夏の予定 3
静かな境内に単調な機械音が鳴り響く。
こんな場所でゲームなど、と怒られるかもしれないが、昔から境内は子供の遊び場なのだ。
神様も許してくれるだろう。
その時、突如腹部に感じた圧迫感に視線を移す。
仰向けに寝転んだ僕の腹部には、小さな蛇が乗っかっていた。
「うおっ!?」
苦手ではない。苦手ではないけど、この距離は流石に驚く。
刺激しないように、離れるのをジッと待つ。しかし、蛇は中々動こうとはしなかった。
仲間になりたそうにこちらを見ている――わけではないが。何を考えているのか、とぐろを巻いたその姿は、くつろいでいる様にさえ見える。
「よっ! はっ! おっ? 修ちゃん何しとるん?」
僕を見つけたのは、石段を軽やかに駆け上がってきた茜。その後ろから中谷さんも現れた。
「あれ? どうしたの?」
「どうもせぇへんで。近くまで来たから寄っただ――け……?」
茜が僕の腹部に陣取る蛇に気付き、目を大きくさせた。まぁ、無理もないだろう。
「……それなんなん? ペット?」
「いや、気付いたら乗っかってたんだよね……」
「野生かいっ!? 噛まへんの!?」
「噛むかもしれないけど、確か毒はないはずだよ」
僕の記憶が正しければ……だけど。
「どうしたんですかっ? きゃっ!? へへ、蛇っ!?」
中谷さんが恐怖に怯えた顔をしている。女の子だし、これが普通の反応だろう。
だが、その表情は茜の何かに火を点けた。
「ゆりっぺは蛇が苦手なんやぁ――」
八重歯を覗かせ、悪魔の様な笑みを浮かべる。ってかゆりっぺって何だ。
「蛇やでー!」
僕の腹部の蛇をおもむろに掴むと、中谷さんに駆け寄った。
「いやああああああああああああああああああああああああああ!」
小さな身体に似つかわしくない程の絶叫と共に、中谷さんが増殖する。
身の危険を感じたのだろう。だが、それは裏目に出た。
「ほれほれ~!」
『いやああああああああああああああ!』
九人の中谷さんが、決して広くはない境内を逃げ回る。
茜からしてみればよりどりみどり。一人を追いかける必要はないんだから。
「あらあら、楽しそうねぇ」
その言葉に、全員の動きが止まる。
増えた中谷さんがフッと消えたが、時既に遅し。完全に見られた。
「茜ちゃん百合子ちゃんこんにちは」
「こ……こんちは……」
「こっ、こんににっわ!」
茜の手からポトリと落ちた蛇が、そ知らぬ顔で何処かへ去っていった。
「丁度お昼出来たから、良かったら二人も食べていってね」
それだけ言って、母が家に戻っていく。
どんな言い訳をしようかと考えていたが――拍子抜けだ。
「やばかったなぁ。絶対見られた思たわ」
茜が胸を撫で下ろす。いや、完全に見られてただろ。
「ですねっ。でも、オーラと同じで普通の人には見えないんですっ」
そっか、オーラは普通の人には見えないんだっけ。中谷さんのアレもオーラと同質なんだろう。
見られなかった事よりも『母が普通の人だった』その事実に少し安心した。
あっという間に時間は過ぎ、空が夕日で染まる頃。二人を見送りに外に出た。
「ほなまた明日! 寝坊したらあかんで!」
「ああ。ちゃんと起きるよ。ところで、水面岬には何で行くのかな?」
「前と同じバスで行くみたいですよっ」
高速で二時間くらいか。虎口交通自慢のマイクロバスは乗り心地も抜群。快適な旅になりそうだ。
「了解。じゃあまた明日ね」
手を振る彼女達を見送り、家に入る。
――いよいよ明日は海だ!
にやけた顔を隠すように、部屋に戻った。
夕食を終え、ソファーでくつろいでいると、隣に座った母の、覗き込むような視線に気付く。
「なに?」
「何でもないわよ」
何でもないなら見ないで欲しい。そんなに見られたら誰だって気になる。
「お父さんが死んだばっかりで、こんな事聞くのもおかしいと思うんだけど――」
少しだけ僕を気遣いながら前置き、唐突に言った。
「修ちゃんは、今幸せ?」
どうしてそんな質問をしたのか、母の微笑みからは、その真意を読み取る事は出来ない。
先月父を亡くしたばかりの息子に幸せか、と聞くのは余りにも不適切。普通の家庭なら、まだ喪に服している事だろう。
でも、母は違った。悲嘆に暮れる事もなく、いつもと変わらない笑顔で『おはよう』と言ってくれる母が居たから、僕もそこまで辛くはなかった。
「幸せ――かどうかは分からないけど、悪くないよ」
そう言うと、母は嬉しそうに笑った。
目を瞑って母を思い浮かべると、微笑んだ顔しか出てこないほど。いつも母は笑っている。
何を考えているのか分からない一面もあるが、この笑顔は、いつでも僕を安心させた。
「よし、じゃあお母さんもお風呂入ってこようかしら」
母が立ち上がり、リビングから出て行く。
「やっと半分――。明日は頑張りなさい。初めてでも、修ちゃんがきちんとリードするのよ」
去り際に放った余計な一言に、僕は無言で手を振る。
ため息をつく程呆れつつも、悪くないな――と思った。
でも、何が半分なんだ?




