元義妹、ブチ切れる。
「ヴェロロロロ・・・・・・・・・オヴェエエエ・・・・・・・・・!」
吐いた。
おもっくそ吐瀉物を撒き散らしまくっちゃった。
カラオケ中もお酒ガンガン飲みまくっていたせいで、トイレにだいぶこもって店員さんにも怒られちゃった。
非常に申し訳ない。
その後、アルコールが抜けて水を飲んだおかげで冷静になれて、皆の騒ぎっぷりを俯瞰できた。
ドン引きした。
時間ももう大分遅くなっている。何人かは解散する流れに便乗する。気分が最悪で千鳥足気味にふらつくけど、パンツ一丁で踊り狂う健を尻目にそそくさと会計を済ませる。
歩いていると気持ち悪さがぶり返してきて、カラオケ店の前で少し蹲る。
「あ、瞬くん。もう帰るのかワン?」
外の空気を吸いにきたんだろうか。小田先輩が先にいた。店内、というか室内は手狭感と異様な熱気で生き苦しさがあったから。女性であればそれは殊更強くかんじるだろう。
「はい・・・・・・・・・先輩はまだ残るんですよね?」
小田先輩はまだ余裕らしい。飲んでるお酒は弱いものばかりだったから、酔いが回ってないんだろう。
というか小田先輩があんな風に酒で壊れている姿はお目にかかったことがない。現に今も俺の背中を摩って気分を変えようとしてくれている。猫背気味なのと顔色から察してくれたのか。すごく、姉味が強い。
強靱な精神の持ち主の俺じゃなかったら恋に落ちていただろう。
「うん。パパ・・・・・・・父が迎えに来るって約束してたんだワン」
ほう。先輩はパパ呼びしてるのか。以外だ、けどかわいい。
「先輩は実家住みなんですよね」
「そうだワン。本当は一人暮らししてみたいんだワンけど」
「ええ~。いいじゃないですか。俺も一人暮らしだけど、たまに実家帰ったときありがたさを実感しますよ」
とはいえ、実家は親父しかいない。大学に入学するまでは二人で家事を分担してたけど、やっぱり男所帯。アパートの惨状と遠くない状態だった。
それでも、親父は一人暮らし歴が長かったからか料理は上手だった。ありがたさというよりも、安心感だろうか。家族の元に帰って来たっていう実感を味わえる。
今度帰ろうかな。
「皆そういうワンねぇ~。けど、そういうのも一度体験したいんだワン」
先輩の垂れ気味な目が酔いと羨ましいという感情のせいで、より垂れまくっている。語尾も相まって犬みたいだ。ふと、どこか寂しげな憂いを瞳が帯びているのに違和感を抱いた。
もしかして。
先輩が俺とか健のところに積極的に来ているのは、羨ましいからなんだろうか。
先輩が大学に残っていられる時間はそう長くない。だとすれば、一人暮らししている人の生活を擬似的に味わいたいんじゃないだろうか。
俺の家で楽しそうにしている先輩。皆でご飯を食べて、ゲームをしてる姿を連想してしまう。もしそうだったとしたら、俺は――――。
「先輩。もしよかったらこのあと俺んち来ませんか?」
「え・・・・・・・・・?」
先輩がバッと顔を上げる。目をまん丸にして。
「え、瞬くん。いきなりどうしたワン?」
「いきなりですけど、今唐突に言いたくなりました」
「それって・・・・・・・・・?」
「ええ。そういう意味です」
そう。先輩に俺の家に来てもらって、一人暮らしを疑似体験してもらう。先輩にはなんだかんだでお世話になっている。恩返しってわけじゃないけど、それで少しでも先輩が楽しんでくれるなら。
「ちょ、瞬くんはそういうことはもっとしっかりしてるってお姉ちゃんおもってるワン。だから冗談はやめてほしいんだワンよ~」
焦った様子で、あたふたしてる先輩は新鮮で面白い。
「冗談じゃないですよ。俺なりに真剣に考えた結果です」
「も、もう~。まだ酔ってるワン? お水持ってくるワン」
「酔ってないときならいいんですか?」
見つめあっていると、先輩が動揺しまくって目をあわあわと泳がせて、かあぁぁぁ、と真っ赤に。
