鼠の日
――中谷家――
『グッモーニン! 朝だよ! 今日も楽しい一日の始まりだよぉー! グッモーニン! 朝だよ! きょ――』
ミックマウスの甲高い裏声。いつも同じ時間に起こしてくれます。
「おはようネズ美」
隣で一緒に寝てるのは、抱き枕の『ネズ美』
身長百センチ、体重はチーズ三個分。ずっと昔から私の大切な友達。
目覚ましを止めて、おはようの挨拶をして、ぎゅってするのが一日の始まりです。
家の中では、ネズ美とずっと一緒。
昔は抱きかかえてたんだけど、今はそうもいきません。
だから紐をつけて、おんぶ出来るようにしたんだ。
理由は――一人で寂しいから、かな。
おじいちゃんが死んじゃってから、この家には私一人。
そんな大きいお家じゃないけど、一人には広すぎて、ちょっと怖かったり。
私の部屋は二階なんだけど、もしかしたら一階に不審者がいて、降りた瞬間に『ガオー!』って来るかもしれない。
そんな事ありえないって思うかもしれないけど、一度考えちゃうと不安になるのです。
そんな私を守ってくれるのはネズ美なんだ。
「ネズ美おねがいっ!」
階段からネズ美を投げ捨――偵察に行ってもらいます。
何度もバウンドして、無事一階に着地。
――異常なし!
仰向けで転がるネズ美が発する無言の合図。
こうして一日が始まるのですっ!
「あっさごっはん~。あっさごっはん~♪」
料理は、おじいちゃんに教わったんだ。
最初はお米の炊き方も分からなかったけど、今では大抵の料理は作れるようになりました。
今日の朝ごはんは、ウインナーと玉子焼きにお味噌汁。
「ねぇネズ美。そういえばね、この前神崎君のお家にお泊りした時にね、私の玉子焼き食べて『美味しい』って言ってくれたんだよっ!」
思い出すと、玉子をかきまぜる手にも力が入ります。
「えっ? 『嬉しかったの?』って? 嬉しいにきまってるよっ。おじいちゃん以外の人に食べてもらうのは初めてだったし……」
「『それだけじゃないよね?』って? もーネズ美ったらっ! めっ! だよっ!」
ずっと一緒に生活してるネズ美の勘は鋭いのです。
神埼修司君。
転校して来た時、私は全然気付かなかったんだ。
隣のクラスだったし、他人を見てる余裕なんてなかったから。
だけど、ある日突然蓮ちゃんがさりげなーく私に聞いてきたんだ。
隣のクラスの転校生知ってる? とか、交友関係はどんな感じなのかな? とか。
はっきりとは言わないけど、遠まわしに『探ってくれ』って感じで。
すっごいモテるのに、男の子の話は全く。
そんな蓮ちゃんが気になってる男の子ってどんなんだろう。
でも、見てみたら意外と普通で。
誰かと一緒に居るところも、楽しくお喋りしてたりもあんまり無くて。
私と同じで、寂しい人なのかなって思ったの。
だけど、そんな素振りは全然なくって。
気にしてないって言うか。一人ぼっちを前向きに受け入れてる――みたいな。
周囲を気にしないように、心に蓋をした私とは全然違った。
話してみても、明るくて優しくて、素敵な人――。
「いただきますっ。今日も美味しいよ、残念だね、ネズ美も一緒に食べれたらよかったのに」
テーブルを挟んだ向こう側、ふにゃりと椅子に腰掛けたネズ美が、物欲しそうな顔をしています。
一人は慣れたけど、やっぱり誰かと食べたほうが美味しいよね。
「え? 『だったら神崎君に声かければ』って? そっ、そんな事出来るわけないよっ! 家に呼ぶの恥ずかしいし! それに……」
私なんかじゃ、敵うわけないって思うから。
かっこよくて、何でも出来る蓮ちゃん。お金持ちで、上品な龍ヶ崎さん。
明るくて面白い茜ちゃん。おしゃれでおっぱいの大きい朋子ちゃん。
蘭さんは……ちょっと怖いけど、すっごい頭良いみたいだし。
皆強くて、魅力的で。私なんか勝てっこない。
敵わないから――叶わない。
「ちっちゃさだったら負けないぞ! って思ってたんだけど、恵ちゃんの方ちっちゃくて可愛いし……。恥ずかしいの頑張って、一緒にお風呂入ったんだけどなぁ……」
「えっ!? だ、だって! 本に書いてあったんだもん! 『女の最大の武器は身体!』って! だから頑張って入ったのに……あんまり興味なさそうだった。朋子ちゃんのおっぱいはチラチラ見てるのにっ! ぷんぷんだよねっ」
「やっぱり……大きいほういいのかなぁ……」
ぺたんこの胸を撫で、ため息です。
「え? 『ゆり、最近変わった?』って? う~ん……どうなんだろう。皆と居ると楽しいから、かな? 初めて会った人でも、なんだか落ち着くの」
他人と接するのは今でも苦手。
声かけられるとビクってなるし、どこを見て話せばいいのか分からない。
でも、皆は違うんだ。ちゃんと目を見てお話できる。
私、変わったのかな?
「ごちそうさまでしたっ」
さっと食器を洗って、ポストに届いたチラシをぱらぱらと。
「あっ。今日は朝市の日なんだ――」
近所のスーパーは、定期的に朝市を開きます。すっごい安くて、でも人も多くて……。
一度行った事あるけど、主婦さん達の熱気に負けて何も買えませんでした。
朝市の日、時雨町の小さなスーパーは戦場と化すのです。
「今なら……行けるかな……?」
――待ってるだけじゃ、何も変わらないよ。
ネズ美のつぶらな瞳が、そう言っているような気がした。
「いつまでも逃げてちゃダメ、だよねっ!」
手に入れたいなら、行動かなきゃ。
「よ~し! いざっ! 出陣ですっ!」




