割れた石版と後ろ向きの告白 3
目立った会話も無く、彼女の後ろをテクテク歩く。
何度か右左折をしても、その距離はやはり一定だった。
およそ四メートルと言ったところか。センサーでも付いているのかと思う程の正確さに多少の関心をしつつ、目的地すら分からない道のりに不安を覚える。
ってかこの絵面は色々とアレなんじゃないか? 僕が後をつけてるみたいに見えないか? 職務質問されたら何て答えればいいんだ? 彼女ですっていうのか? いやいやいや、終わるだろ人生。
最悪の事態に備え、必死に脳内シュミレーションをしていると、いつの間にか周囲の景色が変わった。
「ここは、家……?」
どうやら何処かの敷地に入ったらしい。日本庭園、と言った様子の立派な庭に、奥には大きな家が見える。
この子の家なのかな? ってか何でいきなり家なんだ?
時に子供の思考は想像の斜め上を行く。親御さんに理由を話したら分かってくれるんだろうか。
緊張と不安に嫌な汗が流れる。すると少女は家の前をそのまま通り過ぎ、ソレは現れた。
『虎口流』
力強い字でそう書かれた、立派な木製の看板が掲げられた道場。少女はその扉の前で立ち止まり。
「お入りくださいっ」
笑顔でそう言った。さささと四メートル離れて。
何すかこれ。美人局っすか? 中に入ったら怖い人出てきて金品を盗られる的なやつっすか?
いや、もうここまで来てしまったんだ。今更悩んでいても仕方ない。
覚悟を決めて門をくぐり扉を開けると、広い道場の奥に誰かが座っている。どんな強面のおっさんだろうと恐る恐る近づいて見ると、座っていたのは女性だった。
「やぁ。君が神埼修司君だね。まぁとりあえず座ってくれ」
艶やかな一本結いの黒髪に切れ長の目。袴姿の女性は僕を見て気さくに言った。
「あ、ありがとうございます。それじゃ、失礼して……」
言われた通り、その場に座る。何となく正座でだ。
あの子のお姉さん? それにしては余り似てない気もするけど。
まぁ、まともそうな人だし、とりあえず一安心ってとこだろうか。
「わざわざ朝早くすまなかったね。百合子もありがとう。こっちにおいで」
「あ、いえ。こちらこそ……」
一礼した女性に、つられて頭を下げる。少女が隣に座ると、女性が何かに気づいた。
「百合子。どうしたんだ? その手の傷」
「あ……」
百合子、と呼ばれた少女の手には擦り傷が出来ていた。さっき転んだ時に付いたものだろうか。って何で僕を見るの? いや確かに僕が悪いのかもしれないけど。
「貴様……。百合子に何をした……?」
女性の声色が変わった。その目は怒りに燃えている。
「えっ? いや、あの――」
「問答無用!」
脇に置かれた刀に手を伸ばしたと思った瞬間。目にも留まらぬ速さで剣を抜いた。
思わずのけぞった、僕の前髪がぱらりと宙を舞う――って真剣!? 有り得ないだろ! 銃刀法違反だろ! 前言撤回! 全然まともじゃないよ! いかれてるよ!
「ちっ、違うの! 私が勝手に転んだだけだよ!」
少女のカットイン! 見る見るうちに女性の表情が穏やかになっていく。
「何だ、そうだったのか。私の早とちりだったようだな。非礼を詫びよう」
何事も無かったかの様に刀をしまう女性。
……早とちりで殺されかけてはたまったものじゃない。ほいほいと着いて来た事を後悔していた。
「では、改めて座ってくれ」
「あ、はい……」
それにしてもこの女性、何処かで見たような気がする。
モデルでもしてそうな端正な顔立ち。これほど綺麗な人は中々いない。
「私の事は知っているかな?」
「えっと……あっ! もしかして三年の――」
看板に書いてあった文字を思い出す。僕の記憶が確かなら、多分僕の上級生なはず。
「ああ。君と同じ、時雨高校三年、虎口蓮だ。よろしく」
三年――と言った時に見せた彼女の表情に、一瞬間違えたかと思ったけど、どうやらその心配は無かったらしい。
虎口連。僕のような新参者でも、この名は度々耳にする。
何処にでもある、いわゆる『全校良い女ランキング』上位ランカーだ。確かに、この容姿じゃ納得だろう。
「私は二ーC組、中谷百合子です」
二ーC……? ちょっと待て! 隣のクラスじゃないか! 同級生だったのか!? 小さすぎだろ!
「そ、そうだったんだ……。ところで、どうして僕を呼んだんですか?」
「ああ、少しだけ聞きたい事があってね。まずはお父上の事――さぞかしお嘆きだろう、心からお悔やみ申し上げる」
「あ。いえ、ご丁寧にどうも……」
知ってるのか。まぁ田舎だし分かるよな。正直なところ、そこまで嘆いてもいないんだが。
「それで、浴宮神社は神崎君が跡を継いだのかな?」
「いえ、母が継ぎました。元々僕が継ぐ予定ではなかったんで」
「ふむ。やはり聞いていた通りか――」
……それもご存知なんですか。ってか誰から聞いたんだ! クラスメイトとろくに会話すらない僕の個人情報を流出させてるのは誰だ!?
「ところで――町には慣れたかな?」
「まだ全然ですね。今日はこれから少し散歩しようかと思っていたんです」
「おお、そうだったのか。では丁度いい、私が案内するとしよう」
!? 何が丁度いいんだ!?
「い、いや! いいですよ! 悪いですから!」
「なに、遠慮は無用だ。それでは少し待っていてくれ、着替えてくる」
そう言うと、彼女はスタスタと道場を出て行った。
……一体僕は何で呼ばれたんだ。何に巻き込まれているんだ。
シーンとした道場で、今自分が置かれている状況を整理する。
中谷さんって言ったかな。この子の告白は言い間違い。『私と』じゃなく『私に』付き合ってくださいって事だったんだろう。虎口先輩に頼まれて僕を呼びに来た。だから用があるのは虎口先輩の方でまず間違いない。
聞きたい事があると言っていたが、何者かから僕の情報を仕入れている様子。校内に情報屋でもいるんだろうか。
でもそれなら簡単なプロフィールはおろか、家族関係、交友関係まで把握されている可能性が高い。
それ意外で、わざわざ本人を呼び出して聞かなければいけない事――って何だ? 全く検討もつかない。
「さっきはごめんね。僕のせいで転ばせちゃって」
考えても分からないし、この沈黙にも耐え切れなくなった僕は、黙って座っている中谷さんに声をかけた。
「いえ。気にしないで下さいっ」
「どうして僕が呼ばれたのか知ってる……かな……?」
「それは蓮さんに聞いてくださいっ」
笑顔でスルーされた。まぁ、何となく分かっていたけど。
「待たせたね。じゃあ行こうか」
私服に着替え、戻って来た虎口先輩。Tシャツとタイトな七分丈のパンツ。シンプルな服装は、スタイルの良い引き締まった身体を十分に引き立たせていた。流石上位ランカーだ。
そんな先輩に見蕩れつつ、何だが良く分からないままに、僕達は道場を後にした。
「ちなみに神崎君は何処か行きたい場所とかあるのかな?」
「特にこれといってはないですね。子供の頃に住んでいたんですけど、全く覚えていないんですよ」
「まぁ幼い頃だし、覚えてないのも無理は無いだろう。じゃあ君が住んでいた頃、多分行ったであろう場所に行ってみようか」
そう言って、先輩が爽やかに微笑む。
昔僕が行った事のある場所――その言葉に凄く興味がわいた。




