兎虎兎虎ショッピング。明かされた兎の決意
――ショッピングセンター『口1口1』――
「おお! これもかわいいのぉ~。こっちも、このひらひらしたやつも中々じゃ!」
子供服売り場ではしゃぐ恵。
その姿は、そこら辺にいる女の子と何ら変わりは無い。
「おい、これとこれではどっちがかわいいかのぉ?」
機能性に欠けた、汚れの目立ちそうな白のワンピースと、腰元に大きなリボンの付いたワンピースを両手に恵がたずねる。
「どっちでもいいじゃないか。私はもっと動きやすい服の方が好きだけどな」
スカートは制服で十分。ワンピースなど、最後に着たのはいつかさえ覚えていない。
「ふっ。女心の分からぬ虎じゃのう。『ふぐり』でも付いてるんじゃなかろうな?」
「つっ、付いてるわけないだろう!」
鼻を鳴らし、恵が憎らしい嘲笑を浮べた。
子供でなければげんこつの一つや二つ……。
「というか――その前に、お金は持っているのか?」
「持っているわけがなかろう。今日はそちのおごりだと自分で言っておったじゃろ?」
「なっ!? 確かにおごるとは言ったが! 誰も服を買ってやるなんて言ってないぞ!」
普通に考えれば分かるだろう。
どうして私が他人の服など買わねばならんのだ。
「ふむ――では帰るとするか、もう話す事もないじゃろ」
両手に持った服を無造作に置き、背中を向ける。
陰湿な駆け引き。子供の姿をしているから、余計にたちが悪い。
「分かった分かった。何でもおごってやる」
「おおそうか! じゃあこっちとこっち、どっちがわしに似合うかのぉ?」
そう告げるやいなや、すぐに振り返って服を手に取る。
こいつに帰る気などはさらさらない。
「……左だ」
どうして私が恵の買い物に付き合わされているのか、それは昨日の晩にさかのぼる。
――廃屋――
「小僧の先祖、浴と出会ってからじゃ。わしらがこの町に住み着いたのは」
「彼の先祖……ヨク……?」
「そうじゃ。わしらは浴と共に、鬼から時雨町を守っておった」
『遥か遠い昔。十二の獣を従えた一人の旅人が、村を襲った鬼を封じた』
小さい頃から祖母に聞かされた昔話。
記録など何も無い。ましてや当時を知る者など存在するわけもない。
力に目覚めて、鬼を目視した今でも、心のどこかで御伽噺の様な気がしていた。
隣に居る恵が――不確かな伝説を確たる史実にするまでは。
「では、鬼の正体も封印する方法も……恵は全て知っているんだな?」
知らないはずは無い。彼女は当事者なのだ。
遥か昔、私達の先祖と共に戦っていたのだから。
「そちは、今の家にどれほど前から住んでおったか分かっておるか?」
私の質問には答えず、話題を切り替えた。
「正確には分からないが、七十年以上は経っているだろうな」
築年数はそれなりに経っているが、決して珍しいわけではない。
古い建物など、時雨町には余るほどある。
「お前の家は、四百年以上前からあそこにある。流石に建物は違うがな、場所は変わっておらんのじゃよ」
「そ、そうなのか……。何だか不思議な気持ちだ。少しだけ――嬉しくもある」
「ふふっ。素直じゃな。まぁ誇らしい事じゃ。我らは元々根無し草。それが大地にしっかり根を張って、今日まで変わらずに留まり続けとるんじゃからな。あの虎がのう……大したモンじゃ」
一瞬、恵が少女ではなく、大人に変わったかの様な錯覚を覚える。
風に吹かれ、膨らんだ白襦袢が私に幻を見せた。
「昔話はこれくらいにしておこうかのう。さっきの質問じゃが――正直なところ、わしもよく分かっておらんのじゃ」
「結界が解かれたのと何か関係があるかと思ってはみたが、どうやらそれも違うようじゃしのう。何か手がかりがあるかと来ては見たが、無駄足だったようじゃ」
恵が独り言のように呟き、立ち上がる。
「結界? それはどういう――」
「おしゃべりはここまでじゃ。そろそろ戻らんと、網戸を開けっ放しで来たからな。小僧が虫に食われてしまうわい」
そう言って、屋根の淵に向かって歩き出した。
午前一時。普通なら既に寝てる時間だ。
だが、まだ聞きたい事も沢山ある。
「明日、もっと詳しく聞かせてもらってもいいかな?」
「どうしようかのう――そうじゃ。てれびで見たんじゃがな、あの――なんじゃ、『くちいちくちいち』とか言うでっかいお店じゃ。あそこに連れて行ってくれたら話してやってもいいぞ!」
くちいちくちいち……? でっかいお店……?
そんな名前聞いた事も――。
「ああ! シカクイの事か」
隣県の大型ショッピングモールの事を言っているのだろう。
車で三十分程。特に問題はない。
「いいだろう。じゃあ明日の朝迎えに行くよ」
「本当か!? ふふっ、楽しみじゃのう。そちのおごりじゃぞ!」
目をきらきらと輝かせて、全身で喜びを表現するような愛らしさ。
そんな顔を見せられたら、言わずにはいられない。
「はは。任せておけ――」
どうしてあんな事を言ってしまったのか――悔やんでも悔やみきれない。
心なしか、洋服の入った袋が重く感じる。
……何故私が荷物持ちをしているのだ。
しかし、いくらなんでも値段が高すぎではないか?
