夏の予定 2
「話は変わりますが、皆さん夏休みの予定はおありなのかしら?」
「私は特に無いが、どうかしたのか?」
龍ヶ崎さんの問いに先輩が答えた。先輩だけではなく、他の皆も特に無い様子。
僕だけじゃない事に少し安心した。
「でしたら、親睦会もかねて小旅行などはいかがかしら?」
「お~。ええやんええやん! 行こうや!」
旅行か。去年までは毎年どこかしら行ってたな。
離れて暮らす家族が集まる、大事なイベントだった。父が亡くなった今では、そんな話も無くなったが。
「悪くないな。でも、何処に行くのだ?」
「家の別荘が水面岬にありますの。そこでどうかしら?」
「水面岬やて!? お金持ち御用達の避暑地やんか! いくいく! 絶対行くで!」
水面岬。関西出身の茜でも知っている有名な別荘地だ。別荘所有者専用のプライベートビーチは青く透き通る程だとか。って事は……?
「ふむ。では水着も新調せねばなるまいな……」
「わっ、私も持ってないから買わないとですっ!」
水着回! 水着回だよ! ああ神様。貴方は僕にこんな試練をお与えになるのですか!?
「では、今から皆さんで買いに行きましょうか」
そう言って、チラリと僕の方を見た。
「修司さんは水着をお持ちですか?」
「え? うん。一応持ってるかな」
去年買ったが、殆ど使っていない。新しい物を買うほどでもないだろう。
「では修司さんはお留守番ですわね」
「せやな。お披露目は当日までお預けや」
ぐぬぬ。これも性差の壁か。まぁいいか。楽しみは後にとっておくのも悪くない。
「残念だが仕方ないな。それでいつ行くんだ?」
「明日でいいんじゃないかしら? 修司さん、お母様も誘ってはどうかしら?」
龍ヶ崎さんが発した意外な言葉。
「えっ!? いや、いいよ。皆に迷惑かけちゃうから」
母を連れて行くなど、安心できない保護者同伴。逆に危険だ。
「そんな事ありませんわ。お世話になっていますし、良かったら聞いてみて下さらない?」
「あ……うん……」
人生初の一大イベントが、音を立てて崩れていくような気がした。
――浴宮神社――
「あら、楽しそうねぇ。でも、お母さんは遠慮しとこうかな」
「えっ? 本当!?」
家に帰り、渋々母に話すと意外な返答だった。絶対食いついてくると思ったのに。
「邪魔したら悪いもの。それに、ここを留守にするわけにはいかないわ」
そう言って、境内を見回した。
「ずっと寂しい思いをさせてたから、一緒に居てあげないとね」
それは、父を思う母の気持ち。ずっと離れて暮らしていた両親の、思いの強さを感じた気がした。
「そういえば――昨日の男の子達、野犬に襲われたみたいよ。怖いわねぇ」
何気ない母の一言に、ドキッとした。
すっかり忘れていたけどどうなったんだ?
「そ、そうなんだ? 大丈夫だったの?」
「酷い怪我だったらしいけど、命に別状はないって」
ホッと胸を撫で下ろす。自業自得とは言え、流石に死んでたら後味が悪い。
「悪い事は出来ないものねぇ。ちゃんとバチが当たるのよ」
「あ、うん……そうだね」
こうなるのを知っていたかの様な口ぶり。
いつもと変わらない母の笑顔が、少しだけ恐ろしくなった。
部屋でゴロゴロしながら妄想にふける。
今頃、皆で水着を選んでいるんだろうか。試着室で繰り広げられる七変化――。
その時、部屋に着信音が鳴り響いた。噂をすれば何とやら、画面には虎口先輩の文字。
「もしもし。私だが、今自宅かな?」
「あ、はい。家にいましたが、どうかしたんですか?」
「明日の出発は朝の九時に決まった。それを伝えようと思ってな」
話の内容は明日の事。電話の向こうから聞こえる関西弁は、彼女達がまだ一緒に居る事を告げていた。
「では明日迎えにいくよ。寝坊しないようにな」
「ハハ……。明日はちゃんと起きます」
「あ、そうだ。何か――変わった事はないか?」
先輩が何かを思い出した様に言った。
変わった事? 今のところは何もない。帰ってきて、ダラダラすごしているだけ。
「いえ、特に無いですけど……」
「そうか。何も無いならいいんだ。ではまたな――」
電話を切った後、先輩の言葉が少しだけ気になった。
ただ何となくそんな質問をしたわけじゃないはず。何かを感じているのは間違いないだろう。
「修ちゃん電話よ~」
下から母が僕を呼んだ。電話? 一体誰が?
「誰?」
「分からないけど、女の子だったわよ」
ますます分からない。彼女達なら僕の番号を知っているはず。
「誰だろう――もしもし? あれ? 切れてるよ?」
「あら? 切れちゃったのかしらね」
「どんな感じの声? 聞いた事ある?」
「可愛い感じの声だったけど、多分家には来た事ないんじゃないかしら」
彼女達ではない事が確定。他に電話をかけてくる女の子――見当もつかない。
薄いところを引くなら、クラスメイトが連絡網を使って――ってのもあり得なくは無い。
でもそれなら女の子じゃなくてもいいはずだ。
その時、ふと先輩の言葉を思い出す。
何気ない一本の電話。だが僕の日常生活においては、女の子からの電話は何気ない出来事ではない。
まさか……今日道場で話題に上ったストーカーか!?
すっかり男だと思っていたけど、よく考えれば先輩には同性のファンも結構いる。
先輩に近づく異性――僕が憎悪の対象になってもおかしくは無い?
そうか、分かったぞ。先輩は僕の身を案じていたんだ。
もしかしたら僕に被害があるかもしれない――あの質問はそう思っての事。
「またかかって来たら、居ないって言っておいてくれる?」
「いいけど、女の子無視しちゃ可哀想よ?」
「いや、多分いたずら電話だと思う。もしアレだったら用件聞いてみ――」
リビングに鳴り響くコール音と、タイミングを見計らったような、消防車のサイレンの音。
何故か分からないが、背筋が凍るような感覚を覚えた。
「はい、神崎です」
母が電話をとって、チラリと目で合図する。僕は声を出さず、両手で大きくバツを作った。
「ごめんなさいね、今丁度出かけちゃって――え? 場所? え~っと……」
母がまたも目で合図する。場所!? なにそれこわい!
「ちょっと分からないかな~。帰ってきたら用け――あら、切れちゃったわ」
「ええ……。怖すぎるってそれ……」
「電波が悪かったのかしら? お外からかけてるみたいだったし、消防車の音がうるさかったわよ」
「消防車の……音……?」
ちょっと待ってくれ。消防車の音がうるさかったって?
今消防車が通ったのは下の旧道だ。
この田舎町、消防車が二台も同じ時間に別の道を走っている事などあるだろうか。
「どうしたの? 怖い顔しちゃって?」
「……ちょっと外を見てくるよ」
嫌な胸騒ぎを感じ、外に向かった。
いつもと変わらない境内。家の敷地ながら、少し警戒心が芽生える。
昼前だからいいものの、夜だったら布団を被って震えているところだ。
流石に危害を加えられる心配はないと信じたい。女の子だし、話せば分かってくれるはず。
緊張感に包まれながら、向拝に腰掛ける。
だが数分後、僕は寝転んでアプリに興じていた。




