牛の告白
――虎口道場――
中谷百合子、猿小路茜、狗飼朋子、蛇香蘭。
一人、また一人と皆が集まってくる。
「おっはよーさん! お、めぐっちやん」
何故か私の膝の上に陣取っている恵を見て茜が少し驚いた顔をする。
「お人形さんみたいで可愛いですねっ」
一見、普段と何ら変わらない様子で笑い、言葉を交わすが。
「おはようございます」
龍ヶ崎の登場に、一瞬静まり返ってしまう程、少なからず、私達は動揺していた。
思わず見蕩れてしまう程美しく、とても同じ歳だとは思えぬ程大人びて見えるのは、落ち着いた印象を与える濃紺の着物を着ているからか、珍しく髪の毛を上げているからか。
それとも――先に行ってしまったからなのか。
私より――先に。
「お、おはよーさん! な、何か今日の龍ちゃんべっぴんさんやなぁ!」
「そ、そうですねっ! と、とっても綺麗ですっ!」
他の皆に改めて話す事はしなかった。それでも昨夜、電話でのやりとりから少なからず感じている筈。
彼女に何があったのか――を。
「ありがとうございます。それで、残りの二人はいつ来るのですか?」
「あ、ああ。もうそろそろ来るはずだとは思うが――」
カタン――とタイミングを見計らったかのように、玄関先で物音がした。不安げな表情で扉から顔だけ出しこっちを伺っている女が二人。
「そう怯えるな。早く来い」
恐る恐るやってきた二人を座らせる。
「唐牛胡桃と毛利未華。だな?」
「そうです~……」
唐牛が身体とは裏腹に、控えめに口を開いた。改めて見ると信じられ無い程のバストサイズ。朋子がお子様に思える。それに、胸だけではない。たっぷりと脂肪の乗っただらしない身体。『抱き心地が良さそう』と言うのはこの事を言うのだろうか。
「貴女、鼻の下が伸びてますわよ」
呆れた表情で龍ヶ崎が言った。
「なっ、何馬鹿な事を言うんだ! 男じゃあるまいし!」
「まぁ……確かに気になるボディよねぇ……。えへ……縄で縛って……吊るしたら……はみ出した肉が……えへへ……」
「っ!?」
不気味な笑みを浮かべる蘭に唐牛が怯える。耐性がないと、傍から見ればただの基地外だ。 無理も無い。
「唐牛と言ったかしら、貴女、朋子さんの安全と引き換えに、彼に関係を強要したそうですね?」
「なんやて!? それホンマなん!?」
唐突に放たれた龍ヶ崎の言葉に、茜が声を張り上げる。
驚いたのは茜だけではない。その事実は、私達の誰一人として知らなかったのだ。茜が言わなかったら、多分私も同じ様な言葉を口にしていただろう。
申し訳なさそうに唐牛が頷く。
そして疑問は確信へと変わった。
どうして朋子がさらわれたのか分からなかったが、まさかそんな強硬手段に出ていたとは。
「修司さんは途中から記憶がないとおっしゃっていましたが、貴女は覚えているのでしょう? 彼に何をしたんですの?」
昨夜の彼は、明らかに正常ではなかった。今まで何度か力に目覚めた彼を見たが、それとは違う。
言い方は悪いが、例えるなら獣。
発情期の獣だった。
「……私もあんまり~覚えて無いんだけど~」
唐牛の話では、彼とベッドに入り事に及んでいる最中、突然粗暴になった彼に驚き、慌てて毛利に助けを求めたらしい。
毛利が彼を引き離そうとした瞬間、物凄い力で吹き飛ばされ失神。友人が傷つけられたと逆上して、彼に向かっていくもあえなく撃沈。
再び目覚めた時は、私に振り回されていた――と。
乱暴された気配は無いらしく、二人が気絶した後、彼は朋子に(正確には牛の張りぼてから出ていた尻)に喰らいついたのだろう。
動くものに反応した……のか?
