マルチプレイ
――神崎家――
再び目覚めた時、時刻はお昼をまわっていた。
相変わらず部屋は蒸し暑く、ベッドから放たれる、恵の甘い残り香が鼻をくすぐった。
一階に降りると、母がキッチンで昼食の支度をしている。恵は――まだ戻ってないか。
「おはよう――はおかしいわね。ご飯食べる?」
「あ、うん。軽く食べようかな」
朝食を食べたのがついさっきな気もするけど、寝ているだけでもエネルギーは消費するのだ。
「そういえばさ、恵の手続きとかしたの? 学校行くんだろ?」
「学校? どうして恵ちゃんが学校に行くの?」
きょとんとした顔で母が言った。
「え? いや普通学校行くだろ。小学生だろ?」
「小学生? ねぇ修ちゃん、恵ちゃんはもう二十歳よ?」
――ポトリ。食べかけの漬物が箸から零れ落ちた。
「はあっ!? にっ、二十歳!?」
「あら、言わなかったっけ? お姉ちゃんだよって」
そんな事聞いてない。いや――聞いたような気がする。言い間違いだと思ってた。
ってか普通そう思うだろ? 中谷さんよりちびっこなんだぞ!? 二十歳って言ったらもう大人じゃないかよ。
「でっ、でも僕の事兄みたいな言い方で呼ぶだろ」
「ずっと入院してたって言ったじゃない? ただ入院していたわけじゃなくて、意識も無かったみたいなの。だからかもしれないわね。自分が大人だって、恵ちゃん自身もあまり分かってないんじゃないかな」
母の言葉を聞いて驚いた。
てっきり普通の入院生活を送っていたものとばかり思っていたから。
目覚めた時、恵はどんな思いだったのだろう。
世界に置き去りにされた少女は、一体何を想うのだろう。
「そうだったんだ……。僕は今まで通り、妹だと思って接するよ。そっちの方が自然だと思うし」
「そうね。その方がいいかもね。ベッドの上でも修ちゃんがちゃんとリードするのよ」
何でそうなるんだよ……。
……待てよ。って事はあのつるぺたのおっぱいも、小ぶりなおしりも、僕が子供だと言い聞かせて眺めてたあの裸体は大人だったのか……?
今後も度々目にするであろう、あの裸体は二十歳のモノなのか……?
「どうしたの修ちゃん? 顔が赤いわよ?」
「なっ、なんでもない! ごちそうさま!」
知らぬが仏。そんな言葉が頭に浮かんでいた。
「あっ、修ちゃん今日はお家にいる? ちょっとお買い物行きたいんだけど、お店番お願いしてもいいかしら?」
「あー、うん。いいよ」
散歩でもしようかと思っていたけど、まぁいいか。
――浴宮神社――
買い物に出かけた母を見送り、御札や破魔矢などの神社グッズが並べられた小屋の中で寝転がる。通販で購入した間に合わせのモノはいつの間にか、馴染みの業者に発注した品にすっかり入れ替わっていた。
「御札――か。ん? 誰だろう?」
ポケットから聞こえる着信音。
『モンキーレッドさんからゲームのお誘いです。一緒に妖怪ストライクしようよ!』
タップして、アプリを起動する。
そういえば、初めて茜と会った時もゲームしてたんだよな。ゲームなんて、インドアの最たるモノだし、アウトドア派の茜には似合わないと言うか、意外と言うか――。
「あっ……ミスった……」
画面には虚しく横たわるキャラクターと、GAMEOVERの文字。
協力プレイが出来るこのゲーム、それは逆に、自分のミスが相手をも巻き込むわけで……。
「ああっ!? なにしとんねん修ちゃん!? ありえへんやろ!」
突然聞こえた声に驚いて外を見ると、画面に向かって叫ぶ茜の姿があった。
「ごめん……」
「うわっ!? おったんかいっ!? おるならいうてや~」
八重歯を覗かせはにかむ茜に、少しドキッとする。
ボーイッシュながらも、たまに見せる女の子っぽい仕草。そのギャップは中々の破壊力を持っている。
「ところで、茜は何してるの?」
「なんもしてへん。ちょっとランニングしてたら近くまで来て、何となく上がってみただけやで。上り甲斐ある石段やから、ついついや」
このクソ暑い日に運動とか、僕には全く理解出来ない。
まぁ、身体を動かすのはいい事なんだろうけど。
「ってか修ちゃんさっきのはないで!」
「はは。ごめんごめん。次は僕が出すから一緒に行こうよ」
「ホンマ? ほな……ウチもそっち行ってええ……かな?」
「え? あ、うん。いいよ」
二つ返事で了解したけど、僕が外に出たほうよくないか?
「ほな、おじゃましまーす」
しかし、既に茜は小屋の中に。あっという間に女の子の匂いが充満する。
「どれどれ、修ちゃんはどんなキャラ持ってるんかな~?」
ぐっと身を乗り出し、茜が僕のスマホを覗き込む。
頬が触れそうな距離。
少し汗ばんだ首元から放たれる生暖かい香りには、どんなアロマオイルも勝てやしないだろう。
「あっ! もっ、もしかしてウチ臭う……?」
突然、茜がバッと身を引いた。
「えっ!? あっ、いや! そんなことないよ!」
「でも今修ちゃん、鼻ひくひくしとったやん! 匂ってたやろ!」
気付かれていたのか! ダイソンの掃除機ばりの吸引力で匂いをかき集めていた事を!
「きっ、気のせいだよ! 全然臭くないし! むしろ良い匂いだって!」
「匂っとるやん! 『匂ってたやろ』ってのは『匂いかいどったやろ』って意味やで」
何……だと……? 『臭かったでしょ?』って意味じゃなかったのか。
「ま、臭くないならええねんけど……」
そう言って茜が黙り込む。
どうやら追求の手は逃れたらしい。だが、すっかりと空気が重くなってしまった。
気分をかえてゲームに誘おうとした瞬間、茜が呟く様に口を開いた。
「ウチって……可愛くないかな?」
似合わない不安げな表情は、ソレが冗談や軽口のたぐいでは無い事を物語る。
「えっ? どうしたんだよ突然」
「……なんかな、皆と比べてウチってどうなんやろなーって思てん。先輩も龍ちゃんも綺麗やんか。ゆりっぺもちっさくてかわええし、ポチもおしゃれで、ええ身体しとるやん。蛇は――」
蘭さんの事を考えて黙る茜。
まぁ、蘭さんも普通にしてれば……。
ってかポチはまだ分かるけど蛇って……。
「――でな! ウチはどうなんやろって。流行のモノとかもあまり良くわからんし、趣味って言えるのは身体動かす事くらいや。女の子らしいところなんて無いような気がしてなぁ」
『女の子らしさ』か。
それって一体どういう事なんだろう。
どうだったら女の子らしいのか、何をすれば女の子らしいのか。
僕だって同じだ。男らしさなんて、自分じゃ何一つ分からない。だから――。
「別に――『女の子らしく』ある必要はないんじゃないかな?」
「女の子らしい女の子が可愛いってわけじゃないと思うし。自分らしく、茜らしいのが一番の魅力だと思うけどね」
僕の言葉に、茜の表情が少し明るくなった気がした。
「そっ――か。そうやな! ウチはウチやもんな! よっし、ほなゲームしよ!」
スマホを握り締め、肩が触れ合うほどに距離を詰める茜。
「修ちゃん、ありがとやで」
嬉しそうに微笑む彼女の笑顔と匂いに気をとられた僕はゲームどころではなく――。
「ああっ! 何でソコでミスんねん!」
静かな境内に、茜の声が響いた。




