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干支っ娘!  作者: kure
32/71

夏の予定 3

 静かな境内に単調な機械音が鳴り響く。

 こんな場所でゲームなど、と怒られるかもしれないが、昔から境内は子供の遊び場なのだ。

 神様も許してくれるだろう。

 

 その時、突如腹部に感じた圧迫感に視線を移す。

 仰向けに寝転んだ僕の腹部には、小さな蛇が乗っかっていた。

「うおっ!?」

 苦手ではない。苦手ではないけど、この距離は流石に驚く。

 刺激しないように、離れるのをジッと待つ。しかし、蛇は中々動こうとはしなかった。

 仲間になりたそうにこちらを見ている――わけではないが。何を考えているのか、とぐろを巻いたその姿は、くつろいでいる様にさえ見える。


「よっ! はっ! おっ? 修ちゃん何しとるん?」

 僕を見つけたのは、石段を軽やかに駆け上がってきた茜。その後ろから中谷さんも現れた。

「あれ? どうしたの?」

「どうもせぇへんで。近くまで来たから寄っただ――け……?」

 茜が僕の腹部に陣取る蛇に気付き、目を大きくさせた。まぁ、無理もないだろう。

「……それなんなん? ペット?」

「いや、気付いたら乗っかってたんだよね……」

「野生かいっ!? 噛まへんの!?」

「噛むかもしれないけど、確か毒はないはずだよ」

 僕の記憶が正しければ……だけど。


「どうしたんですかっ? きゃっ!? へへ、蛇っ!?」

 中谷さんが恐怖に怯えた顔をしている。女の子だし、これが普通の反応だろう。

 だが、その表情は茜の何かに火を点けた。

「ゆりっぺは蛇が苦手なんやぁ――」

 八重歯を覗かせ、悪魔の様な笑みを浮かべる。ってかゆりっぺって何だ。


「蛇やでー!」

 僕の腹部の蛇をおもむろに掴むと、中谷さんに駆け寄った。  

「いやああああああああああああああああああああああああああ!」

 小さな身体に似つかわしくない程の絶叫と共に、中谷さんが増殖する。

 身の危険を感じたのだろう。だが、それは裏目に出た。

「ほれほれ~!」

『いやああああああああああああああ!』

 九人の中谷さんが、決して広くはない境内を逃げ回る。

 茜からしてみればよりどりみどり。一人を追いかける必要はないんだから。


「あらあら、楽しそうねぇ」

 その言葉に、全員の動きが止まる。

 増えた中谷さんがフッと消えたが、時既に遅し。完全に見られた。

「茜ちゃん百合子ちゃんこんにちは」

「こ……こんちは……」

「こっ、こんににっわ!」

 茜の手からポトリと落ちた蛇が、そ知らぬ顔で何処かへ去っていった。 


「丁度お昼出来たから、良かったら二人も食べていってね」

 それだけ言って、母が家に戻っていく。

 どんな言い訳をしようかと考えていたが――拍子抜けだ。

「やばかったなぁ。絶対見られた思たわ」

 茜が胸を撫で下ろす。いや、完全に見られてただろ。

「ですねっ。でも、オーラと同じで普通の人には見えないんですっ」

 そっか、オーラは普通の人には見えないんだっけ。中谷さんのアレもオーラと同質なんだろう。

 見られなかった事よりも『母が普通の人だった』その事実に少し安心した。


 あっという間に時間は過ぎ、空が夕日で染まる頃。二人を見送りに外に出た。

「ほなまた明日! 寝坊したらあかんで!」

「ああ。ちゃんと起きるよ。ところで、水面岬には何で行くのかな?」

「前と同じバスで行くみたいですよっ」

 高速で二時間くらいか。虎口交通自慢のマイクロバスは乗り心地も抜群。快適な旅になりそうだ。

「了解。じゃあまた明日ね」

 手を振る彼女達を見送り、家に入る。

――いよいよ明日は海だ!

 にやけた顔を隠すように、部屋に戻った。



 夕食を終え、ソファーでくつろいでいると、隣に座った母の、覗き込むような視線に気付く。

「なに?」

「何でもないわよ」

 何でもないなら見ないで欲しい。そんなに見られたら誰だって気になる。

「お父さんが死んだばっかりで、こんな事聞くのもおかしいと思うんだけど――」

 少しだけ僕を気遣いながら前置き、唐突に言った。

「修ちゃんは、今幸せ?」

 

 どうしてそんな質問をしたのか、母の微笑みからは、その真意を読み取る事は出来ない。

 先月父を亡くしたばかりの息子に幸せか、と聞くのは余りにも不適切。普通の家庭なら、まだ喪に服している事だろう。

 でも、母は違った。悲嘆に暮れる事もなく、いつもと変わらない笑顔で『おはよう』と言ってくれる母が居たから、僕もそこまで辛くはなかった。


「幸せ――かどうかは分からないけど、悪くないよ」

 そう言うと、母は嬉しそうに笑った。

 目を瞑って母を思い浮かべると、微笑んだ顔しか出てこないほど。いつも母は笑っている。

 何を考えているのか分からない一面もあるが、この笑顔は、いつでも僕を安心させた。


「よし、じゃあお母さんもお風呂入ってこようかしら」

 母が立ち上がり、リビングから出て行く。

「やっと半分――。明日は頑張りなさい。初めてでも、修ちゃんがきちんとリードするのよ」

 去り際に放った余計な一言に、僕は無言で手を振る。

 ため息をつく程呆れつつも、悪くないな――と思った。

 でも、何が半分なんだ?



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