とさないかきちんと行儀良くできるか見張るためです」
全然違った!
「まさかの幼児扱いだったの!?」
「ええ。兄さんはそれくらいだらしがない人ですし、私がいないときにはだらける癖があるので」
「な、なるほど・・・・・・」
「先輩同意しないで! 俺は妹に幼児と同じレベルだって認めたってことになりますよ!」
「それと兄さんがお手洗いに立つとき、トイレまで迷わずいけるかどうか見張りたいですし」
「いけるよ!? ここからトイレまで三メートルも離れてないから!」
「ですがトイレには手すりがないでしょう」
「もはや介護?!」
「瞬、お前愛されてるなぁ~」
「どこが!?」
「うん、一先ず納得できたみたいだから、この話はこれでおしまいね?」
うう、なんだったんだ今のやりとり。
ただれみの俺に対する評価が、幼児 ≓ 俺 ≓ 老人レベルだったって判明しただけじゃないか。
「それでれみちゃん。具体的にはどんな話をするの?」
「どんな、とは?」
「れみちゃんと瞬くんがお願いするわよね? それによってご両親がどんなことを言ってくるかっていうのは想像できる?」
「それは・・・・・・・・・」
「確実に反対されますね」
俺の母親はどんな反応をするのか未知数だけど、れみの父親は簡単には受け入れてくれない。前家に行ったとき、もうれみには関わってほしそうじゃなかったし。
「心を込めてっていうのは聞こえはいいけど、不明瞭な気持ちとしっかりとした言葉で話さないと難しいんじゃないかしら。反論できなかったり、あなた達が会ったりしてもいいと判断できる考えを、言葉にしてきちんと説明する、ざっくばらんにいえばば事前に」
「そう。二人はこういうことを言ってくるんじゃないか? だったらこういう風に言い返せばいいってあらゆるやりとりのパターンを想定して準備しておくの」
「つまり先輩は事前に予行演習をすべきだってことっすか?」
「そう。そのとおり」
それは良い案かもしれない。
「ですが、練習とは少し当日のありがたみというのでしょうか。重要性・・・・・・・・・もっといえば大切なことだという認識が薄れるような気がします」
「甘い! 甘いわよれみちゃん!」
「ひぅ!?」
ぴしゃり! と断じられてれみがおもわずびくついた。
「あんこと抹茶アイスと果物に練乳とクリームと蜂蜜と角砂糖とチョコレートソースをたっぷりかけたスウィーツくらい甘いわ!」
それもうスウィーツじゃねぇよ。味覚を破壊する破壊兵器だ。想像だけで胃もたれしそう。
「いい? 予行演習ほど大切なものはないのよ? 予行演習しておくのとしてないのとでは成功率も全然違うんだから!」
何故だろう。先輩の言葉には真に迫る、熱がある。
「会社に入る前の面接しかり入学試験の事前テストしかり! むしろやるべきなの! やっておかないと泣きをみるんだから!」
「な、なるほど・・・・・・・・・?」
「特に大学の研究発表は別物よ。 数人の教授達と同学年学科の生徒達の前で自分の研究内容を説明するための資料、パワーポイントの作成をするために数週間前から泊まりこみにしないといけないし。 大勢の前で発表するときの緊張感といったら死にたくなるレベルよ?」
「上手く発表できなかったらそのまま評価に直結するし、教授達の質問にも答えないといけない。それも制限時間内に。上手にできなかったら大勢の前で教授達から言葉の暴力でフルボッコ(精神的に)。そうして散っていった兵どもの亡骸を私は何度となく見てきたわ・・・・・・・・・」
先輩の実体験ですよね? ってくらい説得力があるほど、切実だ。
「そのために練習をするの。同じ研究室の人達、それと後輩達の前で発表して。そして指摘され、考えた部分、教授達の質問、あらゆる想定をして改善修正練習改善修正練習改善修正練習改善修正練習・・・・・・・・・・・・。何日も泊まりこんで。そうして実際の発表を迎えても成功率は四割、いいえ下手すれば三割にも満たないわ・・・・・・・・・本番と練習は別物なんだもの・・・・・・・・・」
俺も健も、揃って顔を見合わせた。先輩達の研究発表は下級生達も参加できることになっている。自分達の参考、後学としてだけど、まさか毎回行われている裏でそんな地獄が繰り広げられていたとは。
俺達が体験させられていたのはまだ優しいほうだったってことか。
データ整理や実験の手伝いはしていたけど、そんなことまでは知らなかった。
「俺、進級したくなくなってきた・・・・・・・・・」
俺もだ。
今度先輩の発表が終わったらなにかごちそうしよう。
「はぁ、そうなのですか」
けど、れみはまだ高校生で工学系の大学を間近に体験していないからだろうか。どこととなくドン引きしている。
「なるほど。ですが先輩の話にも一理あります」
れみはやる気に満ちたのか、キリッとした様子で俺のほうへ顔を向けた。やろう、という意志表示として黙って頷いてみせた。
「じゃあ決まりねちょうどここには四人いるもの。私と健くんが二人のご両親を演じられるし」
「お、俺が先輩と夫婦!? ふっひょおおおう・・・・・・・・・」
くそ、健のやろう。浮かれて先輩とキャッキャキャッキャと打ち合わせしてやがる。羨ま――――――
「兄さん・・・・・・・・・?」
「!? さぁ練習しましょう早く!」
背筋にゾクッとした冷たさが走って、反射的に喋りだした。
「じゃあ二人はリビングに入るところからね?」
「よし、バッチコイ!」
「兄さん、しっかりしてくださいね?」
こうして俺達の予行演習が幕をあけた。




