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干支っ娘!  作者: kure
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甘味蒼龍

 朝の日差しと小鳥達のさえずり。気持ちのいい目覚め、とは言えない。

 その原因は部屋の隅、僕の安眠を妨げた――ってあれ? 何もない。もう起きたんだろうか。

 まぁいい。とにかく昨日は母の陰謀により、彼女とここで一晩を過ごす事になった。

 意識するなという方が無理だろう。完全に寝不足だ。 

 年頃の男女を同じ部屋で寝せるとは、母親の取るべき坑道ではない。何を考えてるのか問い詰めたい、いや、頭の中を覗いて見たいくらいだ。凄いトラウマになりそうだが。


 一階に降りると、母の姿も中谷さんの姿も見当たらなかった。時刻は七時。

 歯を磨いていると、外から二人の声が聞こえてきた。

 楽しそうな声に誘われるように外に出ると、僕は衝撃的な光景を目にする。

「あっ、おはようございますっ」

 それはまさに神の微笑み。自分の身長程はあろうかという竹箒を片手に、朝日を後光の様に輝かせた、聖なる巫女がそこにいた。

「お、おあよう……」

 歯ブラシを地面に落としそうになりながらも、必死に返事を返す。

 どうしてこんなミニサイズの巫女服を持っていたのかはこの際どうでもいい。今回ばかりは母を褒めたい。全力で褒めたい。


「へっ、変かな……?」

「いっ、いや! 全然っ――その……似合ってると、思うよ……」

「えへへ……褒められちゃった」

 うわあああ! はにかんだその笑顔は反則だああああ! ちっさい巫女! ちっさい巫女! いつも見せられてる偽者の巫女とは違う! 本物の巫女! 穢れ無き巫女! 

 ずっと眺めていたい気持ちになりながらも、奥で怪しい笑みを浮かべる母の視線に落ち着きを取り戻す。危ない危ない、これは巧妙に仕組まれた精神攻撃。僕は平然をよそおいつつ、家の中に戻った。


 しばらくして二人が戻り、仲良く朝食の準備をし始めた。

 大小並んだ巫女服は、見ていてとても気持ちの良いものだった。何故か母の姿まで輝いて見える。

『いただきます』

 テーブルに並べられた、いつもとは少し違った献立。彼女が作ったであろう玉子焼きを一口。

「あ、美味しいよ。この玉子焼き」

「本当!? 良かったです~。人に食べてもらうのは初めてだからちょっとドキドキしました」

 一人暮らし、って事はやっぱり自分で料理とかするんだろう。

 一体彼女はいつから一人で暮らしているんだろうか。少しだけ、彼女の事が気になった。


 朝食を終え、家の漬物に感銘を受けた中谷さんと母が漬物談義を始めた。僕の入る余地はなさそうだから、一人家を出る。ずっと気になっていた蔵の中を捜索する為に。

 正直僕は少し焦っていた。

 世界は当たり前の様に回っていて、時間は常に進んでいる。そんな中、僕だけが止まっている様な気がしていた。確実に変化している、僕を取り巻く環境。そんな中、僕だけが何も分からないというこの状況を打破したい。

