別荘殺人事件? 3
「修司さん。起きてください」
心地良い眠りから覚めたのは、少し険しい顔をした龍ヶ崎さんだった。
「あ、どうかしました?」
「すいません、ノックをしたんですけど。ちょっと来てもらってもよろしいかしら?」
並々ならぬ様子の彼女に、何かが起こっていると瞬時に察知する。
ベッドから出て、彼女の後を追う。
着いた場所は、さっき見た石像の前。取り囲むように皆が集まっていた。
「どうかしたの? あれ? 石――」
言いかけて気付いた。さっきまで石像の胸にはまっていたサファイアが無くなっている事に。
「通りかかった時に気付いたんですの。修司さん何かご存知じゃありませんか?」
「いや、寝てたから、ちょっと分からないですね。でもさっきはありましたよね?」
「ええ。皆さんをお部屋に案内した時まであったのは確認していますわ」
あったはずのモノが無くなっている――それは、不穏な空気をかもし出した。
「ウチらはずっと四人で麻雀やってたんや。その間、誰一人部屋から出てへん」
そう言って、茜がチラリと狗飼さんの方を見た。
「なにそれ……アタシが盗ったって言いたいわけ!?」
茜の視線に、狗飼さんが語気を強めた。
「いや、別に朋子を疑っているわけじゃないんだ。ただ高価なモノだからな。何か知っていればと思って」
先輩がなだめる様に口を挟む。
「確かにアタシは皆と居なかったけど、部屋でずっと本読んでたし。トイレにだって行ってない」
「そんなん言うたかて、アリバイが無いのはアンタだけやで」
完全に狗飼さんを犯人扱いするかの様な茜の態度。
「ちょ、ちょっと待ってよ。それなら僕だって一緒だよ。それに、狗飼さんがそんな事するわけないじゃないか」
「修ちゃんはそんな事せんし、それに――」
蔑む瞳で、茜が言い放った言葉。
「アンタには、『前科』があるやろ」
何かを引き裂くように、雷鳴が響いた。
「……アタシ帰る!」
「あっ、朋子ちゃん! 茜さん、ちょっと酷いですよっ!」
走り去った狗飼さんの後を、中谷さんが追って行った。
「言い過ぎだぞ茜。前々から思ってはいたが、朋子に対して余り友好的ではないな?」
先輩の言葉に何となく思い当たる節があった。
そういえば、狗飼さんと茜が話しているのを見た事が無い、
「……なんか好かんねん」
吐き捨てるようにそう言って、茜が立ち去った。
楽しいはずの旅行――それは幻想になりつつあった。
「困ったモノだな……。宝石が勝手に消えるはずもない。誰かの手によって取り外されたのは明白だが……。他に侵入者が居る、という事は考えられんか?」
「それはありえませんわ。正面から勝手口まで全て施錠してありますし。最新の防犯センサーも完備して――」
何かを思い出したように、龍ヶ崎さんが言葉を止めた。
「どうした? 何か思い当たる節があるのか?」
「ちょっとお付き合い願えますか?」
そう言って歩き出す、龍ヶ崎さんの後を追った。
一階に降り、リビングを抜けた先にある重厚な扉を開くと、下に降りる階段が続いていた。
「この建物は丘の上にありますでしょう? わざわざ外を歩かなくてもいいように、下の海まで繋がっているんですわ」
龍ヶ崎さんが電気のスイッチを入れると、両サイドに備えられた、蝋燭を模したライトが一斉に点いた。いやはや、なんとも洒落ている。
階段を下りた先の現れた鉄柵の扉。向こうは開けた空間になっていて、クルーザーが停泊していた。
ここから優雅に大海原に繰り出すのだろう。うん、お金持ち怖い。
「外部から侵入するとすればここしかありませんけど、どうやら違うみたいですわね」
鉄柵の扉は、頑丈そうな南京錠で硬く閉じられている。
頭を突っ込めば抜けなくなってしまいそうな隙間。普通の人はおろか、小柄な中谷さんでも通る事は出来ないだろう。
「ふむ……」
先輩の困惑した表情。
外部からの侵入は無し、アリバイが無いのは僕と狗飼さんだけ。その事実は、信頼をも鈍らせる。
普通なら、僕と狗飼さんを疑うのは当然だ。
「戻って皆で探してみよう。誰かが盗ったなんて、私は考えたくもない」
先輩の放った、仲間を信じる揺らぎ無い想い。それはとても頼もしくもあり、嬉しくもあった。
「……何か聞こえないか?」
階段を戻る途中に言った、先輩の言葉に耳を澄ます。
離れていても、僅かに聞こえる狗飼さんの怒声は尋常じゃない様子。
「朋子さんの声ですわね。急いで戻りましょう!」
駆け足で戻った僕達が見たものは、怒りを露にした狗飼さんだった。
「アンタでしょ! こんな事するなんて最低よ!」
「はぁ? 何でウチがそんな事せなあかんのや?」
興奮した狗飼さんが、茜に詰め寄っている。二人の間でまごまごしてる中谷さんが、僕達に目で助けを求めた。
「おい、一体どうしたというんだ?」
「……これがアタシの鞄に入ってたんだ」
割って入った先輩に、狗飼さんが見せたモノ。それは青く輝くサファイアだった。
「鞄の中に? 龍ヶ崎、無くなったのはこれで間違いないのか?」
「ええ、間違いありませんわ。でも、どうして朋子さんの鞄に?」
「荷物をまとめてたら、中にこれが入ってた。誰かがアタシの鞄に入れたんだよ!」
彼女の鞄の中に? 一体誰が、何でそんな事を?
