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干支っ娘!  作者: kure
43/71

B級映画と女心

「何が……あったと言うんですの……?」

 庭に出た僕達は、そこに広がる光景に言葉を失った。

 芝生の上に倒れる中谷さんと、グラスを持ったまま、その周りを彷徨う先輩。薄っすらと汗を浮かべた茜と、不気味に笑う蘭さん。まさにカオス。一体何があったと言うんだ。

「あっ、龍ちゃん! 何処行ってたん! ホンマ大変やったんやで!」

「どうしたって言うんですの? というか――アレ。日光使いました?」

 ゾンビの様にふらつく先輩を横目に、龍ヶ崎さんが言った。


「だから日光ちゃう! 『三猿ダークネス』や――って今はええわ、先輩がヤバイねん! あの女が変なモン飲ませよったせいでおかしくなってしもたんや!」

 茜が蘭さんを指差すと、龍ヶ崎さんが呆れた表情を浮かべる。

「また貴女ですの……? 一体何をしたんです?」

「私は何もしてないわよぉ……。彼女が勝手にコレを飲んだだけ……」 

 テーブルの上に置かれた、蛇の絵が描かれた怪しげな瓶。外見は完全に劇薬だ。


「勝手にやないやろ! 先輩に飲ませるように仕向けたやん!」

「ちょ、ちょっと待って。中谷さんは大丈夫なの? ってか何で倒れてるの?」

 うつ伏せでピクリともしない中谷さん。どう見ても彼女が一番ヤバイと思う。

「それは先輩が飲ま――!?」

 その時、突然背後に現れた先輩が茜を羽交い絞めに、口元にグラスを押し付ける。

 いつもとはまるで雰囲気の違った先輩。赤らんだ顔に、目は完全にすわっている。

「ふっ、甘いな。心眼があると言っただろう……」

 グラスの底が天を仰いだ時、ゆっくりと茜が崩れ落ちた。


「あっ、貴女! まさかお酒を飲んでいますの!?」

「何を言ってる。この品行方正な私が飲酒などするはずがなかろう! そうだろうスネーク!」

 品行方正とか自分で言っちゃってるし。

 ってかスネークって呼び名は何? どこの特殊部隊?

「ええ……。これはお酒なんかじゃないわ……。噛まれると百歩歩くうちに死ぬと言われる『百歩蛇ひゃっぽだ』それをアルコールに浸け成分を抽出したモノを遠心分離器にかけ、ごにょごにょしたやつだから、決してお酒なんかじゃないわよぉ……」

……何だか肝心な部分を濁した気はするが。

 先輩を変貌させ、二人を昏倒させる謎の液体――まだお酒の方が可愛いと思うのは気のせいだろうか?


「これは中々美味だぞ龍ヶ崎。お前も飲んでみろ」

「そんな得体の知れないモノ要りませんわ。少しは頭を冷やしたらどうですか?」

 付き合ってられない。そんな様子で言い放った龍ヶ崎さんに、先輩の表情が変わる。

「私の勧めを断ると言うのか……」

 その姿は、どこからみても迷惑な酔っ払いそのもの。

「飲まぬなら……飲ませてやろう龍ヶ崎!」

 まるで戦いを挑む様に瓶を突き出した。もう滅茶苦茶である。


「素面ならまだしも――返り討ちにしてあげま――!?」

 構えた彼女の足元に、中谷さんがしがみついていた。

「あこちゃんゲットですぅ~」

「なっ!? 中谷さん! しっかりなさい!」

 小柄な彼女なら、足を振ればたやすく引き離せる。

 だが、そんな事を誰が出来るであろう。中谷さんをぞんざいに扱うのは、動物を虐待するほどに罪である。


「よくやった百合子! さぁ観念するのだ!」 

「およしなさいっ! そんなモノ誰が飲むもんですか!」

 残された両手で必死に抵抗をする龍ヶ崎さん。しかし、それも長くは持たなかった。

「えへへ……龍ちゃん……捕まえたでぇ……」

 まるで蘭さんの様な笑みを浮かべ、茜が背後から彼女の両手をロックした。

「あっ!? 茜さん! 何をしているかわかってますの!?」

「むふふ……。怖がる事は無いぞ……。杯を交わすだけだ――」

「ちょ、ちょっと! 離しなさ――むぐっ!?」

 無常にも彼女の口に瓶が押し込まれた――龍ヶ崎亜紺、陥落である。


 暴漢と化した彼女達が離れ、その場に崩れ落ちる龍ヶ崎さん。

「こっ、こんなモノに……ひっく……屈するものですか……」

 謎の液体は、並外れた精神力を持つ彼女の意識を奪うまでには至らなかった。

「だ、大丈夫ですか……?」

「ええ……でも……身体が熱い……ですわ……」

 涼しげな潮風が吹いているにも関わらず、彼女は火照った身体を蒸気させている。


「何だか……ぽかぽかしてきましたぁ……」

「ウチもや……何やこの気持ち……心の奥から湧き上がってくるような……」

 彼女達の様子がおかしい。そんな時、静かに傍観していた蘭さんが声を上げた。

「ソレ……催淫剤の効果もあるのよねぇ……。その効果……修くんなら分かると思うけどぉ……」

「それってまさか……。昨日僕が体験した……?」


「さぁ皆! 今、私達は自由になるのよ! 人としての理性を脱ぎ捨て! 本能のままに! 彼を守る獣として!」

 叫ぶと同時に、彼女の着ていたメイド服が宙を舞った。そして現れるマイクロビキニ――って何で着てるの!? 気に入ったの!?


