元義妹、ぶっかけられる。
「れ、れれれれれれれみみみみみ。ど、どどどどど、どうしてここに?」
舌が動揺と恐怖でもつれる。まともな思考すらまとまらない。
「それはこっちのセリフです。ずっと兄さんの帰りをアパートで待っていたのに。連絡すら一回しか返さないなんてどういうつもりですか?」
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・という黒いオーラが可視化できてるんじゃないかってくらいの迫力をまとって、一歩一歩確実に近づいていく。
逃げなきゃいけない理由はないし、れみがここまでなる原因もちんぷんかんぷん。
なのに足が竦んでしまう。ともすればおしっこ漏らしてしまうかもしれない。
「こんなところで、女の人たちに囲まれて鼻の下伸ばしていたんですか? アパートだって、酷いものでしたよ?」
女の人たち? アパート?
「あっ!」
酔いが抜けてきたことで、れみが俺に対して心配していたことをおもいだした。しかもそれをきちんと連絡し忘れていたことも。
完全に俺のせいだ。
「こんなところで女の人たちと合コンしていたんですか? はーれむですか? 入れ食い状態ですか? 両手にもう何輪の花状態ですか? 不潔です。最低です」
「ち、違う違う!」
今更だけど、今までのことが積み重なってとんでもない誤解をしていると思い至った。タイミングと状況が重なって、悪い方向へとれみの勘違いがもうマッハで進んでいる。
「なにが違うというのですか」
「それは――」
「説明できるのなら、しっっっかりとしてください。簡潔に。手短に要点をおさえて」
「・・・・・・・・・誤解なんだよ」
「男の人は皆そう言い訳します」
「どうせぇっちゅうの!!」
おもわず関西弁ぽくツッコんでしまったけど、このままではまずい。なにを言っても火に油を注ぐ結果に繋がる。
ともかくまずはれみを冷静にさせないと。
「違うのれみちゃん!」
俺とれみの間に、先輩が割ってはいる。両手を開いて通せんぼ、とでも言いたげな体勢と表情にれみもとまった。
助かった・・・・・・。俺なら無理だけど、先輩ならきっと状況を打破してくれるはず。さすがは先輩。年上。皆のお姉ちゃん。お願いします。
「瞬くんはきっと魔が刺しただけなの! お酒に入ってて、それで私と私のお父さんと3Pしたいっておもってしまっただけなの!」
「ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウっっっ!!!」
「ほう・・・・・・・・・?」
火にガソリンぶちまけやがったこの人。しかもなにほざいちゃってんの。
「きっとれみちゃんとのプレイに飽きちゃって、たまには違った趣のプレイがしたかっただけなの! いうなれば妄想! 瞬くんのれみちゃんとそういうプレイがしたいっていう願望をたまたま近くにいた私で満たそうとしたにすぎないの! 男の人ってそういうものだから! 私も頑張って流そうとしていたところなの!」
「ちょ、あんた! あんたああああああああああああああああ!!」
ああ、れみがやばい。言葉で言い表すことが不可能なレベル。オオォォォォォ、と強者のように腕を構えだした。
「本気で誘ったわけじゃないの! ああ、でも瞬くんと健くんたちよくそういう話をしているけど、でもそれは男同士の他愛ない冗談だから! 悪ふざけだから! 私も罰ゲームで瞬くんにワンちゃんを演じさせられて恥ずかしかったけど! それはプレイの願望っていうかいつもやってることだから! 最近はご無沙汰だったけど前までは皆と一緒によくやってたから!」
「もう黙れええ! 先輩お願いだからもう黙ってくださいいいいいいい!」
先輩を背後から羽交い締めにして、口を塞ぐ。先輩が喋り途中だったせいで「もが、ふがほご」と口が忙しなく動いて、舌先が指に何回か触れた。激しく動いて叫んでツッコんだせいで気持ち悪さがぶり返してきた。
「兄さんがどういう人かっていうのはいやというほど理解できました。もう私では矯正不可能なレベルに陥っていたんですね」
もう直視できない。こわいのと、吐き気。一歩でも動いたら、いや口でも開こうものなら我慢できないだろう。
「こんな人を一時でも兄と慕っていた自分が、馬鹿みたいです。家族だった時間を消し去りたいです」
「え、家族? え? え?」
「どいてください」
事情を飲み込めていない小田先輩を軽く押しのけて、俺の眼前に。頭と顔が急激に冷たくなっていくのを自覚し、まずいとおもったけど時既に遅し。
「ヴェロオオオオオオオ!」
一体俺の胃の中にどれだけ残っていたんだろう。口中酸っぱくなる胃液と吐瀉物を、れみの顔に吐いてかけてしまった。
吐瀉物――ゲロまみれになったれみから漂う匂いに更に嘔吐いて、二度目。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
静寂が、支配した。
三人とも誰も何も発しない。小田先輩が俺からシャツを脱がして、れみの顔をゴシゴシ拭きだしたけど、未だに動けずにいる。
表情の一切が物理的に隠されているれみが、ぷるぷると小刻みに震え続けているだけだ。
「れみ」
やってしまった。最大の過ち。とんでもないこと。取り返しのつかない失敗。なにをしていいか。
れみは小田先輩からシャツを奪って、乱暴に俺に投げつけた。
少し重くなったシャツの不快感も、今はどうでもいい。
「う、う、うう・・・・・・・・・」
だって、れみが泣いていた。あのときと同じように。大泣きではなく、歯を食いしばって我慢しているけど、それでも堰き止められないってかんじの僅かな涙を流している。
「兄さんの、ばか・・・・・・・・・」
取り返しのつかないことをしてしまったと、血の気が引いていく。
「そういうことだったんですね・・・・・・・・・兄さんと会えて喜んでいたのは私だけだったんですね・・・・・・・・・」
「え?」
「もう、いいです・・・・・・・・・兄さんなんて、兄さんなんて大嫌いですっっっ!!!」
足下が崩れて、宙ぶらりんになった心持ちだった。れみの泣き顔。台詞。
そのままれみはくるりと反転、駅のほうへ走って行く。「ちょっと、瞬くん!」と先輩は追いかけるのを急かすように肩を揺するけど、膝から力が抜けて、崩れ落ちていく。
「瞬くん、早く!」
「いえ、いいんです・・・・・・・・・」
これで、いいんだ。いつか、いつか終わりがくると覚悟していた。
終わらせなければいけないと、なんらかの形でけじめをつけなければいけないと。予想だにしなかった呆気ない方法で、しかも自分自身が招いた最低な行いのせいで、こんな結末を招いてしまった。
あのときと同じで、また俺はれみを傷つけた。その事実が俺から立ち上がる気力を奪い続けている。
今更、なにを言えというんだろう。なにができるんだろう。
二回もれみを泣かせた俺にはもうなにかをする気力も資格も、ないんだ。




