天使の寝顔
――浴宮神社――
昼食を終え、恵を寝かしつけると僕は外に出た。特に用事があるわけでもない。ただ、何となく外の空気を吸いたかったから。
「神崎君っ!」
突然僕の名を呼ぶ声。振り向くと中谷さんが立っていた。
「あれ、どうしたの?」
「どうもしませんよっ。お散歩してたので、ついでに寄ってみたんですっ」
つい何時間か前まではあんなに死にそうな顔をしていたのに。
先輩といい中谷さんといい、そのタフさ――十二支枝の力も関係してるんだろうか。
向拝に腰掛け、軽く雑談を交わす。地面に届かない足をプラプラ揺らすその姿は、見ているだけで心が和む。本当にこれで僕と同い年なんだから、まさに奇跡と言っても過言では――。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいです……」
「っ!? ごっ、ごめん!」
何故僕は彼女の頭を撫でているのか。
これも十二支枝の力!? いや、それは関係ない。多分恵の登場によって反射的に頭を撫でる癖がついてしまっていたのだ。
「あっ……」
慌てて離した僕の手に、彼女は少し寂しそうな表情を浮かべる。
「いっ、嫌じゃないですよっ!」
身を乗り出した彼女の主張。それはおかわりの合図の様にも感じた。
恐る恐る再び手を乗せると、頬を赤くさせながらも嬉しそうに笑う。
僅かな緊張もすぐに治まり。静かで、優しい時間が流れた。
そんな時、彼女が僕にもたれかかる。
その行為は僕の心臓を大きく跳ね上げ、よこしまな思いが頭の中をかけめぐる。静寂をかき消す彼女の言葉を、唾を飲み込みながら待つ。
「zzz……」
しかし、そんなモノは杞憂だった。何てことは無い、中谷さんはただ寝ていただけだからだ。
「そんな展開はない、か――」
そっと彼女を抱きかかえ、家へと戻った。
「あら、百合子ちゃんじゃない。気絶させていたずらなんて、お母さんはちょっとアブノーマル過ぎると思うわ」
笑顔でブラックジョークを飛ばす母親をスルーしつつ二階へ。未だぐっすり寝てる恵の隣に置いてみる――何だこの素晴らしき光景は。
まるで地上に舞い降りた天使。いつまででも眺めていたい気持ちにさせた。
一階に戻り、ソファーでダラダラする僕の前に、母が麦茶を置いた。
「あ。ありがと。そういえば、しばらく預かるって言っていたけど、いつまでいるの?」
「いつまでかしらねぇ。良く分からないのよ」
呆れた母の言葉。分からないっておかしいだろ。
「分からないって……。預ける時、親御さんは何か言ってただろ流石に」
「メグちゃん、ご両親いないのよね」
さらりと言った母の一言。一瞬耳を疑った。
「あの子ずっと入院してたのよ。その間に色々あったらしくてね。もしかしたら、このまま家でずっと暮らす事になるかもしれないけど、どうかしら?」
「どうかしらって言われても……。僕が神崎家を支えているわけでもないし、任せるとしか言えないよ」
人一人育てる事がどれだけ大変か分からないほど、僕は子供ではない。
「ふふ。修ちゃんならそう言うわよね。聞いて損しちゃった」
だったら聞くなよ。そんな言葉が喉から飛び出しそう。
「義理の姉――なんだか官能的じゃない?」
怪しい笑みを浮かべながらリビングを出て行く母。
――それをいうなら義理の妹だろ。
心の中でツッコミをいれつつ、麦茶を飲み干す。
「本当は、来て欲しくは無かったのよね――」
小声で呟いた母の言葉を、僕は聞こえないフリをした。
母の口からそんな言葉が出るのも信じられなかったが、確かに人様の子を育てる大変さに愚痴をこぼしたくなる気持ちも分かる。
僕がそんな母の真意を知るのは、まだずっと先の話だった。




