不動龍陥落 4
――浴宮神社――
石段を上がり、静かな神社の境内を抜ける。
「修司さん、まだ起きてるみたいですわね」
二階の窓に灯る明かり。彼の部屋だ。一階にも人の気配がある。
もしさっきのが彼の母なら、急いで来た私達より早く戻っているとは考えがたい。
「訪ねてみますか?」
「いや、いいだろう。戻ろうか」
夜も遅いし、わざわざ訪ねる必要もあるまい。
帰ろうと背を向けた時、玄関の扉が開いた。
「あら。蓮ちゃんに、龍ヶ崎さんじゃない。こんなところでどうしたの?」
扉を開けたのは、白襦袢に身を包んだ彼の母。
もう休むところだったのだろう。やはりアレは見間違いか。
「こんばんは母上殿。ちょっと近くまで来たもので――お騒がせして申し訳ない」
「あら、いいのよ。疲れたでしょ? お風呂沸いてあるから入っちゃいなさい」
「え? いや、私達は――」
「ほらほら、綺麗にしないと嫌われちゃうわよ」
彼の母は私達の腕を抱え、家に引きず――招き入れた。
「ふぅ。気持ちいいですわね」
言われるがまま――私達は神崎家のお風呂に浸かっていた。
どうやら泊まって行く事になったらしい。
「ああ。沸かしたての新湯とは、何だか申し訳ない気分だよ」
「私の後に……修司さんが浸かるのですね」
何を考えているのか、龍ヶ崎が恍惚とした表情を浮かべる。
私の入ったお湯に……彼が入るのか――。
「今、ふしだらな事を考えていましたね?」
「なっ!? 何を言うか! 変な事を考えていたのはお前のほうだろう!」
龍ヶ崎がドキッとした顔をする。湯気と共に、気まずい空気が風呂場に漂った。
「どっ、どこまでしましたのですかっ」
横を向いたまま龍ヶ崎が口を開く。
「何の事だ?」
「その――修司さんと――」
遠慮がちなトーン。その瞬間、私はその言葉の意味を理解した。
「わっ、私は何もしておらん!」
思わず立ち上がる。動揺しているのは、自分が一番分かっていた。
「丸見えですわよ。はしたない人ですね」
「おっ、お前が変な事言うからだろう! 全く……」
再び湯に浸かると、龍ヶ崎が考え込むように呟いた。
「じゃあ一体誰と……」
「な、何の話だ……?」
「お母様が言っていましたわ。女の子とヤりたい放題で困ってるって」
「やっ、やりたい放題だと!?」
まさか! 彼に限ってそんな事あるはずない!
「だから……見えてますわよ」
「……すまん。だが、それは母上殿の勘違いではないのか?」
「いえ……修司さんもそういう行為は大好きだとおっしゃってましたわ」
「なん……だと……?」
彼が……そんな事をしていたのか? 一体誰と!?
交友関係は全て把握しているつもりだった。女の影はおろか、親しい友人すらいないはず。
茜? いや、あいつはまだそこまでの仲ではないはずだ。確かにボディタッチは多々あるが、それは茜が一方的にしているだけ。彼はそこまで喜んではいないはず。
「百合子……?」
「まさか! 百合子ちゃんはそんな子じゃありませんでしょう?」
「そうだ。百合子はそんな子ではない。だが、何も知らないからこそ、言われるがままに……」
「そんな……」
――真偽を、確かめねばなるまい。
部屋のドアを開けると、彼は電気をつけたまま気持ち良さそうに寝ていた。
「よし、起こそう」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! まずは証拠を集めるのが先決じゃありませんこと? いくら問い詰めても、シラを切り通されたらそこまでですわ」
ベッドに手をかけた私を龍ヶ崎が止めた。
確かに、彼女の言う事も一理ある。百合子に堅く口止めをしている可能性も。
まずは退路を塞ぐのが先か。
「よし、ではこれより捜索に入る。私は机を調べるから、お前はタンスを頼む」
「分かりました。でも、何を探すのかしら?」
「百合子は彼と同い年だが、見た目は幼い。もし彼にそういう趣味があるのなら、その片鱗が隠されているはずだ」
「鋭い推察力ですわね。では早速探しましょう」
極力物音を立てぬように、私達はミッションに取り掛かった。
「見つかりませんわね……」
机の隅からタンスの裏まで、どこを探してもそれらしい物証は出てこなかった。
「いや待てよ。余りにも不自然だとは思わないか? 健全な男子なら一冊くらいはあってもよさそうなモノではないか?」
「確かにそうですわね――そういえば聞いた事がありますわ……。男子は、ベッドの下によく隠すと」
言われてみればそうだ。それは私も聞いた事がある。
「龍ヶ崎――それだ」
「よし、せーので上げるぞ」
決して起こさぬように、二人がかりで彼を持ち上げる。
今まで試合で感じた緊張とはまた違った感覚。それは龍ヶ崎も多分同じであろう。
下の布団にゆっくりと彼を下ろし、ついに本丸に辿り着いた。
「め、めくるぞ……」
「え、ええ……」
期待と不安を指先に乗せて、マットレスに手をかけた。
「あっ! あっ! あ――」
「ばっ、馬鹿! 声が大きすぎた!」
とっさに龍ヶ崎の口を押さえる。
彼女が驚くのも無理は無い。マットレスの下、確かにソレは存在した。
「そ、そんな……修司さんが……」
『美少女コレクション』と題されたその本の表紙には、女の子が一人写っていた。
ランドセルを背負った幼子――。
心に穴が開いた気分。
勘違いであってほしいと思っていた。だが、全てはこの本が物語っている。
「……そんな趣味があったとは――こっ、これは!?」
「どうしたのですか?」
失意に暮れながら開いたページに思わず声を上げる。
そこにはブレザーを着た、少し大人びた少女の姿があった。
『先輩』と大きく書かれた見出し。その構図から、先輩の女子に興奮を覚えるシチュエーションである事は明白。
「わ、私の事じゃないか!? なぁ! これ私の――」
「声が大きいですわ! ちょ、ちょっと見せなさい。次のページはどうなっていますの」
龍ヶ崎がめくった次ページ。気品溢れる女性が、見下すように足を組んでいた。
「こっ、これは私じゃないですか!? ほら、お嬢様って書いてありますわよ!」
「お嬢様はお嬢様だが、金髪の巻き髪はまるで正反対ではないか。どれ、次は――」
タンクトップを着た、ボーイッシュな女の子。思わず顔を見合わせ、またページをめくった。
女医。猫耳。不良娘。外国人――。
「誰でも……いいのではないか……?」
のんきに口を開けて眠る彼の顔を見る。何だか、凄く疲れた気がした。
「もう寝ようか――って何をしているんだお前は」
龍ヶ崎がベッドに寝転がり、食い入るように本を見つめていた。
「いっ、いえ。後学のために少し……」
「そ、そうか。でっ、では私も少しだけ……」
肩を並べ、二人でしばし本を見る。ページをめくる手が止まる事は無かった。
「これは――凄いな……」




