蛇の鬼殺し
――常契塚――
「毛利未華、か。図書館から本を借りていったのはその子で間違いなさそうか?」
「はいっ。時雨町に関係ありそうな本を二十冊近く借りていったみたいです」
「そうか……」
このタイミングで時雨町を調べる、干支の名を持つ女。
「多分だが『羊の韻』で間違いないだろう」
「蓮ちゃんがお昼に会った女の子ってのも、その人ですかね?」
「どうだろうな。顔は覚えたから、次に会ったら尋ねてみようとは思うが」
「お、皆早いなぁ~」
時刻は夜の十時、約束の時間通りに現れた茜の声が響いた。
隣には朋子の姿も。
「途中で会うたからな。一緒に来たんや」
今では肩を並べて歩く程。二人の溝はすっかりと埋まっていた。
犬猿の仲などと言う言葉はただの例えなんだと、二人を見ているとそう思う。
「ほな、全員集まった事だし早速行きますか!」
茜が、今にも暴れ出したいと言った様子で身体を伸ばしている。
「いや、もう少し待ってくれ。まだ――」
「もう来てるわよぉ……」
落下防止に立てられた柵の向こう側。蘭がヌっと顔を出した。
いつから居たのか、どうしてそこから登場したのか。
そんな疑問が些細な事のように思えるほど、あまりにも不気味な光景。
私達は、誰からともなく歩き始めた。
「ちょっと……何で無視するのよ……」
「まともな登場できひんのかいっ! ってか、何でアンタがおんねん!」
「何でって、私もパトロールに呼ばれたからに決まってるじゃない……」
「ほんまかいな……。頼むから足だけは引っ張らんといてや」
茜が不安そうな表情を浮べた。
蘭に声をかけるのは躊躇われたが、今の状況を考えるとそうは言ってもいられない。
それに、彼女の実力を見てみたいという気持ちも少なからずあった。
「足なんて引っ張らないわよ――あら、早速おでましね……」
闇と同化しながら、まるで私達を待ち構えて居たかのように、鬼が姿を現した。
「蘭。倒せるか?」
「どうかしらねぇ……。まぁ、何とかなるんじゃない……?」
そう言うと、彼女はふらふらと鬼へ向かっていった。
「蘭さん……大丈夫ですかね……」
「めっちゃ不安やけどな……。まぁ、最悪ポチに治してもらえば……」
「えっ!? アタシあの人舐めたくないんだけど……。毒にあたりそうだし――ってかポチって言い方やめてよね!」
走るわけでもなく、吸い寄せられるように距離を縮めていくその光景はホラー映画を彷彿とさせる。
さしずめ彼女は鬼に取り憑かれた女の役だろう。
蘭の特殊能力――私が知るかぎりでは唾液から分泌させる毒だ。
だが、それが鬼に通用するとは思えない。
いつでも飛び出せる準備をして、臆する様子もなく向かって行く彼女の背中を見つめた。
ゆっくりと近づく彼女を、見定める様にその場から動かない鬼。
一歩一歩と距離が縮まる。蘭が射程圏内に踏み込んだその時、鬼が動いた。
常人の二倍はありそうな長い手が、なぎ払うように彼女に襲い掛かる。
「ひっ!?」
風切り音が通り過ぎた時。蘭の身体はおよそ半分になっていた。
のけぞる――と言った表現は陳腐すぎる。
ぐにゃりと逆に折れた身体。頭髪を地面に垂らしながら、こちらを見て不気味に笑うその姿は、百合子が怯えた声を出す程に奇怪なモノだった。
そして、彼女の両足が地面から離れると共に、禍々《まがまが》しささえ感じる紫のオーラが蛇の形を成していく。
大きく開いた彼女の両足が鬼の胴体を挟む。
蛇が巻きつくように、巧みに手足を交差させた瞬間、鬼の身体がミシミシと音を立てて軋む。
何かがへし折れる音が響いた時、鬼は消えていた。
「鬼にサブミッションって……。ありえへんやろ……」
呆然と立ち尽くす私達の元へ、彼女が戻ってくる。
「どうかしら……? これでも足手まといになりそう……?」
「わっ、わかった! 謝るわ! 謝るから! そんな近づかんといてや!」
「ま、まぁこれで蘭の実力は良く分かった。では手分けしてパトロールしようか。朋子と百合子、そして茜と蘭、何があるか分からないから二人一組で行動してくれ」
茜がメンバー分けに露骨に嫌そうな表情を浮かべたが、文句をいう事は無かった。
――すまん茜。何となく適任だと思ったんだ。
「蓮ちゃんは一人で大丈夫ですかっ?」
「問題ない。何かあったら連絡をくれ」
「ほな、ぼちぼちやりますか!」
そして、夜の町に飛び出した。




