表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
干支っ娘!  作者: kure
65/71

訪れる試練と過去

――神崎家――


 時の流れは早いもので、あっと言う間に夕方。茜と一緒に昼食を取り、彼女が帰ったのがもう五時間以上も前だって事は、一階から香る夕食の匂いと時計の針が告げていた。

 どうやら――寝てたらしい。

 一階に降りると、そこに恵の姿は無かった。時刻はもう七時になろうというところ。

「あれ? 恵は?」

「蓮ちゃんのところで夕飯をご馳走になるって電話きたわ。八時には帰すって言ってたから、そろそろ戻って来るんじゃ――」

 その時、リビングの電話が鳴った。丁度隣にいた僕が手を伸ばす。

「はい、もしもし」

「あ、もしもし~。神崎さんのお宅ですか~? 修司君いますか~?」

 受話器の向こうから聞こえたのは、何とものんびりとした若い女性の声。

「あ、僕ですけど。どちらさまですか?」

 受話器から離れのか「わぁ~。本人でちゃった~。ねぇ未華! 本人だよ~」と遠く聞こえる。かと思ったら、多分違う女性が、通話には不適切な声のボリュームで「も、もしもっ!」と叫んだ。鼓膜の痛みに耐えつつも答えるが、それ以上返事はなく、またも遠くで何やら声がした。イタズラ電話――ではなさそうだが……。

 軽い咳払いに続き、再び受話器から声が聞こえた。

「神崎君の犬を一匹預かってるんだけど~」

「僕の犬? いや、僕は犬なんて飼ってないよ」

「頭の悪そうな雌犬なんだけど~」

 一瞬、嫌な予感がした。

「まさか……狗飼さん……?」

「そのまさかだね~」

 頭の悪そうな雌と言うキーワードでそれを思い浮かべたのは、決して彼女がそうだからではない。ごめん――と心で謝った。

「……彼女は無事なのか?」

 ただ事ではない雰囲気を感じ、反射的に声を潜める。

「今のところは、かな~? 今から『クルミルク』に来てくれる~?」

「クルミルク? クルミルクって――あの子牛の?」


 時雨町の地元企業、乳製品メーカーのクルミルク。

 工場の屋上に飾られた、何故かピンク色をした子牛の大群は、夜になると目が光るとか、数が足りなくなるとか増えてるとかで、少年少女を怯えさせている――らしい。

 ちなみに――紅葉印もみじるし乳業と人気を二分しているが、僕はクルミルク派だ。

 最初は抵抗のあったクルミ入り牛乳も、今では美味しく飲める。大人になった証拠だ。

「そうだね~。必ず一人で来るんだよ~。他の十二支枝に話したりしたら、ワンちゃんの無事は保証できないかな~。じゃ、待ってるよ~」

 話し方とは違い、電話を切るのは素早かった。


「ちょっと出てくる!」

「あら、折角ご飯出来たのに」

「戻ったら食べるよ! 行って来ます!」

 家を飛び出し、境内を駆け抜け、階段を飛び降りる。

 指定されたクルミルクがある場所までは、約十分。

――自転車買った方が良かったな。

 そんな事を思いながら、薄暗い道を全速力で駆け抜けた。


――常契塚――


「なんや、先輩どないしたん? 具合でも悪いんか?」

 心配そうな顔で、茜が私の顔を覗き込む。

「ん? あ、いや、ちょっと考え事をしてただけだ。そういえば――朋子の姿が見えないようだが――」

「それな。ポチ電話にでんわ。やねん。何度もかけたんやけどな」

「ふむ――寝てしまったんだろうか。まぁ仕方ない、四人で行こう」

 強制するものでもないし――な。

「えっ、ちょ、何かつっこんでや……」

「一番、可哀想なパターンねぇ……。ご愁傷様……」

「じゃあ、茜と百合子。私と蘭で別れようか、何かあったらすぐ連絡をくれ」

「了解ですっ! さぁ鬼退治にレッツゴーですっ!」

「おっ、百合っぺ元気やな。何かええ事でもあったん?」

 普段ならどこか不安げな百合子だが、今日はどこはかとなく生き生きとしている。

 茜の問いに、フフンと鼻をならして。

「大人の階段を一歩上がったんですっ!」

 大人の階段。

 百合子が放った、その言葉に一瞬動揺した。

「どうかしたのぉ……? 何か怖いわよぉ……?」

「……いや、何でもない。行こうか」

 何でもないはずなんてない。

 私は――知ってしまった。

 十二支枝の秘密――呪われた運命を。


――で、まだ小僧とまぐわってはおらんのか?