「では、特に何かをしたわけでは無いと。そういう事なのかしら?」
「もしかしたら~。私のムチムチボディーに興奮しすぎちゃったのかなぁ~って思うけど~」
「……何がムチムチボディーよ。ただのゆるゆるボディじゃない」
朋子が嫌悪感露に吐き捨てる。
その鋭い目つきの奥、どこか羨望の色が見えるのは気のせいだろうか。
その時、長らく膝の上でジッと話を聞いていた恵が立ち上がり、てこてこと歩き出した。その一挙一動に皆が注目する中、唐牛の目の前で立ち止まる。
そして――彼女のTシャツをおもむろにたくし上げた。
「ええ~っ!?」
突然の行動に驚く唐牛の頭に乗せた手を軸に、ふわりと宙に舞いその背後へ。
そして、またもおもむろに――ブラジャーをずりさげた。
「ふぁああっ!?」
下着という枷を外し暴れまわる弾性に富んだその胸を、恵が小さな手でわし掴んだ。そして、その頂を指で摘み上げた瞬間。白い液体が放たれる。
それは僅か数秒の出来事。
牛が――乳を出した。
「にっ……妊婦やったんか……」
「だから……太っていたのねぇ……」
「こっ、子供の父親ってまかさですかっ!?」
余りにも衝撃的な光景に、百合子が噛んでしまうほど。未遂で済んだ事も、そもそも一日やそこらで乳が出るわけがない事も忘れて。
「ちっ、違うよ~! こういう体質になっちゃったのぉ~!」
唐牛が、顔を赤くして否定する。胸は――未だに蹂躙されたまま。
「うしさんはね、おっぱいが出るんだよ!」
元気良く無邪気な笑みを湛えた恵の言葉に、一同がハッと気付く。
お化けのような胸から牛乳が飛び出したインパクトで薄れてはいたが。
恵が見せた、幼女らしからぬ身のこなしを。
「も、もしかしてめぐっちも十二支枝なんか……?」
「うん! そうだよ! わたしはうさぎさん!」
十二支枝である事を明かしながらも、その正体が四百年前の獣、始祖である事を明かさないのは何故なのか分からない。
単に面倒だからなのか、幼女としての特権を享受したいからなのか。そうだとしたら、恐ろしい程老獪だ。
ひとまず、私は何も言わない事にした。
そんな事よりも、恵のとった不自然な(不純な?)行動が、私の雑然とした思考を繋げた。
「……もしかして、彼がおかしくなったのはその乳のせいか?」
母乳の成分は血液だと聞いた事がある。
十二支枝である唐牛の血が、彼の体内に入り――暴走した。
「言われてみれば~。そうだった気もするかな~?」
唐牛が服を直しながら言った。私の元へ戻って来た恵が、小さくふんと鼻を鳴らし、再び膝の上に座ったのだった。
謎が解けた安心感より、彼が乳を吸ったという行為に。
もしくは自分以外の乳を吸われたという事実に落胆した空気さえ流れる中、話を本題に切り替えるように龍ヶ崎が口を開いた。
「十二支枝全員が居なくても鬼を封じれると言う話――ソレは本当なのかしら?」
彼が牛の乳を吸った事などまるで興味がなさそうに。
だがその龍ヶ崎の言葉に、誰もが目を見張った。
「……そ、それは~……」
唐牛が俯き、そのまま口をつぐんだ。
「口からでまかせってわけ? ほんっと最低ねアンタ」
「だ、だって結局全員揃わないんだから~。出来ると思うじゃない~……?」
釈明するように放たれた唐牛の言葉。
示し合わせたように、皆が「えっ?」と口を揃えた。その空気に、唐牛当人も驚いた表情を浮かべる。
「全員揃わない? それはどういう事だ?」
「え~? 知らないの~? だって~――」
唐牛が放った言葉は、頭の片隅に浮かびさえしなかった。
十二支なのだから。
十二支枝なのだから。
「亥の印は、もう死んでるんだよ~――」




