侵入者
「残念ですわ……。狗飼さん、どうか安らかに――」
龍ヶ崎さんが跪き手を合わせる。
「待て待て待て。何か妙だ、ちょっと見せてみろ」
そう言って、先輩が狗飼さんの首に手を当てた。
「まだ脈はある――それに、傷口が見当たらないぞ」
先輩の言うとおり、狗飼さんの身体には目立った外傷は見つからない。
だけど、じゃあこの血は一体なんなんだ?
「百合子、とりあえず茜を探してきてくれるか? 話を聞いてみたいからな」
「わかりましたっ!」
捜索の命を受けた中谷さんが部屋を出る。僕達は血をふき取り、彼女をベッドに寝かせた。
「朋子さん、何か持病を抱えてらした? この血は怪我じゃなく、吐血によるものじゃないかしら?」
「そう言う話は聞いていないが、状況を考えるにその線が濃厚だな。容態は安定している様だが、やはり一刻も早く医者に見せたほうがいいだろう。しかし、何故電話が繋がらんのだ」
スマホだけでは無く、有線の固定電話も繋がらない。
「もしかして……僕達以外に誰か居たり……とか……?」
不安が口から零れ落ちた。その瞬間、先輩の顔色が変わる。
「百合子――っ!」
先輩が慌てて部屋を飛び出した。
「私も少し館内を調べて来ます」
「あ、僕も一緒に行きますよ。一人じゃ危ない――って僕がいてどうなるわけでもありませんけど」
単独行動は危険。良くある物語なら、必ず一人になった人が殺されていくんだ。
「いえ、とても頼もしい限りですわ。では参りましょう」
優しく微笑んだ彼女に、少し救われた気がした。
「これ……凄いですね……」
彼女が向かった先。ドアを開けた室内の光景に驚く。
そこは、まるで何処かの機密機関。
使いこなせる気がしない程のスイッチがついた操作機器に、壁の大きなプロジェクターには、館内の映像が分割で表示されていた。
「客室以外は、全て監視出来る様になっていますの」
龍ヶ崎さんがスイッチを操作し、カメラを切り替える。
「居ましたわね」
切り替えた映像に、館内を走り回る先輩の姿が映った。しかし、茜と中谷さんの姿は見当たらない。
「他の二人は何処にいますか?」
「ちょっと待って下さいね――これは!」
何度かカメラを切り替える。そこに映し出されたのは、床に倒れた中谷さんの姿だった。
「何て事……。あそこは三階の庭園前――貴女! 中谷さんが三階庭園前で倒れてますわ!」
龍ヶ崎さんがマイクを手に叫ぶ。だが、その声はカメラの向こうの先輩には届いていない様子。
「こんな時に故障!? 役に立ちませんわね!」
「ぼ、僕が行ってきます!」
「ちょっと待ってください! 彼女が向かっていますわ!」
龍ヶ崎さんの声にモニターを見る。
三階の階段を駆け上がる先輩の姿。そして、中谷さんを発見した。
中谷さんに駆け寄る先輩の姿を確認して、龍ヶ崎さんが映像を切り替える。
「茜さんの姿がどこにも見当たりませんわ。部屋にいるのかしら」
何度切り替えても、茜の姿は見当たらなかった。その時、一瞬映った先輩の映像に違和感を覚える。
「あっ! 龍ヶ崎さん! 先輩のとこ映して下さい!」
「え? ――っ!? あれは!?」
中谷さんを抱える先輩の背後に映る白い物体。ソレはゆっくりと先輩に近づいていた。
「後ろですわよ! ああもう! どうして気付かないのですかっ!」
苛立ちを隠せないでマイクに向かって叫ぶ。
何も出来ず、ただ見てるだけ。そんな僕達をあざ笑うかのように、白い物体が先輩を飲み込んだ。
「一体……どうなっているんですの……?」
白い物体が離れると、中谷さんに折り重なるように、先輩が倒れていた。
あの虎口先輩が何も出来ず、気配にすら気付かずにやられた――その事実は、不安を恐怖に変える。
――アレは人なんかじゃない。
「……修司さんは、この部屋から絶対に出ないで下さい」
険しい顔で、龍ヶ崎さんが立ち上がる。
重厚なロッカーを開け、中から刀を取り出した。ってか今一瞬、銃の様なモノが見えたのは気のせいだろうか……。
「ぼ、僕も行きますよ!」
「いえ、この部屋は窓もありませんし、中から鍵さえかけてしまえば誰も入る事は出来ず、館内で一番安全な場所と言っても過言ではありません」
「でも――」
「私の役目は貴方を守る事。お恥ずかしい話ですが、私の力で守りきれるかどうか……」
そう言って、龍ヶ崎さんは辛そうな表情をした。
「……分かりました。ここで待っています」
「ありがとうございます。では行ってきますわ」
ドアに手をかけると、彼女は振り向き。
「皆さんは死んでしまいましたが、私は必ず生きて帰ってきますわ!」
そう微笑んで、爽やかに部屋を出て行った。
「勝手に殺しちゃったし……。しかもそれ死亡フラグだよ……」
不安に押しつぶされそうになりながら、僕は鍵を閉めた。
画面に映し出される、館内を歩く龍ヶ崎さんの姿。画面越しでも伝わる彼女の緊張に、思わず息を飲む。
「確かこのボタンだよな――あれ?」
フレームアウトした彼女を探そうとボタンを押した瞬間、画面が真っ暗になった。
何か間違ったボタンを押してしまったのか? いや、細心の注意を払ってボタンを押した。流石にソレはないはず――。
「何だよこの画面……」
ブラックアウトした画面を埋め尽くす髑髏。
ぽっかりと空いた目の部分から蛇が飛び出し、それはまるで何かのシンボルマークの様。
「うっ!?」
突然足元に刺すような痛み。その瞬間に全身の力が抜ける。
薄れゆく視界の片隅で、何かが蠢いた気がした。




