割れた石版と後ろ向きの告白 4
着いた場所は、何の変哲も無い場所だった。
屋根の付いたベンチが真ん中にぽつんとあるだけの、公園とも広場とも言えない、とても言葉には表せない微妙な場所。
本当にこんな所に来てたのだろうか? 遊具も無く、特に面白味は無いように思える。
だが、木製の手すりの奥。そこから見える景色に、僕は思わず息を飲んだ。
「これは……すごいですね」
眼下に広がる、周りを青々とした山に囲まれた時雨町。
ここからは町が一望できるほどの眺めだった。もちろん僕の家がある場所も見える。考えてみると、ここに来るまでに相当坂を上っていた気がする。
「この場所は昔とずっと変わらず、私達の町を見渡す事が出来るんだ」
そう言って、虎口先輩が隣で微笑む。
何だか懐かしい感じがした。この景色を眺めていると、何かを思い出せそうな気がする。
――買い物だ。
「あ、虎口先輩。僕ちょっと母に買い物頼まれてて……」
「そうかそうか。じゃあまた今度ゆっくり話そう。何か困った事があったらいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます。じゃあ僕はこれで。中谷さんもまたね」
彼女達と別れるのも名残惜しい。少し後ろ髪をひかれつつ、僕がその場を離れようとした時。
「神崎君!」
突然虎口先輩が僕を呼び止める。
「あ、いや。また会おう」
「はい! 今日はありがとうございました!」
二人に別れを告げスーパーに向かう。頭上に広がる青空の様に、心は晴れ渡っていた。
帰宅後、ベッドでゴロゴロしていたら、いつの間にか寝ていたらしい。ふと窓の外を見ると、もうすっかり暗くなっていた。
今日行ったあの場所は向こうの方かな。名前とかあるんだろうか。
「それにしても――虎口先輩、綺麗だったなぁ……」
「そんなに綺麗な人なの?」
「そりゃ時雨高の人気女子上位ランカーだからなぁ――って! 何で居るんだよ!?」
いつの間にか部屋にいた、怪しい笑みを浮かべた母。どうやって入ったんだよ! 忍者かよ!
「だって、ご飯出来たのにいくら呼んでも下りてこないんだもの。それで、どうなの? 虎口先輩?」
「なっ、何でもないよ!」
僕は逃げるように部屋を飛び出した。
しつこい母親の追及を鮮やかにかわし、夕食を済ませて再び部屋に戻る。
全く酷い目にあった。いい加減、部屋にいきなり入ってくるのはやめて欲しい。
「ん? 今何か……?」
窓の外、何かが光ったような気がした。
まさかUFOか……いや、それはないな。
生憎僕はオカルト信者じゃない。どうせ飛行機か何かの――。
また光った。飛行機にしては低すぎる。あの方向は――午前中に彼女達と行ったあの場所だ。
「あら、どうしたの? こんな時間にお出かけ?」
玄関で靴を履く僕に、母が声をかける。
「うん。ちょっと散歩」
「まぁ。虎口先輩と夜のデートかしら?」
「なっ!? 違うよ! とりあえず行ってくる!」
ったくまいったな。これからしばらく母の『虎口先輩』口撃は止みそうに無い。
余計な事を言ってしまった事に若干の後悔をしつつ、足早に石段をかけおりた。
到着した僕は、午前中とはまた違う、夜の時雨町を眺めていた。
そもそも僕は何でここに来たんだ? 光が見えたから? ただそれだけの理由でわざわざ?
一体どうしたってんだ。自分の行動がいまいち理解出来ない。
「何やってんだ僕――」
振り返った僕の視界に飛び込んで来たモノに――自分の目を疑った。
ベンチの屋根上。まるで月を隠すように、ソレは黙って僕を見ていた。
その容姿は、この世に存在する生物のどれでもない。大きな人型の影。
「は……はは……。僕は寝ぼけているのか……?」
有り得ない。あってはならない。僕は幽霊なんて信じない。
何度も瞼をこすり、目をパチパチさせる――やっぱりいる!
「こ、こんばんは……僕は帰りますから……ごゆっくり……」
これは関わらないのが一番、さっさと退散しよう。
そんな思いも空しく。謎の影は大きく飛び跳ねると、僕の目の前に立ちふさがった。
……明らかに僕をロックオンしている。何でだろう。声を出したのがいけなかったのか。
「な、何か御用でしょう――っ!?」
影が手を振り上げ、僕はとっさに身を屈めた。
空気を切り裂くかの様な轟音に、当たったら怪我じゃ済まない事を確信する。
「マジかよ……」
生まれて初めての『死の恐怖』に足が震えだす。たまたま避けられたが、もう避けきれる自信はない。助けを呼ぼうにも、周りに人影はおろか家すら無い。まさに絶対絶命。そんな時だった。
「やはり――鬼が出たか」
「こっ、虎口先輩!?」
声の方を振り向くと、険しい表情の虎口先輩が居た。
「にっ、逃げて下さい! ソイツなんかヤバイですよ!」
「君は優しいな。腰を抜かしながらも、私の身を案じてくれるなんて」
……ご指摘の通り。情けない姿をさらしている事は事実。
「だが――」
これは目の錯覚なんだろうか。
「私の事なら、心配無用だ」
彼女の後ろに、大きな虎が見える。
彼女は腰に差した木刀を抜き、独特な構えを見せた。彼女の身体を包む金色のオーラが木刀を染め上げる。月明かりがスポットライトの様に照らしたその姿はとても美しく、幻想的な雰囲気をかもし出していた。
そして獲物を仕留める虎の如く、化け物に飛び掛った。
「虎口流――斬牙!」
待ち構えた化け物が先輩を狙う。
振り下ろされた化け物の手を、礼をする様にかわすと同時。光の太刀筋が、化け物の身体を一瞬で切り裂いた。
声も上げずに、もがくような仕草で化け物が消えていく。完全に消えたのを確認して、先輩がゆっくりと木刀を収めた。
「立てるかな?」
虎口先輩が手を差し出す。目の前で起こった事に思考が全く追いついていなかったが、吸い寄せられるように彼女の手をとった。その手は意外にも小さく、そして柔らかかった。
「あ、ありがとうございました……。でっ、でもどうして先輩がここに? それにさっきの奴は何ですか!?」
「それは後でゆっくり話すとして、とりあえずここを離れようか」
戸惑う僕とは対照的に、彼女はとても落ち着いていた。
僕は周囲に気を配りながら、歩き出した先輩の後を追った。




