割れた石版と後ろ向きの告白 5
――虎口道場――
「さっきの化け物は一体何だったんですか?」
「奴らは『鬼』と呼ばれている。まぁ物の怪の類だ」
「鬼……ですか……?」
先輩の口から飛び出したのは、余りにも非科学的な単語だった。
アレを目の当たりにしてなかったら、とても信じられない言葉。
「その様子じゃ見たのは初めてみたいだね。まぁ長らく封印されていたはずだ――昨日まではね」
「どういう事ですか? 虎口先輩は一体……?」
何かを知っている様子に、緊張感が僕の背筋を伸ばす。
真剣な眼差しで彼女は語り始めた。
――今よりずっと昔の話。闇と共に現れ村を襲う、人ならざる者が存在した。
大木をもなぎ倒し、馬をも軽がると持ち上げる。人々はソレを『鬼』と呼び、闇に怯えながら日々暮らしていた。
そんな時。村に現れた一人の旅人。村の惨状を見たその旅人は、十二匹の獣と共に一夜で鬼を退治したという――。
「そ、それじゃあ虎口先輩がその旅人の末裔――みたいな感じですか?」
驚きと共に、僕の胸は高鳴っていた。
そんな漫画みたいな話が僕の周りで起こるなんて、全く想像出来なかったから。いや、想像したりすることはあったかもしれない。だが、まさか本当に起こってしまうなんて。
しかし、先輩の口から出たのは意外な言葉だった。
「いや。旅人の末裔は君だ」
「は?」
「君がその旅人の末裔なんだよ。私は旅人に仕えた獣の末裔『十二支枝』の一人、虎の韻だ」
斜め上すぎて分からない。僕が末裔? ジュウニシエ? 何を言ってるんだ?
「ちょ、ちょっと待ってください。何かの間違いじゃないですか? そんな話今まで一度も聞いたことありませんよ」
「正直、私も少し驚いているんだよ。どうして君が知らないんだろうってね。ご家族の方から聞いたことは無いかい? 君の父上とか」
「多分……何も聞いてないと思います。虎口先輩は前から知っていたんですか?」
「私は小さい頃から祖母に聞かされてきたからね。だけど、やはりどこか信じきれずにいたよ――昨日までは」
「あれは夜の七時くらいだったかな。私はここで鍛錬に励んでいたんだが、突然雷に打たれたような感覚におそわれてね。それで全て理解したんだ、隠された力と、自分のすべき事をね」
「隠された力……ですか?」
「ああ、君も見たはずだ。私の虎を」
やっぱり見間違いなんかじゃなかった。あの場所で見た、彼女の背後に現れた虎。
「もしかして虎口先輩の他にも――?」
「ああ。十二支枝は全部で十二人、それぞれ別な獣の力を有している。子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥、十二人全ての力を使い、鬼を封印するのが君の役目だ。言わば、我々は君のサポートだな」
鬼を封印する? この僕が? そんなの全然聞いてない。
ってか無理に決まってるじゃないか。僕にそんな力があるわけがない。
そもそも先輩は昨日『雷に打たれたような』って言ってたけど、僕はそんなの感じていない。昨日の七時には、蔵に行って石版を割ったくらいだ。
……石版。動物の絵が描いてあった気がする……。
「まぁ君が戻って来た時から、何か起こるんじゃないかとは警戒していたんだが。それが何故昨日なのか、どうして封印が解かれたのかは分からないんだ」
先輩が顎に手を当てて、訝しげな表情を浮かべる。
……絶対アレだ。って事は何? 僕のせいなの? ご先祖様が封じた鬼を、子孫の僕が解き放っちゃったわけ?
「神崎君。何か心当たりはあるかな?」
「あっ、ありません!」
しまった。とっさに嘘を付いてしまった。
いや、しょうがないしょうがない。心当たりありまくりだけど……言えるわけがない!
「そっ、それで他の人は何処にいるんですか?」
こういう時は話をそらすのが一番。この秘密は多分墓まで持っていかないと駄目な気がする。
「それは私にも分からないな。だが私と同じく、残りの十二支枝も気づいたはずだ。自分の運命にね」
運命。その言葉がとても重く感じた。責任は全て僕にあるんだから。
「まぁ、そう思いつめた顔をするな、君なら大丈夫だよ。ちょっと失礼」
優しい笑みを浮かべてそう言うと、先輩が道場から出ていった。
鬼。そして十二支枝。
一体僕は何をすればいいんだ。この僕に何が出来るんだ。僕なら大丈夫? 全然大丈夫じゃない。
さっきだって、先輩が来なかったら僕は間違いなく殺されていた。
床に寝転がり、天井を見上げる。
「父さんは知ってたのかな……?」
僕をこの町から離したのは、この事を知っていたから? 今となってはその真意は分からない。
ドサっ――と何かが落ちる音に気づく。驚いて起き上がると、先輩が布団を広げていた。
「夜道は危険だ。今日は泊まっていくといい。親御さんにも連絡済だ」
泊まり!? 連絡済!? 何て手際の良さ!
ってか家に帰ったら絶対言われるよ。格好のネタだよって――。
「な、何か布団多くないですか?」
「ああ。一人じゃ寂しいと思ってね、私も付き合おう」
あれ? これは夢なんじゃないかな? どこから夢なんだ? 全部夢じゃないのか?
僕が時雨高校トップクラスの美女と一晩を共にする――有り得ない話じゃないか?
二つ並んだ布団。その距離は遠くも無く、近くも無く。
電気を消し、彼女がゆっくりと髪をほどく。その仕草から、僕は目を離す事が出来なかった。静かな道場に、心臓の鼓動が響いてしまうんじゃないかと思う程。僕は彼女に見蕩れていた。
「どうかしたかな?」
「いっ、いえ! なんでもないです! おやすみなさい!」
夢じゃない! 夢じゃないよ!
手を伸ばせば触れそうな距離に、あの虎口蓮が寝ているのだ。
鬼や十二支枝の事などすっかり忘れ、邪な妄想が頭の中を占拠する。
ぐっすり眠れるわけも無く、ただいたずらに時間が過ぎていった。