 とりあえず割れた石版だ。アレが全ての始まりだったし、描かれている物に何かあれば――と思ったのだが。

「あれ? 確かここら辺にあったよな……」

 母が足で隅に蹴飛ばしたはず。だが、あったはずの場所には欠片一つ落ちていなかった。掃除したんだろうか。

 まぁそのままほおって置く母でもないか。掃除くらいしかする事ないからな家の神社は。

「石版はとりあえず後で聞くとして、他に何か無いか探してみるか」

「神崎君っ」

 適当に当たりを見回していると、入り口から中谷さんに声をかけられた。

「あ、どうしたの?」

「蓮ちゃんから電話が来て、二人で家に来て欲しいって」

 虎口先輩が? 何かあったんだろうか。

「あ、うん。すぐ行くよ。ちょっと待ってて」

 捜索はいつでも出来る。僕はすぐに切りあげ、家に戻って準備をした。


「どうもお世話になりましたっ。本当にありがとうございました」

「いいのよ。またいつでもいらっしゃい」

「はいっ! また遊びに来ますっ!」

 是非、また巫女服を着て欲しい。そう思った。



「そういえば、中谷さんは虎口先輩と仲が良いけど、昔からの知り合いとか?」

「昔から、と言うほど昔ではないんですけど。実は私、この村で生まれ育ったわけではないんです」

 昔を懐かしむように、彼女は話し出す。

「中学二年の時に両親が死んで、おじいさんの住むこの町に引っ越してきたんです」

「それでね、あんまり皆と仲良くなれなかったんです。私、皆に比べてずっと小さいし、転校生だってのもあったんだと思うんですけど」

 その当時から小さかったのか……。

 まぁ転校生のアウェイ感は痛いほど分かる。僕も未だに、友人と呼べる人間はゼロだ。

「そんな時、蓮ちゃんが声をかけてくれて、それからずっと仲良くさせてもらっているんです」


 何となく分かるような気がする、面倒見は良さそうだし。中谷さんの事を想う気持ちも、初対面の男に真剣で切りかかる程強いのだろう。くわばらくわばら。

「神崎君はこの町に住んでたんですよねっ? 戻ってきて、どんな感じですか?」

「住んでたと言っても小さい頃だからね。残念な事に、まだ友達と呼べる相手は居ないよ」

「そんな事ありませんよ。私達はもう友達じゃないですかっ」

 そう言って、彼女は手を差し出した。

「改めてよろしくお願いしますっ」

 吸い込まれそうな澄んだ瞳。すっぽりと隠れてしまいそうな小さな手はとても柔らかく。

「よ、よろしくお願いします」

 僕と彼女の距離は、いつの間にか縮まっていた。


――虎口道場――


「おはよう二人とも。昨日は大変だったみたいだね」

 道場に入ると、虎口先輩が私服で待っていた。いつ見ても、非の打ち所もないほど綺麗だ。

 先輩と会うと背筋が伸びる感じがする。道場のせいか、先輩のせいかは定かではないが、多分後者だと思う。

「すいません。夜は出歩くなって言われていたのに」

「いや、過ぎた事をどうこう言っても仕方ない。それにそのおかげで百合子も力に目覚めたみたいだしな。まぁ怪我もそれほど酷くはないようだし、良かったよ」

 服の下にはでっかい痣ができてるんですが。実はまだ全然痛い。

「それで、だ。今日呼んだのは他でもない十二支枝の話なんだが――実は私の知り合いにそれらしい人物が居てな。よければこれから会いに行こうと思うのだが」

「はい、僕は大丈夫です」

「あっ、私は一回家に帰りたいですっ。少し着替えだけしに戻ってもいいですか?」

「ああ、かまわないよ。それでは三十分後、駅前で待ち合わせということでいいかな?」

「わかりましたっ。じゃあ準備してきますねっ」

 そう言い残し、中谷さんが道場を後にする。


 静かな道場に先輩と二人。

 何だか、妙な重圧を感じる。広大な砂漠で、獰猛な虎と対峙しているかの様な――。

「ときに神崎君。昨日は百合子と一晩を共にしたそうだが……?」

「は、母が無理を言ったみたいでして……」

 先輩の背後に、薄っすらと虎が見えるのは勘違いだろうか。選択肢を間違えるとバッドエンドになりそうな気がプンプンする。

「百合子に、何か――」

「何もしてません! 神に誓って!」

 先輩が言い終わる前に、自分の意思に反して口が動いた。これは生存本能からくる行動なんだろう。

「いや、私は百合子から何か聞いていないか、と思ってな」

 想像とは違った先輩の問いに少し戸惑いつつ。その表情から、中谷さんの境遇だと悟った。

「まぁ、歩きながらでも話そうか」


 道場を出て、僕達は駅に向かって歩き出す。何気ない会話を前置きに、先輩が本題を切り出した。

「百合子の両親は事故でなくなったらしい」

「あ、はい。それでおじいさんが住むこの町に来たとか」

「うむ。そして、そのおじいさんも百合子が引っ越して来てすぐに亡くなった。心臓発作だそうだ」

「来て……すぐ……?」

 その話は知らなかった。おじいさんの所に来た、とは聞いていた。だけど亡くなっていたなんて。それも越してすぐだなんて。

「とても辛い出来事だったと思う。立て続けに起きた身内の不幸。十四歳で、百合子は天涯孤独。一人ぼっちになってしまったんだ」

「それは……聞いてなかったです……」

「だが、百合子の苦しみはそれだけでは無かった――」

「な、何があったんですか……?」

 先輩は、とても辛そうな顔をして。

「虐めだよ」

 その言葉は、とても重く感じた。


「田舎特有の閉鎖的環境と、百合子の周囲で連続した不幸。好奇の目は、いつしか百合子を異物と認識した」

 たったそれだけの理由――いや、理由なんて何でも良いのかもしれない。何かのきっかけで、ソレは突然弱者を飲み込む。

「その当時、百合子が越して来た話は聞いていたが、学年が違う事もあって、百合子の虐めに気付いてやれなかったのが今でも悔やんでいる。人と距離をとりたがらないだろう? それも多分トラウマなんだ。最初は近づいて来た同級生が一斉に離れていく。それなら最初から近づかない方が良い、近づいて欲しくない。あの距離は、そんな百合子の心の叫びなんだ」

「そうだったんですか……」

 微塵も感じ取る事は出来なかった。

 彼女の屈託ない笑顔、その裏には、想像も出来ない苦しみが隠れている事なんて。


 しばらく無言が続き、いつの間にか僕達は駅のすぐ目の前に来ていた。僕達を見つけた、中谷さんであろう子が、こちらに大きく手を振っている。

「私達の先祖は、固い絆で結ばれていたと聞く――私達も、そうで在りたいと思う」

 先輩は片手を挙げ、柔らかい笑顔でちらりと僕を見た。

「そうですね。僕も、そう在って欲しいと思います」

 中谷さんの笑顔が見えた頃、心からそう思った。


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