動揺の盗聴
――時雨町――
「茜! 後ろだ!」
「っ!? せやぁ!」
茜の回し蹴りが鬼の頭部を捉える。夜の時雨町、私達は鬼と戦っていた。
「ふぅ、焦ったわ。先輩が声かけてくれな全然気付かんかったで」
「油断大敵だぞ。しかし――前より数が増えているな。朋子、まだ匂いはするか?」
「今の所は匂わないかな……」
朋子がひくひくと鼻を利かせながら言った。
パトロールを始めて一時間弱。いつもなら精々二~三体、だが今日既に十体は倒している。
「ウチらが留守にした二日間で何かあったんかな?」
「どうだろうな。何にせよ情報が足りなすぎる」
原因を追究しようにも、私達は鬼に対して余りにも無知だ。目立った被害は今のところないが、その現実が私を苛立たしい気持ちにさせる。
「そいえば、ゆりっぺは修ちゃんの家に居るんやろ?」
「ああ、今日は彼の家に泊まると言っていた」
「年頃の男女が一つ屋根の下――ウチらが鬼退治で汗を流している間に、二人はベッドで汗を流して――」
身体をくねらせながら茜がおどけてみせる。
「何馬鹿な事言ってるんだ。百合子に限ってそんな事あるわけないだろ。それに、今彼の家には親戚の子供が――」
昼間の事を思い出す。恵から放たれたあの違和感。何かがひっかかる。
「少し、神社の方も見に行くか」
「あれ何や?」
彼の家へと続く旧道、石段のまさに目の前、一台の車が停車している。闇に潜むように停められた真っ黒な軽ワゴン。リアガラス部分がパテ埋めされていて、いかにも不審車だ。
「怪しすぎるな。物の怪の類ではなかろうが、用心に越した事はあるまい」
「ちょっと待って。あの匂い――」
朋子が怪訝そうな顔をする。彼女の言葉に、私達は頭を抱えた。
「おい開けろ。中に居るのは分かってるんだ」
外から声をかけると、サイドドアがゆっくりとスライドした。
「何で分かったのぉ……?」
中から出てきたのは不審者――ではなく、蛇香蘭。いや、不審者か。
「何でじゃない。お前はこんな所で何を――」
開いた車の中を見て驚いた。走行にはまるで不必要な計器類で埋め尽くされた車内は、一瞬異次元に迷い込んだ様な錯覚さえ覚える。
「主の安全を守ってるのよぉ……」
「ってかアンタ、免許もってたんや」
「そりゃあねぇ。突っ立ってないで入りなさいよぉ……」
彼女は私の一つ上。免許を持っていても不思議ではないが。
とりあえず、私達は彼女に促されるまま車内に入った。
「それで、彼の安全を守っているとはどういう事だ」
そう問いかけると、蘭は不気味な笑みを浮かべた。彼女にとってはごく普通の笑顔なのだろうが。
『じゃ、じゃあいいのかな?』
備え付けられたスピーカーから流れたのは、彼の声だった。
「おっ、お前これ!? 盗聴しているのか!?」
「盗聴じゃないわよぉ……。不測の事態に備えて監視しているだけよぉ……」
「世間ではそれを盗聴と言うんだ! こんな物――」
機械に向かって伸ばした私の手を、茜と朋子が同時に掴んだ。
「ちょ、ちょっと待ってや! 蛇のいう事も一理あるで!」
「そ、そうだよ! 誰にも迷惑かかってるわけじゃないし!」
論理的に考えて、二人の言葉は正しくない。だが、時に好奇心は判断を狂わせる。
戸惑う私の手を止める決め手となったのは、スピーカーから聞こえた彼の声だった。
『は、初めてだから、上手く出来るかな』
車内に緊迫した空気が張り詰める。誰もが耳を疑い顔を見合わせるが、無常にもスピーカーは音声を流し続けた。
『わっ、私も初めてですから……その……』
百合子が放つ、緊張交じりの声。
『優しくしてくださいね――』
身体が勝手に動き出した。
「どこいくねん!」
外に飛び出そうとした私の腕を茜が掴む。
「離せ! 止めに行くんだ!」
「行ってどないするつもりや!」
「どうするって――」
辛そうな茜の表情に、何も言う事は出来なかった。
「無理強いしてるわけちゃう。お互いに同意の上でや……。ウチらに、邪魔する権利はないんやで……」
全身の力が抜けていくような感覚。
『も、もっと奥まで入れてもいいですよ……』
『大丈夫? 痛くない?』
『はいっ。気持ちいい……ですっ……』
静まり返った車内に流れる二人の会話は、まるで拷問のようだった。
「……もう止めてくれ。これ以上は二人に悪い」
二人を気遣うより、自分が楽になりたかったのかもしれない。
「本当にいいのかしら……?」
「いいから……早く止め――」
『にぃに! 次はめぐの番だよ!』
車内の温度が一気に下がる。彼と百合子は同年代、そんな関係になるのは致し方ないとしても、あんな幼子まで? そもそも子供の前でしていい行為では断じてない。
『分かったから。耳掻きしてるときに大きな声出すなよ、危ないから』
「……耳掻き?」
肩を震わせながら笑いをこらえる蘭の姿に、私達は全て理解した。
「アンタ……知ってたんやな……?」
「だって……皆凄い顔するから……何を想像していたのかしらねぇ……」
顔が熱くなるのと同時に、心の底から冷めた怒りがわきあがる。
「いやあああああ! やめてえええええええ!」
私達は、誰ともなくケーブルを千切り始めた。