子供服だぞ? 布面積は大人のソレより圧倒的に少ないはずだ。
服など、安価なムニクロで十分ではないか。
「これだけ広く、物に溢れておると、見てるだけで疲れてしまうのう。おっ? あそこで少し休憩じゃ!」
恵が指差した場所は、小さな喫茶店などでは決して無い。
甘ったるい匂いを放つ、白とピンクを基調とした外見。
今時の女子供が喜びそうなスイーツ専門店である。
ショーウィンドウに飾られた色鮮やかなスイーツに恵の目は完全に釘付け。
……出るのはため息と財布の中身のみだ。
「これは何と言ううまさじゃ! 果物のみずみずしさ、牛の乳の甘さ、そしてこのサクサクした煎餅の食感も絶妙じゃ!」
店名の入った一番高いパフェを幸せそうに頬張る姿は、多少なりとも私の苛立ちを抑える効果はあるらしい。
生まれて初めて食すような仕草。
彼女の生きた時代にパフェなどあるはずも無いのだから、それも当然だろう。
そんな恵の姿が、僅かな疑問を抱かせた。
「私が啓示の話をした時、恵は『目覚めた』と言っていたよな? 今私が話している恵が四百年前の恵なら、それまでの恵は――ああややこしい。お前の本当の名は何なんだ? 四百年前に使っていた名前があるだろう?」
「獣に名などあるはずなかろう。そんなもの使うのは人間だけじゃ。まぁ無かったわけではないが――わしの名を呼ぶのはたった一人だけじゃ」
何かに想いを馳せた物言い。
その彼女の名を呼ぶ相手は、何となく理解した。
多分、彼の先祖『ヨク』の事なんだろう。
「そちが言いたい事は分かった。わしと言う人格が目覚める前の恵は何をしていたのか――聞きたいのはそんなところじゃろう?」
「あ、ああ。そうだ」
一瞬険しい顔を見せて、恵がはっきりと言った。
「恵という娘は――もう死んでいる」
その言葉を、瞬時に理解する事は出来なかった。
儚ささえ感じる、彼女の白髪。
「幽霊……なのか……?」
そんなのあり得ない、と否定は出来ない。
十二支枝の力にしろ、鬼にしろ。科学では説明出来ないモノを数々見てきた。
「阿呆! 幽霊がぱふぇを食べるか!」
どうやら幽霊呼ばわりされるのは気に入らないらしい。
余り変わらぬようにも思えるが。
「『あるびの』を知っておるか?」
「アルビノ? 確か――先天性白皮症ではなかったかな。医学にはあまり詳しくないが」
「うむ。わしがそうじゃ。いや、『恵がそうだった』と言った方が正しいのかもしれんな。生まれつき病気がちで身体が弱く、殆ど寝たきりだったらしいのじゃ」
恵の白さはその所為だったのか。
「本当はの、目覚めたと言うか、呼ばれたんじゃないかと思うのじゃ」
「呼ばれた?」
「うむ。黄泉の国で、少女の声が聞こえたんじゃよ。その刹那、気付いたらわしは何も無い一本道に立っておった」
『黄泉の国』
死後の世界のことだろうが、そんなモノが本当に存在するなんて。
「ただ遠くに一筋の光だけが見えるだけで、真っ暗闇のなーんにもない道じゃ。とりあえずわしは光に向かって歩き出した。黙って突っ立ってるわけにもいかんからのう」
「その時じゃ、向こうから誰かが歩いてくるのじゃ。真っ白な髪の毛をした、小さな娘っこじゃった」
「すれ違い様に娘っこは言った。『これでぱぱとままに会いにいけます。ありがとうございました』とな。その時は何を言ってるのか、ソレが誰であるのかなど分からんかった。何しろ、わしの時代には親の事を『ぱぱ、まま』などと呼ぶ事はなかったからのう」
話しながら、恵が寂しげな表情を浮かべる。
私は口を挟む事もせず、黙って耳をかたむけた。
「光の中に飛び込んで、見知らぬ場所で目が覚めた時は大層驚いたわい。まぁ、周りの人間の驚きようも酷かったがの。そして鏡に映る自分の姿を見た時、全てを悟ったのじゃ。あの時すれ違ったのは恵じゃった、とな」
いつの間にか、パフェを食べる恵の手が止まっていた。
「満足に出歩く事も出来ず、両親の死に目にも会えず。全ての不幸を背負って生まれてきたような娘じゃった。そんな境遇を知った時、わしは申し訳ないような、情けないような、そんな気持ちでいっぱいじゃった。すべてはわしから始まった事、わしが重ねた罪が因果となって、子孫である恵に災いをもたらしたんじゃろう――そう思ったからじゃ」
『因果応報』
こんなに哀しい言葉だなんて知らなかった。
自分の子孫にあたる、少女が放った最後の言葉。
その意味を理解した時、彼女は他者の共感さえ許されぬ程、自責の念にかられたことだろう。
――恵の所為じゃないよ。
そんな陳腐な慰めをかけられるほど、軽い話ではなかった。
「じゃからの。わしは精一杯楽しむつもりじゃ! 恵が出来なかった事を沢山して、行けなかったとこにも沢山行く! それくらいしか、今のわしにしてやれる事はない! うじうじ悩んでるくらいなら、目の前のぱふぇを食べるのが――わしなりの罪滅ぼしじゃ!」
そう言って、恵は再びパフェを食べ始める。
その瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。




