兎はかく語りき
「『十二支枝』か。その言葉を誰から聞いたのじゃ?」
「元々は祖母から聞いていたが。啓示を受けた時も、頭の中ではっきりと聞こえた」
「啓示じゃと?」
「ああ。『主を守れ』と。力に目覚めたのもその時だ。おま――恵もそうじゃないのか?」
一瞬驚いた顔を見せ、考え込むように視線を落とす。
「わしは――目覚めただけじゃ」
「目覚めた? それは十二支枝の力にか?」
「そうではない。ずっと昔、気の遠くなるほど昔――」
彼女の口から出た『真実』は、余りにも衝撃的だった。
「わしは、お前達の先祖と同じ時代を生きていた」
「何……だって? そんな馬鹿な話……」
「十二支枝、そんな大層な名前など持たぬ。わしらは闇に紛れた獣の群れ――いや、獣ですらなかったのかもしれん」
独り言の様に呟くと、自虐的ともとれる、寂しげな笑みを浮かべた。
荒唐無稽な話だが、多分嘘は言っていない。それが余計に私の頭を混乱させる。
考えあぐねた結果、自分でも理解しがたい言葉が口をついた。
「けっ、敬語を使った方が……いいだろうか……?」
ポカンと口を開けた恵を見て、僅かな後悔を覚える。彼女が肩を震わせ笑いだすと、恥ずかしさが込み上げてきた。
「くっくっくっ。中々……笑わせて……くれるではないか……っ」
「はっ、話が本当なら! ずっと年上だと思うし……」
これほど人に笑われた経験があるだろうか。記憶に定かではない。
穴があったら入りたいとは、良く言ったモノだ。
「気にせんでよい。堅苦しいのは苦手じゃ」
「そうか……そう言ってくれると助かる」
「お前は利口じゃな。長い年月は虎をも利口にさせた、か」
感慨深げに呟きは、私の好奇心を著しく刺激する。
「私の先祖は、どういう人……だったんだ?」
『人』と言う言葉が適切かはいささか疑問ではあったが、他に適切な呼称は思い浮かばなかった。
「あやつは特に手のかかる獣じゃった。獣に礼儀作法など元からありゃせんがな。欲望のままに人を喰らう、獰猛な妖虎じゃ。捕らえるのに骨が折れたわい」
「人を喰らう……妖虎……? 待ってくれ、十二支枝はその――『守り神』みたいな存在ではないのか?」
古の昔、一人の旅人と共に時雨町を鬼から護った存在。
十二支枝とは、英雄的な存在だと信じて疑わなかった。
そうだ、と肯定して欲しい。
私のそんな願いを、儚くも恵は鼻で笑い飛ばした。
「何を勘違いしておる。わしらは作物を荒し、家畜を襲い、人を喰らう。そんな物の怪の集まりじゃ」
夜の闇が全身を覆いつくす。
恐怖にも似た失望感は、私の存在意義をも破壊する程に。
「まぁ。お前の言っている事も間違ってはおらぬがな。わしが言ったのは『浴』と出逢う前の話じゃ」
心中を察したのか、恵が慰めるように口を開いた。
「ヨク……? それは一体……?」
ふふん、と鼻を鳴らし、優しい笑みを浮かべながら。
「小僧の先祖じゃよ」
史実を閉じ込めた見えない箱――固く封された紐が解けていった。




