B級映画と女心
「何が……あったと言うんですの……?」
庭に出た僕達は、そこに広がる光景に言葉を失った。
芝生の上に倒れる中谷さんと、グラスを持ったまま、その周りを彷徨う先輩。薄っすらと汗を浮かべた茜と、不気味に笑う蘭さん。まさにカオス。一体何があったと言うんだ。
「あっ、龍ちゃん! 何処行ってたん! ホンマ大変やったんやで!」
「どうしたって言うんですの? というか――アレ。日光使いました?」
ゾンビの様にふらつく先輩を横目に、龍ヶ崎さんが言った。
「だから日光ちゃう! 『三猿ダークネス』や――って今はええわ、先輩がヤバイねん! あの女が変なモン飲ませよったせいでおかしくなってしもたんや!」
茜が蘭さんを指差すと、龍ヶ崎さんが呆れた表情を浮かべる。
「また貴女ですの……? 一体何をしたんです?」
「私は何もしてないわよぉ……。彼女が勝手にコレを飲んだだけ……」
テーブルの上に置かれた、蛇の絵が描かれた怪しげな瓶。外見は完全に劇薬だ。
「勝手にやないやろ! 先輩に飲ませるように仕向けたやん!」
「ちょ、ちょっと待って。中谷さんは大丈夫なの? ってか何で倒れてるの?」
うつ伏せでピクリともしない中谷さん。どう見ても彼女が一番ヤバイと思う。
「それは先輩が飲ま――!?」
その時、突然背後に現れた先輩が茜を羽交い絞めに、口元にグラスを押し付ける。
いつもとはまるで雰囲気の違った先輩。赤らんだ顔に、目は完全にすわっている。
「ふっ、甘いな。心眼があると言っただろう……」
グラスの底が天を仰いだ時、ゆっくりと茜が崩れ落ちた。
「あっ、貴女! まさかお酒を飲んでいますの!?」
「何を言ってる。この品行方正な私が飲酒などするはずがなかろう! そうだろうスネーク!」
品行方正とか自分で言っちゃってるし。
ってかスネークって呼び名は何? どこの特殊部隊?
「ええ……。これはお酒なんかじゃないわ……。噛まれると百歩歩くうちに死ぬと言われる『百歩蛇』それをアルコールに浸け成分を抽出したモノを遠心分離器にかけ、ごにょごにょしたやつだから、決してお酒なんかじゃないわよぉ……」
……何だか肝心な部分を濁した気はするが。
先輩を変貌させ、二人を昏倒させる謎の液体――まだお酒の方が可愛いと思うのは気のせいだろうか?
「これは中々美味だぞ龍ヶ崎。お前も飲んでみろ」
「そんな得体の知れないモノ要りませんわ。少しは頭を冷やしたらどうですか?」
付き合ってられない。そんな様子で言い放った龍ヶ崎さんに、先輩の表情が変わる。
「私の勧めを断ると言うのか……」
その姿は、どこからみても迷惑な酔っ払いそのもの。
「飲まぬなら……飲ませてやろう龍ヶ崎!」
まるで戦いを挑む様に瓶を突き出した。もう滅茶苦茶である。
「素面ならまだしも――返り討ちにしてあげま――!?」
構えた彼女の足元に、中谷さんがしがみついていた。
「あこちゃんゲットですぅ~」
「なっ!? 中谷さん! しっかりなさい!」
小柄な彼女なら、足を振ればたやすく引き離せる。
だが、そんな事を誰が出来るであろう。中谷さんをぞんざいに扱うのは、動物を虐待するほどに罪である。
「よくやった百合子! さぁ観念するのだ!」
「およしなさいっ! そんなモノ誰が飲むもんですか!」
残された両手で必死に抵抗をする龍ヶ崎さん。しかし、それも長くは持たなかった。
「えへへ……龍ちゃん……捕まえたでぇ……」
まるで蘭さんの様な笑みを浮かべ、茜が背後から彼女の両手をロックした。
「あっ!? 茜さん! 何をしているかわかってますの!?」
「むふふ……。怖がる事は無いぞ……。杯を交わすだけだ――」
「ちょ、ちょっと! 離しなさ――むぐっ!?」
無常にも彼女の口に瓶が押し込まれた――龍ヶ崎亜紺、陥落である。
暴漢と化した彼女達が離れ、その場に崩れ落ちる龍ヶ崎さん。
「こっ、こんなモノに……ひっく……屈するものですか……」
謎の液体は、並外れた精神力を持つ彼女の意識を奪うまでには至らなかった。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ええ……でも……身体が熱い……ですわ……」
涼しげな潮風が吹いているにも関わらず、彼女は火照った身体を蒸気させている。
「何だか……ぽかぽかしてきましたぁ……」
「ウチもや……何やこの気持ち……心の奥から湧き上がってくるような……」
彼女達の様子がおかしい。そんな時、静かに傍観していた蘭さんが声を上げた。
「ソレ……催淫剤の効果もあるのよねぇ……。その効果……修くんなら分かると思うけどぉ……」
「それってまさか……。昨日僕が体験した……?」
「さぁ皆! 今、私達は自由になるのよ! 人としての理性を脱ぎ捨て! 本能のままに! 彼を守る獣として!」
叫ぶと同時に、彼女の着ていたメイド服が宙を舞った。そして現れるマイクロビキニ――って何で着てるの!? 気に入ったの!?
