元義兄、先輩にブチ切れられる。
「こるあああああ!! 上杉いいいいいいいい!!」
意志が恐縮する怒鳴り声も、右から左へと受け流す。血管が浮び上がる上級生の顔は、まるで破裂寸前の風船だけど笑う余力さえない。
本日何度目のミスか。午前中の講義も上の空で、身がはいらなかった。
れみの一件が完全に尾を引いているのは自覚できているけど、もう俺にはなにもできない。あの子は完全に愛想を尽かしたんだろう。なにも音沙汰がない。
愛想というのすらおこがましい。また同じ過ちを繰り返した事実。最低だという自己嫌悪。これでよかったんだって自己弁護することすらおこがましい。
「ちょっと私、休憩行ってくるワン」
れみがあのとき相談したかったこととはなんなんだろう。連絡もかえってこないでアパートに一人いたとき、不安だったんだろうか。一人じゃどうにもできないから、俺を頼ってきたんだろうか。
れみが勝手に成長したって勘違いしていたけど、あの子はまだ高校生。家族にも友達にも相談できない内容を抱えて、俺に助けを求めにきたんだろうか。今となっては、それを知ることさえできない。
なにも変わっていない。今も俺は自分のことしか考えていなかった。れみのことで悩んでいても、それは結局俺自身のため。一度でもれみを本気で慮っていただろうか。ただフリをしていただけではないか。れみが家からアパートに来るまでの間、なにを想っていたか。
どちらにせよ、もうどうにもできない。れみへ謝罪に行くことも、連絡をすることすら許されてはいけない。これ以上俺に関わっても、マイナスになってもプラスにはならない。仮にもし俺がれみの立場だったら、絶対に許せないだろう。
これで、もういいんだ。いつか来るはずだった終わりが、突然やってきただけ。諦めてしまおう。どちらにせよ、れみにとって元義兄との最後の記憶が最低最悪であるという真実は変えられなかったというだけ。自分にとっての言い訳が、自己嫌悪を強めていく。
「瞬くん、ちょっとコンビニ付き合ってほしいんだワン」
「え? はい」
足どり重い俺の背中をうんせ、ふんせと押して外に出る。構内にあるコンビニまでの道のりは、決して遠くはないけど今の俺には辿り着くのも億劫だ。必要な備品と材料をてきぱき選んで会計をすませた途端、荷物を持って戻ろうとした俺の肩を押して反対方向へ。
「え? え?」
あれよあれよと、先輩が買っていた飲み物を手渡されてオープンテラスへ。まだ日差しが強いけど、木々が陰になっていて煩わしさがだいぶ和らいでいる。
なんだ? どうして先輩は俺をこんなところへ?
まるで二人きりになりたいといわんばかりの行動じゃないか?
「ここならいいワンね。ちょっと二人になりたかったワン瞬くん、あれからどうなったんだワン?」
「もうその語尾いいですよ」
「ゴホン。じゃあ改めて、れみちゃんとはあれからどうなったの?」
「え?」
厳しさと優しさが入り交じった、先輩としての顔つき。いつもののほほんとした癒やされる姉フェイスではないため、怯んでしまう。目をそらした俺に、先輩は悲しげに小さく溜息を零す。
「連絡した? 会いにいった?」
「・・・・・・いえ」
「じゃあれみちゃんの連絡先を教えて」
「え?!」
「あのね」
携帯を取り出した先輩が、姿勢と居ずまいを正した。
「このまま放置しておくと、私たちにも迷惑がかかるのよ? 今日までに何回ミスしたか数えてる? もう三十八回よ。三十八回。あきらかに、れみちゃんのこと引きずっているでしょ?」
「・・・・・・・・・ウス」
「このままだと取り返しのつかないミスにつながるの。手伝ってる身として勝手かもしれないけど、このままじゃ私たちにとって不利益になるの。わかる?」
「・・・・・・・・・そッすね」
「それに、もしカラオケ店でのことに原因があるなら、私にだって責任があるの」
「いや、その理屈はおかしい」
「理屈よりなにより、今にも死にそうな後輩くんの顔なんて、お姉ちゃん見ていたくないんだから」
どこまでだめな奴なんだ。先輩にまで迷惑をかけて。心配をさせて。肩をがっくり落とす俺の頭を撫でてくる先輩の優しさに、涙があふれそうだ。
「それに、私の説明不足だったとはいえそもそも瞬くんに原因があるでしょ? 彼女がいるのにあんな・・・・・・あんな・・・・・・」
あのときのことをおもいだしたのか。髪の毛を撫で続ける先輩の手がピタリととまって離れてしまった。
「ゴホン。とにかく、あれはお酒のせいだってことをちゃんと説明して――」
「・・・・・・・・・違うんです」
「え?」
頑なだった心がなぜかほぐれている。情けない自分のすべてを曝けだすことに恥ずかしさはあるけど、躊躇いはなかった。
「俺とれみ、恋人同士じゃないんです」
「え・・・・・・・・・?」
「昔、兄妹だったんです。俺たち」
「え!? ちょ、ええ!?」
目をぱちくりさせていた先輩が、立ち上がりかけてあたふたとして飲み物をこぼしかけて、うん。凄いびっくりしてる。
「え? 兄妹? え? え? 昔? でも二人はえっと??」
やっぱりいくら先輩でもすぐに理解できなかったか。
「実は――――」
それから、説明をはじめた。
れみと俺の両親が再婚して家族になったこと。
母のしたことが許せなくて、家を出てれみとは会っていなかったこと。
現在は父の戸籍に入っていて、オープンスクールで再会したこと。
それからだらしない俺のところへ矯正しに通うようになったこと。
それから、周りにそれを説明するのがいやだから恋人同士を演じていたこと。
うん。先輩も困惑してる。
俺だって改めて説明してもなんじゃそらって苦笑い。
「嘘をついていて、ごめんなさい」
一気に話終えて、頭を下げる。
「そう。そうだったの・・・・・・・・・」
反応がこわくて頭が上げられない。沈黙が痛い。
「でも納得できたかな~」
え、と意外な言葉に頭を上げてしまった。
てっきり先輩の性分と今までのことを考えれば制裁を覚悟していたのに。
「つまり、妹が飽きたからお姉ちゃんである私がほしくなったってことね?」
「話聞いてました!?」
だめだ、この人ちっとも理解してねぇ!