 きっかけは、買い物を終えて一度道場に戻った時。

 何気ない、と言うには余りにも唐突すぎる恵の言葉。

「なっ! 何を言い出すんだ突然! 私達はそんな関係ではない!」

「そうか、では他の者はどうなんじゃ? わしを除いても六人もおる。一人ぐらい手篭めにされたであろう?」

「てっ、手篭めって……! 彼はそんな事をするような人間じゃない――ぞ。多分……」

「それもそうじゃな。そう言うところは浴に似ておらん。ヤツは強引じゃッたからのぉ。嫌がるわしらを無理矢理――むふふ。ああ腹立たしい事じゃ」

 言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうに微笑む恵。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。その――なんだ。恵は彼の先祖と、その――か、関係を持ったという事か? それに――『わしら』って――」

 私の質問に、訝しげな表情を浮かべ。

 それが、ごく自然で、疑うべく理由すら存在しないかのように。

「当然じゃ。でなければ――おぬしらは生まれておらんじゃろうが」

 信じがたい、真実を語った。

 

 彼の先祖と、その時代を生きていた恵、そして他の獣達が。

 この身に流れる血は――虎だけじゃなく。他の皆も――同じ。

 同じ、血を持つ。

 同じ、ちちから生まれた。

――兄弟。


「さて、そろそろ帰るとするかの。今日の夕餉は何じゃろうな~。しかし、何を食べても驚くほど旨い。歳はとってみるもんじゃ」

「夕飯は何でも好きなモノを用意する。だからもう少し話を聞かせてくれ」

「ふむ――ではあれだ! なぽりたんすぱげちーが食べたい!」

「わかった。ちょっと待ってくれ――」

 ナポリタンだけでは味気ない。どうせならハンバーグも付けて貰おう。母にメールを送ると、すぐに了承の返答が届いた。感謝する。


「――よし、と。話の続きだ。分からない事があるんだが、元々恵達はその――獣なんだろう? それなのに彼の先祖、ヨクと言ったか。その間に子が出来ると言うのが信じられないのだが」

 いくら繁殖行為をしようと、そもそもの遺伝子情報が異なる間柄同士。それが身を結ぶ事など考えられない。

 それとも、私の知識が乏しいのか? 性について、深く紐解こうとした事など一度も無い。もしかしたらレアケースとして存在しうる事案なのか? 

「それはわしにも――わしらにも分からんかった」


「そ、そうなのか……。とは言っても……いくら何でも人間と兎が……。いや、虎にしたって……」

「おい。おぬし変な勘違いをしておるじゃろ? いくら何でも兎の姿で交わったりはせぬぞ。先にも言ったとおり、わしらは、言わば物の怪の類。人の姿に化ける事など造作もない事じゃ。全てが、とはいかんが――」

 突然立ち上がりワンピースの裾を持ち上げる。向けられたお尻には、尻尾に見立てた小さなポンポンが付いていた。

「まぁ、これはまがい物じゃがな。可愛いじゃろ?」

 得意気にお尻を振るその仕草は、同性の私から見ても胸が苦しくなるほど愛らしい。

 幼女恐るべし。

「わ、分かった。耳や尻尾はあっても、人としての行為が出来るって事だな」

 一瞬、自分の虎耳虎尻尾姿を想像した。

 中々――悪くない気がする。


「ヨクと恵達が惹かれあって、その結果子宝に恵まれたって事は理解できた。それにしても十二人全員となんて――」

 肉食系にも程がある。

「まだ勘違いしておるな。わしらは惹かれ合ってなどおらん。先も言ったとおり、無理矢理手篭めにされたのじゃ」

「む、無理矢理……? それは全員……?」

「そうじゃ。そもそもヤツとわしらは、いわば敵同士。滅する者と滅される者じゃ。いかなる情など存在しえぬ。そんな間柄じゃ」

 軽くため息を吐き、言葉を続ける。

「いくら人の姿に化けようが、わしらは所詮人ならざるもの。畏怖され、嫌忌され、崇拝される存在ではあっても、ソレに欲情しようなどともっての他じゃ。人間の道理と言うモノがあるのなら、ヤツは外道じゃ」

 特殊性癖のパイオニア……なのか?