「自分で盗ったのがバレたからって、人の所為にするのはどうかと思うで? 素直にごめんなさいしぃや」
「アンタが入れたんでしょ!? アタシが嫌いだからってわざわざこんな事して、恥ずかしくないわけ!?」
このままじゃ収まりがつかない。
「恥ずかしいのはどっちやねん。泥棒がよう言うわ」
止めようとした瞬間、茜の放った一言。その言葉を聞いた狗飼さんの表情に足が止まる。
「アタシじゃ……ないのに……」
彼女の瞳から頬を伝って、ソレは雫と成る。
走り去る彼女を、誰も後を追う事は出来なかった。
「ちょっと言い過ぎたわ……」
思い空気の中、茜が呟いた。流石に反省したのか、珍しく浮かない表情。
「茜はどうして狗飼さんに冷たいの? さっきは好きじゃないって言ったけど、何か理由があるんだろ?」
人を嫌いになるのには、何かしらの理由があるはず。どうしてそこまで茜が狗飼さんを嫌うのか、それがどうしても気になった。
「あの女は……修ちゃんを殺そうとしたんや……」
「殺そうとしたって……。アレは事故で悪気があったわけじゃないし、そんな事くらいで――」
「そんな事ちゃう!」
声を荒げ、僕の言葉を遮る。その表情はとても悲しげで、見ているこっちの胸が苦しくなる程。
「……ウチ、ちょっと謝ってくるわ」
そう言って、茜はその場から立ち去った。
「茜の気持ちも――分からなくはないんだ。君はそんな事、と思うかもしれないが、あの晩に見た光景は、私達十二支枝にとっては衝撃的なモノだったからな」
「そうですねっ。蓮ちゃんが泣――もごっ!?」
何かを言い掛けた、中谷さんの口を先輩が塞いだ。
「ま、まぁ。だからだな、一概に茜が悪いとも言えなくてだな……」
「犬猿の仲――でしょうか?」
龍ヶ崎さんが、思い出したように呟く。
「朋子さんは狗、茜さんは猿。お互いの韻が反発しあっているのかもしれませんね」
「本能レベルで馬が合わないって事か? そうだとしたら、一筋縄ではいかなそうだな」
「ええ――と言うか貴女、百合子さんが死んでますわよ」
先輩の手の中には、口を塞がれた、ぐったりとした中谷さん。
「えっ? あっ!? 百合子! しっかりしろ! 百合子~!」
「ふぅ。天国が見えましたよっ!」
「すまんすまん。そんなに強く押さえていたつもりはないんだが……」
とりあえずリビングに戻った僕達。中谷さんも無事で一安心だったが――。
「それにしても、あの二人随分遅くないかしら?」
茜が行ってから、かれこれ二十分は経っているだろうか。二人が降りてくる気配は無い。
「また喧嘩してたりしてな。静かだから大丈夫だとは思うが」
「私ちょっと見てきますねっ」
心配になったのか、中谷さんがリビングから出て行った。そして数分後、二階の渡り廊下から、彼女が声を上げた。
「みっ、皆! どうしよう! 朋ちゃんがっ!」
驚きと戸惑い、そして恐怖が混ざり合ったかのような、青ざめた中谷さんの表情。僕達はすぐ二階に上がる。
そして、狗飼さんの部屋で見た光景に、僕達は言葉を失った。
白い大理石の床を赤く染めた血液の中、狗飼さんが倒れている。それを見下ろすように、茜が立っていた。
「あ……茜……。お前……?」
「う……ウチちゃうで! ウチは何も知らへんっ!」
「あっ、おい待て茜!」
茜が、逃げる様に部屋を飛び出した。
「どうなっているんだ!? 龍ヶ崎! とりあえず救急車だ!」
龍ヶ崎さんが袖口からスマホを取り出した。
「圏外!? ありえませんわ!?」
自分のポケットからスマホを取り出す。が、僕も同じく圏外だった。
「わ、私もですっ!」
「こっちもだ……。つい先程までは繋がっていたのに何故なんだ!?」
混乱が僕達を包む。備え付けの受話器を手にした龍ヶ崎さんが、困惑した表情で呟いた。
「電話が……通じませんわ……」
――外部から遮断された洋館で起こる惨劇。
僕は狗飼さんが読んでいた本の事を思い出していた。