「彼を守る獣として……? 私は――彼を守るぞおおお!」
金色に輝く、虎の咆哮が夜空に木霊する。そして――服を脱いだ。
「ウチは自由や! 自由やでぇええええええ!」
赤毛をなびかせた猿が、軽やかに跳びはね――服を脱いだ。
「身体が……あちゅいでちゅうううううう!」
分裂した中谷さんも――服を脱いだ!
「りゅ、龍ヶ崎さん! 何だかヤバイですよ!」
「お、お逃げ下さい……。このままでは……私も……」
彼女の瞳が輝きを増していく。ずらした着物から、白雪の様な撫で肩と鎖骨がチラリと覗く。
「身体が……求めてっ!」
爆発にも似たオーラから放たれる蒼龍が天を突き――着物を吹き飛ばした!
気分はB級ゾンビ映画の主人公。理性を捨てた迫り来る獣達は、ある意味、見るに耐えない光景だ。
「修司! 早く背中に乗って!」
「狗飼さん!?」
声に振り向くと、半犬化した狗飼さんが背中を向けていた。無我夢中で彼女の背中にしがみつくと、彼女は猛スピードで走り出す。
――手の位置取りに失敗した。
しがみついた胸の感触に、そんな事を考えていた。
「後ろ、まだ来てる?」
「いや、もう大丈夫みたい」
僕の言葉にスピードを緩める。半犬化した彼女の俊足は、陸上の世界記録など全て塗り替えてしまうだろう。
「ありがとう。もう下ろしてもいいよ、重いでしょ?」
「もう少し……このままでもいい? 力を使ってるから全然重くなんか無いし、普段こんな事できないしさ」
「いいけど……。ちょっと恥ずかしいな」
普通は逆。どこの世界におんぶされる男がいるんだろう。そんな比喩表現はあるけど、リアルにされるのは中々恥ずかしい。
「誰が見てるわけじゃないし、別にいいじゃん。だけどその……別に嫌だってわけじゃないんだけど……ちょっとだけ手をずらしてくれたら嬉しいかな……」
「っ! ご、ゴメン!」
慌てて手を離す。気まずさからか、その後の会話はあまり弾まなかった。
しばらく経ち、もう大丈夫だろうと別荘に戻る。
下着姿のまま地面に点々と倒れこんでいる彼女達を見て、僕達は苦笑した。
「全く……しょうがないなぁ」
呆れた顔で、狗飼さんは彼女達を拾い上げる。背中に龍虎を背負い、両手に猿と蛇を引きずり……。
一番軽い中谷さんを残してくれたのは、彼女の優しさだろう。むにゃむにゃと寝言を言う中谷さんを抱きかかえ、彼女達を部屋まで運んだ。
「はぁ……やっと終わったよ……」
無駄に散らかしたバーベキューの後片付けは、二人でも骨が折れるものだった。なにせ綺麗に手入れされた庭。半端な掃除では納得出来るものではない。
「お疲れ様」
「あ。ありがとう。お疲れ様」
狗飼さんが、冷えたコーラを差し出す。僕はそれを受け取ると、グっと流し込んだ。
「あぁ~っ。うまいっ!」
喉を駆け抜ける炭酸の刺激。爽やかな甘さが身体に染み渡る。大人の飲むビールも、こんな感じなんだろうか。
「何か、おじさんっぽいよ」
「色々あったから、老けちゃったのかもしれない」
顔を見合わせ、僕達は笑いあった。
「つっ、月……綺麗だね……」
「えっ? あ、うん。そうだね――」
ふと投げかけられた言葉に、何気なく返事をする。そして、彼女の表情を見て気付いた。
またやってしまった。でも、一体何て返せばいいんだよ!
「こういう時、何て言えばいいのかな? さっきも龍ヶ崎さんに同じ事言われたけど、やっぱり上手く返せなくて」
「龍ヶ崎さんも言ったんだ……」
「え? ゴメン、良く聞こえなかった」
呟く様に放った彼女の言葉を聞き取る事は出来なかった。
「なんでもない。さ、そろそろ寝ようかな」
パッと立ち上がり、狗飼さんがそのまま屋敷へ向かっていく。
「上手く返す必要はないんじゃないかな」
扉の前で振り返り、彼女は言った
「女の子は、上手い言葉を期待しているわけじゃないんだよ」
その言葉の意味が、僕には理解出来なかった。
「おやすみ」
「あ、おやすみ……」
すると、またも彼女は不機嫌そうな顔をする。
「おやすみ!」
何かを待つような彼女の態度。何なんだ。一体何を求めているんだ。
女心――未知の領域だ。
「おやすみ……とっ、朋子……?」
必死に搾り出した言葉に、彼女の顔が明るくなる。
「おやすみ修ちゃん」
しまい忘れた尻尾をパタパタと揺らしながら、彼女は中へ戻っていった。
「会話って……難しいな……」
大きな月を眺めながら、そんな事を考えた。




