幼女徘徊
――神崎家――
「にぃに?」
寝息を立てる小僧に、確認がてら声をかけるも返事はない。
眠りの深さは遺伝じゃろうか――ふと昔を思い出し、想いを馳せる。
起こさぬようにベッドからすり抜け、ゆっくりと網戸を空け下を覗く。
本来こんな高さ、階段を一段おりる程に容易ではある。
しかしこの身体ではそうもいかん。生身であれば――じゃが。
「仕舞った。網戸を閉めるのを忘れたわい」
開け放たれた二階の窓を見上げ、しばし悩んだが止めた。
もう一度上がるのが面倒じゃったし、境内で力を使うのは少々難儀する。
結界の様なモノが張られておるんじゃろう。鬼が寄り付かぬのもそのお陰。
「すぐ戻ってくる。許してたもれ」
境内を抜け、七百七十八段あると言う階段を一飛び。
幼子の軽い身体では、まるで宙に浮いているかの様。身体を通り過ぎる風は大層心地良い。
「ふぅ。やはり力は使うに限るのう。どれ、娘っ子共はまだやっておるじゃろうか――」
目を瞑り耳を済ます。どうやら今日のパトロールとやらは終わったようじゃ。
鬼の嘶きも聞こえはせんかった。
「子の刻か――ええ月じゃ」
時刻は月が教えてくれる。もっとも、今の人間共には分からぬじゃろう。
わざわざ空を仰がなくても時計を見れば一目瞭然。便利な世の中になったものじゃ。
綺麗に整備された道を、消える事のない明かりが照らす。
何度も通ったこの道も、当時の面影などすっかりのうなってしまった。
「確か――こっちじゃったかの?」
古の記憶を頼りに歩を進める。幸いにも、遠目に見える山の位置までは変わっておらんかった。
しばらく道なりに進み、脇の林道を通り抜ける。
奥に行くと、人々に忘れさられた様な、朽ち果てた建物が現れた。
この建物は知らぬが、場所は知っている。
何とも言えぬ懐かしさに、心が躍るようじゃ。
不自然に壊れた玄関は、老朽化したわけではなかろう。
「この染み……血じゃな。薄気味悪いのぉ」
中の様子から、人が住まなくなって随分経つんじゃろう。
じゃが、この染みはまだ真新しいモノ。それも相当な量じゃ。殺しでもあったのじゃろうか――。
「幼子の後をこそこそとつけまわすのは、変態のする事じゃぞ」
それが誰であるか、振り向くまでもない。
「……夜中に歩き回るのは、子供のする事ではないがな」
姿を現した虎が、動揺を悟られまいと、軽口を叩いた。
何処かで見られておったのじゃろう。
今の今まで気付かせなかったのは中々、と褒めてやりたいとこじゃが――。
「気配の殺し方が下手じゃな。小娘よ」




