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干支っ娘!  作者: kure
30/71

夏の予定

 暗闇の中、視界に映る天井から、ここが先輩の道場だと認識した。そして、生きていた事に安堵する。

 横を向くと、他にも布団が敷かれていた。

 気持ち良さそうな寝顔を見せる先輩達。また彼女達に助けられたらしい。

「あ……君は……」

 僕の枕元、僕を見守っているかのように、彼女はジッと座っていた。

 

「大丈夫だった? 怪我してない?」

 彼女は無言で頷き、目を潤ませた。

「ごめんなさい……アタシ……」

「あっ、いいよ大丈夫だか――」

 泣き出しそうな彼女に、身体を起こした瞬間。目の前の景色がぐにゃりと歪む。

 頬で感じる、ひんやりと柔らかい太もも――もももっ!?  

「ご、ごめん! 身体が言う事を聞かなくて……」

「ううん。大丈夫……」

 少し驚いた顔をしたが、硬い表情ながらも彼女が笑う。

 貧血かな。あれだけ血を流したんだから当たり前か。


 恐る恐る首をさすると、傷ついた形跡は何処にもなかった。

「もしかして、治してくれたの?」

「多分……。そうかも……」

「そっか。うん。ありがとう」

 そう告げた瞬間、彼女の背後から音が聞こえた。

 柔らかい物が床に落ちたような。『ぼふっ』とか『もふっ』とかそんな感じの。

「ん? 今何か鳴らなかった?」

「な、鳴ってない……」 

 少し顔を逸らし、恥ずかしげに言った。気のせいかと少し黙ってみると、またも音が鳴った。それも数回。


「……鳴ってるよね。何の音?」

 顔を逸らしたまま、彼女は観念したように呟く。

「……尻尾」

「え。尻尾生えているの? 元々?」

 僕の問いに、首を横に振った。

「消えない……」

 彼女の膝を枕にしている僕からは確認出来ない。尻尾の生えた黒ギャルとか、見る機会はそうそうないはずだ。チラ見マイスターの僕としては是非拝んでおきたい。

 だが、まだ身体は動かなかった。心地良いふとももの感触に、本当は動かす気などなかったのかもしれない。


「そうなんだ。寝て起きたら多分戻ってるんじゃないかな? 僕はもう大丈夫だから、ゆっくり休んだほういいよ」

 あんな目に合ったのに、彼女はずっと僕を気にかけていたんだろう。乱れのない整った布団が、それを物語っていた。

 派手な外見をしていても、彼女はとても優しい心を持っている気がする。

「ごめん。まだ動けないから、おろしてくれるかな? 僕ももう一眠りするよ」

 そう言うと彼女は頷いて、ゆっくりと僕をおろし、布団に戻っていく。


 彼女の後姿、下着から飛び出る尻尾に、僕は心の中で大きくガッツポーズをした。

 人智を超越したコラボレーション。下着の脇から僅かに見える、白い肌とのグラデーションも素晴らし……い……?

 何で下着なんだ!? ホットパンツは何処にいった!? 

 ってことは、ずっと僕はパンツ一枚――『パンイチ』の彼女に膝枕をされていたという事か!

 ただでさえ足りない血液が一点に集中する。その瞬間、僕の意識は途切れた。



 再び目を覚ました時には、すっかりと夜は明けていた。

 周りに敷かれていた布団も今は無く、彼女達が競うように、道場の床を雑巾がけをしていた。

 一見ただの雑巾がけ――だが侮る事なかれ、年頃女子の雑巾がけには見所が満載だ。

 まずはあの前屈姿勢だ。二足歩行を主にする人間でありながら、獣の様な姿勢。普段では中々目にすることが出来ない。

『四つんばいになれ』などと言えるシチュエーションが多々あるだろうか? 

 答えはNOだ。だが、雑巾がけならばいとも容易い。

 胸を揺らしながら向かってきて、お尻を突き上げて戻っていく。

 寄せてはかえす波の様に、僕の本能に白波を立てる――最高だ。


「大変な目に合ったと聞いて飛んでくれば。余計な心配だったみたいですわね」

「りゅ、龍ヶ崎さん!?」

 彼女達に見蕩れていた僕を、冷ややかな目で見つめる。背後からの奇襲、これは想定外だ。

「おっ、修ちゃんが起きたでー!」

 茜が声を上げ、雑巾をかけたまま向かってくる。その後ろには中谷さんも。

 この中で一番ふくよかな胸を持つであろう黒ギャルと先輩は雑巾がけレースから戦線離脱。少し残念だ。


「もう大丈夫なん? 具合悪ないか?」

「ああ。大丈夫だよ。皆、迷惑かけてごめん」

「迷惑などではない。君は彼女を守ったんだ。何も謝る事はないんだよ」

 先輩が優しく微笑む。

「守っただなんて……。僕には何も出来ませんでしたよ」

「そう思っているのは君だけだ。本人は君に助けられたと思っているよ」

 先輩が促すように彼女の方を向くと、彼女は深く頭を下げた。

「ご迷惑をかけてすいませんでした。それと、本当にありがとうございました」

「あ、いや……。そう言われると何だか困っちゃうな。気にしないでよ」

 感じる気恥ずかしさ。少しだけ嬉しくもあった。

 いつも守られてばかりの僕が、誰かを守れるなんて思わなかったから。


 皆が集まり、改めて自己紹介をした。

 狗飼さんが僕と同じクラスだった事に驚いたが、僕が転校して来てからは学校に来ていなかったらしい。


「そういえば貴女、誰かに恨みを買われていたりしませんか?」

 話も一段落した時、思い出したように龍ヶ崎さんが先輩に言った。

「私がか? いや、身に覚えがないな。どうかしたか?」

「道場に入るとき、誰かに見られている気がしましてね」

「蓮ちゃんのファンの人達ですかね?」

 そういえば忘れてた。先輩は時雨高校では、男子はもとより、女子も憧れる人気者。平凡な男子学生がおいそれと近づける存在ではない。


「そんな穏やかなモノではありませんでしたわ。もっと邪悪で、憎悪にまみれた気を感じましたもの。残念ながら姿は見えませんでしたけどね」

「それってアレちゃうん? ストーカーちゃうん? 先輩にフられた男が恨みを抱いて――」

 先輩を襲うように両手を挙げ、茜がおどける。

 ストーカーか。僕には縁の無い、人気者ゆえの悩みだ。

 まぁ先輩に被害は及ぶ事はないだろう。返り討ちに合うのが目に見えている。


「うむ……あり得ない話ではないが、交際を申しこまれた際は恨まれる断り方はしていないはずだ」

「そんなんわからんで。いつもどないしてんのか見せてや! ほな、修ちゃんが告白役で!」

「ええっ!? 僕が!?」

 茜の無茶振り。例え冗談だとしても、告白なんてしたことが無い。何て言えばいいんだ。


「えっと……。こっ、虎口先輩、僕とつっ、付き合ってくれますか……?」

 ただの例え――分かっているけど緊張感が半端ない。固唾を呑むような沈黙もまた。

「わっ、私でいいのか……?」

 頬を赤らめ、照れた様子で先輩が言った。なにこれ? 流れおかしくないか?

「な……なんでやね~ん!」

 茜がツッコミ代わりに先輩を押し倒す。

 緊張の糸が解け、少しホッとしつつも、心臓の鼓動はしばらく治まらなかった。

 

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