表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
干支っ娘!  作者: kure
42/71

月光

 最後の夕食は、庭で開かれた海鮮バーベキュー。

 皆が肩を寄せ合って、笑顔が絶えない、幸せな時間。僕達は心から楽しんだ。

 休憩がてらに覗き込んだ眼下に広がる夜の海は、何だか寂しい気持ちにもさせる。

「修司さん、どうかされましたか?」 

「あ、龍ヶ崎さん。いえ、明日帰るのかと思うと、何だか名残惜しくなりまして」

「いつでもご招待しますわ――少しお付き合い頂けます?」

 彼女達には内緒で――そんな目配せをして歩き出した龍ヶ崎さんの後を追う。


 階段を上がり、向かった先は三階の庭園。

 前面ガラス張りの室内庭園には、間接照明で照らされた色とりどりの草花が鮮やかな色彩を放ち、まるで俗世から離れた天国の様な印象さえ受けた。

「綺麗な場所ですね。それに、とてもいい香りがします」

「ここは私が一番好きな場所なんですの。どうぞおかけになって下さい」

 少し開けた庭園の真ん中。ベンチに腰掛けると、正面のグランドピアノが目に留まった。


「一曲、聴いてもらってもよろしいですか?」

「え? いいんですか? 是非聴かせて下さい」

 僕の言葉に、彼女はどこか嬉しそうに腰を下ろす。細くしなやかな指が、鍵盤の上を躍った。

 ベートーヴェンの『月光』余り音楽に詳しくない僕でも知っている。

 時に優しく、時に力強く。まるで森羅万象を紡ぐ様に奏でる。

 月明かりが、スポットライトの様に彼女を照らし、その美しさに、心まで惹きこまれそうな感覚。

 最後の一音が儚さを残し、夜空に吸い込まれる。

 拍手をするのも忘れるほど、彼女に見蕩れていた。


「ご清聴感謝いたしますわ」

 軽く会釈をする彼女に、現実に引き戻される。

「あっ。す、すいません! その、余りにも凄すぎて……」

「よろしいのですよ。そのお顔が何よりの賛辞です」

 そう言って隣に腰掛ける。艶やかな黒髪から香る彼女の香りは、庭園内に広がる花のソレと相まって、より甘美さを増した。

 

 辺りを包む静寂が緊張を加速させる。

 何を言えば良いんだろう、それとも何も言わない方が良いのか。

「今夜は――月が綺麗ですね」

「あ、そうですね。星も沢山出てますし、今まで見た中で一番の夜空ですよ。誘ってもらえて、本当にありがとうございます。一生の思い出になりました」

 色々あったけど、本当に楽しかった。一生忘れない夏の思い出。僕が小学生だったなら、作文にして提出していただろう。


「はぁ……それは良かったですわね」

 少しだけ不機嫌そうに、彼女がため息をついた。

 えっ? 僕何か間違った? 何が彼女を不快にさせた? 

 もしかして『君の方が綺麗だよ』何て言えば良かったのか? 

 いや、その台詞を使うには要求スペックが高すぎる。僕のスペックではギャグにしかならない。


「はっきり言わないと――伝わりませんか?」

 彼女はそっと僕の手を掴むと、自分の胸に当てた。手のひらで感じる鼓動は、僕の全身を震わせる程。上昇した心拍数が、彼女とシンクロする。

 何かの間違いではないだろうか、ドッキリカメラが仕掛けられていたりしないだろうか――。

 だが、そっと目を閉じた彼女の仕草――それは臆病な僕の背中を押した。


 可憐に咲いた花びらの様な、彼女の口唇に吸い込まれる。月明かりに照らされて、僕達は一つに――。

「きゃああああああああああああああああああっ!」

 突然響いた中谷さんの悲鳴に、龍ヶ崎さんの目が見開いた。

「何事です!?」

 走り出した龍ヶ崎さんの後を追う。

 身を乗り出すようにして庭を覗くと、中谷さんを追い回す先輩の姿があった。

 

「何しているんですのあの人達……」

 がっくりと肩を落とし、呆れた様子で頭を抱えた。

「ハハ……。まぁ、何事も無くて良かったですよ」

 楽しそうにはしゃぐ彼女達に安堵しつつ、千載一遇のチャンスを逃した事を少しだけ悔やむ。

「戻りましょうか。仕方ないから、あの馬鹿騒ぎに付き合って差し上げますわ」

 そう言って、彼女が手を差し出した。

「これくらいなら――よろしいですよね?」

 その手をしっかりと握り、僕達は庭園を後にする。

 自分からは出来ないが、差し出された女の子の手を握れる。それだけで凄い成長だ。

 その先を望むのは、僕にはまだ早いのかもしれない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