居場所
『暑い』
目を覚ました僕の、最初の感想がソレだった。
湿度が低い時雨町と、風通しの良い部屋は、いつも快適な目覚めを与えてくれていた。
だが今日は違うらしい。こんな日を真夏日と言うのだろう。
まぁそれだけではないんだが。
最たる原因は、しっかりと僕にしがみつき寝息を立てる恵。
まるで大きなカイロを抱えている気分。体温が高いのは子供だからか?
薄っすらと汗ばんだ素肌、ふくらみかけた山の頂は薄桜色に染まり――。
……何で裸なんだこいつは。
ま、まぁ別に恵の裸を見たところで何を思うわけじゃない。
思うわけじゃないぞ、思うわけじゃない。
自分に言い聞かせて、ゆっくりと身体を動かす。起こさないように、刺激しないように――。
「ふっ!?」
突然、熱気を帯びた小さな手が僕の股間をキャッチした。
ちょっと待て恵。そこはお前が触っていい場所ではない!
エスケープしようと身体をよじるたびに、快感と言う名の刺激が与えられる。
あ、これダメなやつじゃないですか。
「にぃ……に……」
恵の言葉に、心臓が止まりそうになった。いや、いっその事止まってくれた方が良かったのかもしれない。どうせこのままじゃ僕の人生は終わりだ。
「かたいよ……」
「でっ、電話だよ……ポケットの……」
恵の目が閉じられているのをいい事に、軽い嘘をついた。
生憎まだ寝ぼけているんだ。逃げ切れば僕の勝ち!
「おでん……わ……」
そう呟き、また沈黙した。今のうちに――ぃっ!?。
「もしも~し。もしも~し」
耳をこすりつけ、さらには顔を埋めて話し始めた。
薄手のジャージ越しに伝わる吐息のバイブレーション。
かかっちゃう! かかっちゃうよ――。
間一髪、僕は一瞬の隙をついて魔の手から逃げ出すと、脱ぎ捨てられた恵の襦袢を持って階段を下りる。
まったく酷い目にあった。
今夜から別の部屋に――寝てくれるわけないよな。
「おはよう修ちゃん。あら、恵ちゃんの襦袢――」
「おはよう。ああ、恵が――」
「沢山の女友達だけじゃ飽き足らず、ついに家族にまで手を伸ばすなんて、本当に修ちゃんは鬼畜ねぇ~」
僕の言葉にかぶせるように。今日も朝から全開である。
「なわけないだろ。ってか家族じゃないし――家族……?」
「うん。恵ちゃんを正式に家の子にしようと思うの。どうかな?」
突然の提案に少し驚いた反面――安心した。。
詳しくは聞いてないけど、恵は大病を患って長い入院生活を送っていたらしい。
そんな時、両親が不慮の事故で他界。身寄りの無くなった恵を引き取ろうとする家は無く、この神崎家に来た。
そんなの酷いじゃないか、と感情論で非難する程、僕も子供じゃない。
人を育てるというのは、そんなに容易いモノじゃないと分かっているから。
だからこそ、母の言葉は嬉しかった。
「そっか。いいんじゃないかな」
此処が恵にとって――心安らぐ居場所になればそれでいい。
朝食を済ませ、リビングのソファーに寝転がりながらスマホをいじる。
課題も十分過ぎるほど進んでるし、特にする事もない。
『いつもの夏休み』なのだが、ここ最近の賑やかさを思うと、僅かな手持ち無沙汰感は否めない。
母は神社に出てるとして、恵は何をしてるんだ?
いつもならオナモミ(服にくっつく雑草)のように僕の傍を離れない恵が、朝食後二階に行ったきり降りてこない。寝てるって事はなさそうだけど。
その時、玄関のチャイムが来客を告げた。
母のお客さんなら神社で出会っているはず。と言う事は、玄関の向こうに立っているのは僕のお客。
僕の家にくる人物――必然的に限られて来る!
「やあ。おはよう神崎君」
六人の誰か、そう確信はしていたけど。
玄関を開けた先、立っていたのが虎口先輩だったのには少し驚いた。
てっきり茜あたりだと思っていたから。
「お、おはようございます。どうしたんですか?」
「ああ、ちょっとな――」
その時、勢いよく階段を駆け下りる足音と共に、恵の甲高い声が響いた。
「おねぇちゃん! おまたせ!」
おめかしした恵が、僕の脇をすり抜け、先輩の手をしっかりと掴む。
その仕草はとても自然で羨ましいぐらいだ。
ん? おまたせ?
「今日は恵ちゃんと遊ぶ約束をしてたんだ」
「あ、そうだったんですか」
恵と先輩が? いつの間にそんな約束をとりつけたんだ。幼女恐るべし。
「にぃにはおるすばんね!」
『お前はお呼びじゃない』
天使の微笑みで暗にそう告げた。
別にいいさ、寂しくなんか無い。虎口先輩と手つなぎデートなんて全然羨ましくないぞっ!
「そういう事だから、少しだけ恵ちゃんを借りていくよ」
「あ、はい。よろしくお願いします。あんまり迷惑かけちゃダメだぞ」
「うん! じゃあいってきます!」
笑い合いながら去ってゆく二人の後姿。羨ましくなんかない……!
「寝ようかな……」
蝉の鳴き声だけが響く玄関。漂う詫びしさをかきけすには、眠りに逃げるのが得策だと感じた。