この人にちょっとでも期待した俺が馬鹿だったよ! 頭良いのに馬鹿か!?
「理系的にも文系的にも、証明することができるもの。どんなにステーキが好きでも毎日ステーキを食べ続けていたら飽きるでしょ? それと同じで妹が飽きたから姉を抱きたくなった。そうだとすれば全部辻褄が合うもの。性欲を持て余した二十代の男性ならむしろ当然よ。Q.E.D、証明終了」
「だ・か・ら! 俺とれみは血が繋がってないんですって! しかもQ.E.Dなんて単語出すな! なんの証明にもなっちゃいないんですよ! 恋人でもねぇし肉体関係ねぇし! 話聞いてないでしょ!」
「でもごめんなさい。瞬くんとは先輩後輩でいたいの。私は皆のお姉ちゃんだし」
「なんか俺が振られたかんじになってるし! やめてなんかちょっと悔しいから! あとむかつくから!」
「それに、私大人な男の人がタイプだから。阿部寛とか柴田恭兵とか舘ひろしとか」
「聞いてませんわ! 健あたりに聞かせて大ダメージ与えればいいでしょ!」
「それに、普段の瞬くんの姿も知ってると、どうしても異性とは見れないの。弟と同じに見えてしまうの。悪乗りがひどかったり健くんと一緒にいるときとか特にひどいじゃない? もう大学生なんだからもう少し落ち着きと大人っぽさを兼ね備えないと。就活や社会に出たとき苦労しちゃうよ? それに同年代の女の子からも、そういうところが子どもっぽいって嫌遠されるんじゃないかな。ノリがいいだけだと只の良い人、友達とまりっていうか」
「なにマジなダメ出ししてテクニカルノックアウト寸前まで追い込んでくれちゃってんですか! あんたそれでも先輩か!? お姉ちゃんって名乗れるのか!?」
「先輩でお姉ちゃんだからこそよ。愛情があるからこそ厳しく本当のことを教えるの」
本当に、この人はああ言えばこう言う・・・・・・・・・!
もう一度きちんと説明しないと!
「それに、あの日私を誘ってきたのは本気だったんでしょ? なら私も本気でお断りしないとだめだな~って。その理由もちゃんと言わないと諦めないでしょう? 瞬くん」
少しもじもじと恥じらうような先輩の仕草と台詞に違和感を覚えた。
「誘ってきた? 本気? 諦める? なんのことですか?」
「え?」
「え?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか壮大な擦れ違ってる予感。
「あの、瞬くん? 酔って忘れちゃったの? あなた昨日、私を抱きたい的な誘いしてきたでしょ? いえ、きたのよ?」
「いえ。してません。神に誓って。あの日のことは全部覚えてます」
「・・・・・・・・・私のお父さんも交えてって言ったのは?」
「先輩頭おかしいんですか? 実の親子でってどんなエロDVDですか。近親にゃんにゃん物なんて健じゃないんですから」
それに、初めてはやっぱり二人きりでしたいだろう。三人で、とか第三者も交えてなんて、とんだ変態じゃないか。
まさか先輩そういう願望あるのか? 意外。
だとしても大切な先輩なのは変わらないけど。
話は戻そう。、俺はあの日のことはなにも忘れていない。
カラオケで盛りあがったことも、一発芸とかカラオケで歌った曲のことも、先輩が語尾にワンを律儀に付けてて皆にドン引き&心配されていたことも。最後のほうではかわいそうな人扱いされていたことも覚えている。
「え、嘘嘘」
「嘘じゃありません。流石に記憶失うほどじゃありませんでしたよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・カラオケでよ?」
「過去一度だってそんなことしたことありません」
心の隅で、実はこっそりと望んだことはあるけど。
過去に。一回だけだからチャラだよね。
「はあぁぁぁぁぁあ・・・・・・・・・・・・・・・・」
糞デカ溜息をして、先輩はがっくりと大きく脱力。どんよりとした暗さを纏った瞳を俺にむける。え、やだこわい。
「・・・・・・・・・どうやら徹底的に話をしないといけないみたいだ、ね?」
にこりとした笑顔がくそ怖くて、鳥肌がたつ。
「ひ、ヒヒ・・・・・・・・・・・・・・・・? う、ウス・・・・・・・・・・・・・・・」
引き攣った笑いが出た。




