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干支っ娘!  作者: kure
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憧れオンリーワン

 中に戻り昼食をとり再び海へ――何て事は無く。

 流石に彼女達も疲れたらしい。誰一人としてリビングから動く気配は無かった。

「ちょっと休んで来てもええ? なんや眠なってきたわ」

「構いませんわよ。お好きにどうぞ」

「では私も少し休ませてもらおうかな」

「私も昼寝ですっ!」

「あ、じゃあアタシも」

 彼女達がリビングから出て行き、残されたのは僕と龍ヶ崎さんだけ。


「あれ? そういえば蘭さんはどうしてたんですか? お昼の後から姿が見えませんけど」

「彼女には後片付けを任せていますわ。アレだけ皆に迷惑をかけたのですから、罪滅ぼしじゃないけど少しは働いてもらわないと」

 服装だけではなく、もう完全にメイドになっていた。

「修司さんはお休みにならないのですか?」

「あ、もう少しだけのんびりしようかなって思いまして。あのベッドに入ったらすぐに寝ちゃいますからね」

 寝たら多分夜まで起きない。ってかいつ帰るんだ?


「そういえば、いつ帰るんですか?」

「聞いていませんでしたの? 全く、彼女は肝心な所が抜けていますわね。一応二泊三日で、明日の朝帰る予定になっていますわ」

 彼女、とは先輩の事だろう。呆れ顔で龍ヶ崎さんが言った。

「そうだったんですか。てっきり一泊二日くらいだと思ってましたよ」

「時雨町を留守にするのはどうかと言う話もあったのですが、私達以外に危害は加えない様ですし、こんな機会はそうそうありませんしね」


 鬼――か。

 その存在意義はおろか、何処から来て、何処へ行くのか。

 未だに僕達は何も分からないままだ。


「……鬼は見えない……触れられない……」

 突然背後から聞こえた声に振り返る。

「貴女……突然現れるの止めてもらえないかしら? 心臓に悪いですわ」

 長い髪が顔を隠し、生気すら感じさせず、背後に立つ姿はまるで幽霊だ。

 隠密行動をさせたら蘭さんに敵う者は居ないんじゃないか。


「闇を畏れる事なかれ……光を求める事なかれ……。始まりを畏れず……終わりを求めよ……」

 意味深な言葉を独特の雰囲気で語る。怪談話をさせたら間違いなく彼女がナンバーワンだ。

「それ何ですの?」

「昔読んだ本に書いてあった一文でね……。考古学に興味を持っていた時もあったのよ……。春画や昔の官能小説とか……」

 天才と奇人は紙一重。そんな言葉は彼女のためにあるんだろう。


「少しでも期待した私が馬鹿でしたわ……。少し休みますわね」

 呆れた様子で立ち上がると、途中で振りかえり蘭さんを睨んだ。

「修司さんに何かしたら――分かってますわね?」

「大丈夫よぉ……もう『無理矢理』はしないわぁ……」

 これほどまでに信用出来ない大丈夫があるのだろうか。龍ヶ崎さんが去った後は、猛獣の檻に閉じ込められた気分になった。


「……いいわねぇ龍ヶ崎様は。綺麗で……気品があって……お金持ちで……」

 ボソリと呟いた彼女に、軽い恐怖が芽生えた。

「そんな顔しなくても、妬んでいるわけじゃないのよ。純粋に憧れているだけ……」

 そんな僕の心境を察知したのか、蘭さんが頬を緩ませる。 

「空を夢見た地を這う蛇、が神に願い龍に成った。そんな昔話もあるのよ……」

 昔を懐かしむ様に、彼女が語り出す。


「私はずっと龍に成りたかった。天才と呼ばれ、大企業に就職が決まり、都会のど真ん中に立つ大きなビルの上から世界を眺めた時、私は龍に成れたと思ったわ……」

「だけど、結局蛇は蛇。どれだけ高い場所に昇っても、龍には成れない。湿った大地を、這う様に生きるしかないのよ……」

 彼女を取り巻いていた狂気。今は、どこか寂しささえ漂っていた。


「それで――いいじゃないですか」

「えっ?」

「龍が偉いわけでも、蛇が劣っているわけでもない。蘭さんにしか出来ない事だってあると思います。だからそんなに自分を卑下する必要は無いと思いますよ」

 皆が違う個性を持ち、足りない部分を補い合う。そんな関係を築けたら、僕達はきっと楽しくいられるはず。

 

「やっぱり……修くんは主ねぇ……。従者が一番欲しい言葉を、さらりと与えてくれる……」

「従者だなんて。僕達はそんな関係じゃありませんよ」

 席を立ち、蘭さんは本物のメイドの様に頭を下げた。

「いつか終わる夢だとしても……出逢えた事を、幸せに思うわ……」

 儚げな言葉を残し立ち去る彼女の後姿を、僕はただ眺めていた。



 僅かに覚えた眠気に逆らえなかったらしく、そのままリビングで寝ていたらしい。

 どれくらい寝ていたんだろう。自分の家ならそのまま二度寝といきたいところだがそうもいかない。

 おもむろに仰向けになり、名残惜しむ様にソファーに顔を埋める。

 ああ――この肌触りと優しい香り。そしてこの温もり――温もり?

「そ、それは修ちゃん……いくら何でも大胆すぎるわ……」

 耳元で聞こえる茜の声に、僕の身体は完全に硬直した。

 今僕が顔を埋めているのはソファーなどではない。間違いなく茜の太ももだ。ちょっと待て、どうしてこうなった。


「……ごめんなさい」

「いや、別に謝らんでもええけど……。あんま匂わんといてや……」

 その言葉に、光の速さで向きを変える。しかし、何故か彼女のほうに顔を向けてしまった。どうして起き上がろうとしなかったのか。混乱した人間は、時に予想外の行動をとるものだ。

「まぁ。これならええかな」

 そう言って、僕の頭に優しく手を置いた。

 完全に動きが封じられたわけだが、彼女の温もりに、高鳴った心臓の鼓動が治まっていく。

 感じる心地良さ、多分彼女の母性に抱かれているんだろう。

 やはり、女性には敵わないな――。


「ウチ、膝枕してあげるのに憧れててん。修ちゃんが気持ち良さそうに寝とったからな、チャンスや! って思ったんやけど。迷惑やった?」

「いや、そんな事ないよ。でも重くないかな?」

「大丈夫やで。それに――この重さが愛しいねん」

 こういう時、何て言えばいいのだろう。自分のボキャブラリーの無さが恥ずかしくなる。


「なっ、何か言うてや! スベったみたいで恥ずかしいやん」

「ご、ゴメン。そ、そういえば、今何時なのかな?」

 話を逸らす事しか出来ない。

 どうして学校で話術の授業をしないのだろう。生きていく上で、一番必要な行為ではないだろうか。

「ウチが起きた時は五時半やったから、そろそろ――」

 茜の言葉を遮るように、館内に響き渡る振り子時計の音が六時を告げた。

「ほな、そろそろ皆起きてくるからおしまいや。こんなん見られたらヤキモチやかれてまうわ」

 そっと僕の頭を持ち上げると、彼女が立ち上がる。

「あ、茜っ……。その……ありがと……」

 必死に振り絞った言葉。それが正解なのかは分からない。

「どういたしましてやっ」

 だけど、彼女の笑顔を見れたから良かったのかもしれない。


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