「だって、パパが来るワンし」
「俺が説得します。必ず娘さんを満足させることを約束するって」
「満足!? だワン!? そんなこと言ったらパパぶち切れるワン!」
「そうですか。厳しい人なんですね」
「厳しいというよりも人として親として当たり前だワン」
そのとおり。しかも先輩は女性。女性を一人暮らしさせるのは、男親としては心配に違いない。擬似的にとはいえ、一人暮らしを体験させるのは納得できないだろう。
「大丈夫です。俺と先輩の関係をちゃんと説明します。信頼関係バッチグーなこととかお世話になってることとか。それが今後も絶対に変わらないっていうことも。それと、先輩は経験がないでしょうけど俺が上手く教えてリードします」
「なんで私が未経験だって知ってるワン!? それにいつの間にリードって! もしかしてれみちゃんのお陰なんだワン!?」
「え? れみ? ええ。あいつのおかげですよ。俺もあいつにいろいろ指導してもらったし。あいつは親から教えてもらったらしいですし」
家事とか料理とか。
「れみちゃんの家庭が心配だワン! 歪んだ家庭すぎるワン!」
「なんか母親から直々に指導されたらしいです。実践で」
「こわい! あなたも異常だって気付かないワン!?」
「それに、もし先輩のお父さんが反対するなら、ご一緒にどうですかって誘ってみます」
「三人でするつもりなんだワン!? しかも私お父さんともしちゃうっておかしいワン!」
「むしろお父さんも一緒にすることで安心できるとおもうんですけど。二人とも」
「そりゃあお父さん私を含めて子供三人いるしテクニックに関しては多分問題・・・・・・・ってなに言わせるんだワン! そういうことじゃなくって倫理的におかしいんだワン!」
「お願いします先輩! だって俺先輩に後悔してないんです! だって先輩このままだったら一生できなくなるかもしれませんよ!」
学生時代の一人暮らしは、今しか体験できないし。
「うう~。なんで私生涯喪女認定されてるんだワン~! というよりも、瞬くんはれみちゃんとお付き合いしてるんでしょう? だったら余計だめだワン」
ここでまさかのれみが登場して、動揺する。
どうしてここでれみ?
俺が答えられないでいると、ホッとしたようで先輩が窘めてくる。
「ね? 良い子だから」「瞬くんの気持ちはありがたいけど」とか。今日の飲み会から楽しかった気分がより戻された心地だ。
「それに、れみちゃんの気持ちだって考えないと」
れみの気持ち。すぅ~っと頭が冷えていく。盛りあがっていた気分が下がっていく。
言われなくても、あの子の気持ちなんてわかっている。
俺を嫌っているってことくらい。
今アパートに来ているのだって、俺がだらしないから矯正しにきているだけだってこと。
本人が言っている。そこには肉親への情けも、親愛も、異性としての愛も一切ない。今の俺にはネガティブなイメージしかできない。
・・・・・・・・・いい機会かもしれない。
「瞬くん?」
れみと俺の関係を、嘘の間柄をちゃんと順序立てて説明してしまったら、先輩はなんて顔をするだろうか。
「先輩、罰ゲームもうやめてもいいですよ。恥ずかしいでしょう」
「え? い、いきなりなんなの? ワン?」
「その変わり、俺の話、聞いてください」
打ち明けてしまえば、もう楽になれるだろうか。悩まなくていいだろうか。
先輩は、真剣な面持ちで固まっている。
「実は、俺とれみは――――」
「 に い さ ん 」
一瞬でびくついてしまう底冷えした声。可憐な少女とは裏腹に地獄の底から響いてきたかのようなおそろしさ。黒い得体の知れない化け物に肩を掴まれた恐怖。
おそるおそる振り向く。
「ひいいい!!」
鬼だ。鬼がそこにいた。
「なにを・・・・・・・・・・してるんですか?」
いつもの感情抑えめでクールささえ漂わせているれみではなく、れみの顔と姿をした鬼が立っている。