「彼を守る獣として……? 私は――彼を守るぞおおお!」

 金色に輝く、虎の咆哮が夜空に木霊する。そして――服を脱いだ。

「ウチは自由や! 自由やでぇええええええ!」

 赤毛をなびかせた猿が、軽やかに跳びはね――服を脱いだ。

「身体が……あちゅいでちゅうううううう!」

 分裂した中谷さんも――服を脱いだ!


「りゅ、龍ヶ崎さん! 何だかヤバイですよ!」

「お、お逃げ下さい……。このままでは……私も……」

 彼女の瞳が輝きを増していく。ずらした着物から、白雪の様な撫で肩と鎖骨がチラリと覗く。

「身体が……求めてっ!」

 爆発にも似たオーラから放たれる蒼龍が天を突き――着物を吹き飛ばした!


 気分はB級ゾンビ映画の主人公。理性を捨てた迫り来る獣達は、ある意味、見るに耐えない光景だ。

「修司! 早く背中に乗って!」

「狗飼さん!?」

 声に振り向くと、半犬化した狗飼さんが背中を向けていた。無我夢中で彼女の背中にしがみつくと、彼女は猛スピードで走り出す。

――手の位置取りに失敗した。

 しがみついた胸の感触に、そんな事を考えていた。


「後ろ、まだ来てる?」

「いや、もう大丈夫みたい」

 僕の言葉にスピードを緩める。半犬化した彼女の俊足は、陸上の世界記録など全て塗り替えてしまうだろう。

「ありがとう。もう下ろしてもいいよ、重いでしょ?」

「もう少し……このままでもいい? 力を使ってるから全然重くなんか無いし、普段こんな事できないしさ」

「いいけど……。ちょっと恥ずかしいな」


 普通は逆。どこの世界におんぶされる男がいるんだろう。そんな比喩表現はあるけど、リアルにされるのは中々恥ずかしい。

「誰が見てるわけじゃないし、別にいいじゃん。だけどその……別に嫌だってわけじゃないんだけど……ちょっとだけ手をずらしてくれたら嬉しいかな……」

「っ! ご、ゴメン!」

 慌てて手を離す。気まずさからか、その後の会話はあまり弾まなかった。


 しばらく経ち、もう大丈夫だろうと別荘に戻る。

 下着姿のまま地面に点々と倒れこんでいる彼女達を見て、僕達は苦笑した。

「全く……しょうがないなぁ」

 呆れた顔で、狗飼さんは彼女達を拾い上げる。背中に龍虎を背負い、両手に猿と蛇を引きずり……。

 一番軽い中谷さんを残してくれたのは、彼女の優しさだろう。むにゃむにゃと寝言を言う中谷さんを抱きかかえ、彼女達を部屋まで運んだ。



「はぁ……やっと終わったよ……」

 無駄に散らかしたバーベキューの後片付けは、二人でも骨が折れるものだった。なにせ綺麗に手入れされた庭。半端な掃除では納得出来るものではない。

「お疲れ様」

「あ。ありがとう。お疲れ様」

 狗飼さんが、冷えたコーラを差し出す。僕はそれを受け取ると、グっと流し込んだ。


「あぁ~っ。うまいっ!」

 喉を駆け抜ける炭酸の刺激。爽やかな甘さが身体に染み渡る。大人の飲むビールも、こんな感じなんだろうか。

「何か、おじさんっぽいよ」

「色々あったから、老けちゃったのかもしれない」

 顔を見合わせ、僕達は笑いあった。


「つっ、月……綺麗だね……」

「えっ? あ、うん。そうだね――」

 ふと投げかけられた言葉に、何気なく返事をする。そして、彼女の表情を見て気付いた。

 またやってしまった。でも、一体何て返せばいいんだよ!

「こういう時、何て言えばいいのかな? さっきも龍ヶ崎さんに同じ事言われたけど、やっぱり上手く返せなくて」


「龍ヶ崎さんも言ったんだ……」

「え? ゴメン、良く聞こえなかった」

 呟く様に放った彼女の言葉を聞き取る事は出来なかった。

「なんでもない。さ、そろそろ寝ようかな」

 パッと立ち上がり、狗飼さんがそのまま屋敷へ向かっていく。


「上手く返す必要はないんじゃないかな」

 扉の前で振り返り、彼女は言った 

「女の子は、上手い言葉を期待しているわけじゃないんだよ」

 その言葉の意味が、僕には理解出来なかった。


「おやすみ」

「あ、おやすみ……」

 すると、またも彼女は不機嫌そうな顔をする。

「おやすみ!」

 何かを待つような彼女の態度。何なんだ。一体何を求めているんだ。

 女心――未知の領域だ。


「おやすみ……とっ、朋子……?」

 必死に搾り出した言葉に、彼女の顔が明るくなる。

「おやすみ修ちゃん」

 しまい忘れた尻尾をパタパタと揺らしながら、彼女は中へ戻っていった。


「会話って……難しいな……」

 大きな月を眺めながら、そんな事を考えた。


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