「確かに……あまり良い趣味とは言えないな……。というか全く想像が付かないんだが、もう少し詳しく教えてくれないか?」

「ふむ。気にかかる年頃なのは分かるが。未通女い振りをしておぬしも中々――」 

「そ、そうじゃなくだ! ど、どうやってヨクと出会ったのか聞かせてくれ! まさか十二匹で居るところにヨクが現われたわけじゃないだろう?」

 やれやれ、と言った様子で妖しく笑った恵に、慌てて訂正する。

「そうじゃな。あれは――昨日の事のようじゃ――」


 普通の兎ではない。

 普通の兎ではなくなっていた。

 気がついたら。ふと目が覚めたら。そんな感覚に近い。

 理由も、因果も分からぬ。もう自分が何十年生きたか分からん。

 はっきりと分かる事は、自分が普通では無いというその事実。

 わしは喜びに打ち震えた。

 一介の獣たりえない力を手に入れ、野を駆け山を駆け、人に化けては悪さをし、好き勝手に暴れまわる、そんな時じゃった。


「おお、これは喰い甲斐がありそうな兎だ」

 ねぐらにしていた洞穴から出た時、一人の男が立っていた。

 手には奇妙な杖を持ち、夜の闇に溶け込むような漆黒の羽織を風にはためかせ、月を背にそいつは笑っておった。

 ただの兎ならいざ知らず、物の怪となったわしにとって、すでに人間など恐れの対象ではない。じゃが、ヤツは明らかに普通の人間とは違う臭いを放っておった。それでわしは悟ったのじゃ。

 ああ、こやつが陰陽師か。とな。

 何時聞いたのか、何処で聞いたのか、獣の時か、人に化けた時か、それは分からなんだが、物の怪を滅する人間がおる事は、何となく知っておった。

 そして、わしはその場から逃げた。

 今思えば、それも本能。致し方ない事じゃった。

 得体の知れない恐怖に立ち向かうほど、勇敢な獣ではないからの。


 じゃが、逃げられんかった。

 どこからか現われた不思議な紐が全身に巻きつき、あっと言う間に縛り上げられた。どれだけ暴れようと、緩むどころか締め上げる。まるで力を封じられているようじゃった。

「脱兎の如く――とはよく言ったもんだな」

 近づいてくる男に、わしは死を覚悟した。

「お前が噂の化け兎か? 女子に化けれると言うのは本当か? どれ、一度見せてみろ」

 その言葉に、逆らえるだけの気力は無い。言われるがまま、わしは人の姿に化けた。

「おお。中々綺麗な顔をしてるな――ふむ――よし、今からお前は俺のモノだ」

「な、なんじゃ――ふぁっ!?」

 わしをひょいと抱え上げ、そのまま道外れの茂みに。獣の姿に戻ろうとしても、それは叶わなかった。

 そのまま夜が明けるまで――わしは――。


「――それが浴との出会いじゃ」

 最低すぎる。

 聞かなければ――と一瞬後悔さえした。

 ある意味現実的なのかもしれんが、昔話として語るにはあまりにも悲惨で、救いようが無い。  

「まぁ、十二匹の中ではわしが一番最初じゃったからな。まだマシな方じゃ」

 得意気に付け加えた恵に、驚愕した。

 それでまだマシと言うなら、他の獣――私の先祖とかは一体どれほど凄惨なのだろう。

「逃げたり……しなかったのか……?」

「最初のうちは何度も考えたがの。法力で縛られておったし――」

 少しだけ嬉しそうな顔をして。

「――わしを、人として扱ってくれたからの」

 幸せそうな顔をして、そう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