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干支っ娘!  作者: kure
23/71

不動龍陥落

「おい――いつまで寝てるんだ」

「ん……? こっ、虎口先輩!?」

 僕に朝を連れてきたのは、目覚ましでも、太陽の光でもなく、少し呆れた表情の先輩だった。

「時間になっても来ないから迎えに来たんだ」

 時計に目をやると、約束の時間を三十分も過ぎていた。

「あっ、すいません! 急いで支度しますからっ!」

 ベッドを飛び出し、階段を駆け下りる。昨日アラームをセットしたはずなんだが――とんだ失態だ。

「あ、修ちゃんおはよ~」

「おはようございますっ!」

 リビングにいた二人に挨拶をかわし、急いで顔を洗う。

 十二本の歯ブラシの事などすっかり忘れていた。


「はい、修ちゃんこれ」

 慌しく準備を済ませると、母が大きな包みを手渡した。手で感じる重箱の重さ――弁当?

「皆で食べてね」

「え? あ、うん。ありがとう――」

 あれ? 僕なにか言ったっけ? 何で弁当なんて――まぁいいか。

 

「よし、じゃあ行こうか」

 境内を抜け、石段を降り旧道へ出ると、僕達を待つようにバスが止まっていた。

「会場までは少し距離があるからな。父に頼んで車を回してもらったんだ。さぁ乗ってくれ」

 虎口観光と書かれた大型のバス。先輩の家はバス会社をやってるのか。

 いや待てよ、風の噂で聞いたのは違う社名だった気がする――色々やってるんだろう多分。

 ピクニック気分で盛り上がる車内。僕達は会場へと向かった。

  

――会場―― 

 

 駐車場に停められた車の数から、その混雑ぶりが伺える。県外ナンバーもちらほら。結構大きな大会らしい。

「へ~。色んなとこから来てるもんなんやな」

「全国大会の予選だからな、それなりに人も集まるんだ」

「そんな大事な試合なのに何で辞退なんてしたん? 先輩にとって、今年が最後とちゃうん?」

 茜の何気ない質問。疑問に思うのも当然だ。

 だけど、その理由を知っている僕は、やりきれない気持ちになる。

「まぁ優勝経験が無いわけでもないんだ。後進に道を譲るのもまた一興さ」

 そう言って先輩は微笑んだ。気にさせまいとする先輩の優しさも、僕の胸を締め付けた。


 中に入ると、すでに試合は始まっている様子。人は会場の方へと集まっていた。

「あれ、虎口道場の当主じゃないか?」

 カメラを持った男性が、入ってきた僕達――虎口先輩に気付いた。腕に着けられた腕章から、それがマスコミ関係である事が分かる。

「虎口さん! どうして辞退をしたんですか!?」

「虎口さん! 剣道を辞めると言うのは本当なんですか!?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ――」

 一斉に詰め寄られた先輩が少し困惑した表情を浮かべた時、空を切る音を立て、茜の蹴りが一人のカメラに向けられた。

「先輩はプライベートやけん取材はお断りや。カメラが壊れる前に道開けや~」

 レンズぎりぎりの完璧な寸止め。その足はまるでモーゼの杖の様に、報道陣の波をかきわけた。

「悪いな茜」

「ええって事や! さぁ行こか!」

 出会った頃の険悪な雰囲気がまるで嘘の様に、二人の距離はすでに縮まっている。

 仲良く並んで歩く彼女達。その光景がとても微笑ましかった。



「お、丁度良かった。これから龍ヶ崎の試合が始まるぞ」

 先輩の言葉に前を見る。二人の選手がいたが、防具のせいでどっちが龍ヶ崎さんなのか分からない。

「左が龍ちゃんやな」

「え? そうなの?」

「そんなん見て判るやろ? なぁ?」

 茜の言葉に全員が頷く。あれ? 僕だけ?

 背格好も同じだし、彼女達はどうやって判別しているんだ。


 両者が向かい合い、審判の掛け声で試合が始まった。その瞬間に会場が静まり返る。

 今大会、優勝間違い無しと言われる龍ヶ崎さんの試合。注目の一戦だ。

 両者目立った動きはないが、じりじりと様子を伺う相手とは対照的に、龍ヶ崎さんは微動だにしなかった。

「不動龍は健在――か」

「不動竜、ですか?」

「ああ。あいつが自分から仕掛ける事はほぼ無い。相手の動きを鮮やかにかわし、反撃を叩き込む。そんなスタイルからついた二つ名だ」

 その言葉通り、相手が先に動いた。間合いを詰め、大きな掛け声と共に竹刀を振り下ろす。


「勝負あり!」

 審判の掛け声と赤旗が挙がる。それは一瞬の出来事だった。

 龍ヶ崎さんが相手の攻撃を振り上げた竹刀でいなした瞬間。パン! と言う小気味いい音と共に、相手の竹刀が地面に落ちた。

「え? もう終わったんですか?」

「龍ヶ崎の試合はいつも一瞬だよ。でもあいつが小手打ちとは珍しいな。いつもは余り――いや、私でも殆ど見た事が無い。まぁ小手で一本勝ちできる選手は中々居ないが」

 初めて見る剣道の試合は、とてもあっさりと終わった。

 それだけ龍ヶ崎さんが強いと言えばそうなのだろう。素人の僕には少し物足りなく感じたが。


「ふむ。どうやらもう一試合あるらしいな。龍ヶ崎にとっては準決勝と言った所か」

 先輩が何処からか入手した紙を見ながら言った。

 あと二戦か。こんな事を言うと怒られるかもしれないが、案外あっさりと終わりそうだ。

「ところで、先輩と龍ちゃんはどっちが強いん?」

「私だな。公式の試合では私が勝ち越している」

 即答だった。多分龍ヶ崎さんに同じ質問をしても、自分の方が強いと言うだろう。

 中谷さんが茜に耳打ちをしている。真実を告げているのだ――引き分けだと。


「でも、ウチ龍ちゃんとは戦いとうないなぁ」

「そうなの? 何で?」

「上手くは言えへんけど――龍ちゃんの方が危険っちゅうか、こう――殺気があんねん」

 茜の言葉に思い出す。二人が最初に会った時、茜は龍ヶ崎さんから逃げるように距離をとった。

 あの時、茜は殺気を感じたんだろうか。   

「まぁ今のウチじゃ敵わへん。もっともっと精進せな!」

 ワンツーを繰り出す茜。今のままでも十分強いと思うが。

 現状に満足していては、彼女達の様な強さは得られないのだろう。


「僕も何か習おうかなぁ」

 男なのに、女の子に守られっぱなしってのも少々情けない。

 かっこよく女の子を守るヒーローには成れないかもしれないが、せめて自分の身は自分で守れるくらいには。

「おっ。ほないつでも付き合うで! 修ちゃんが望むなら――寝技でもえんやで?」

 八重歯を覗かせ、小悪魔の様な笑みを浮かべる。生憎だが、僕が四の字固めで悶絶してる姿しか想像出来ない。どうせやるなら中谷さんが――。

「ほら、もう試合が始まるぞ」

 先輩の声に、再びコートに視線を戻す。試合が始まると、先程とは違う展開だった。


「相手、動く気配がないですね」

 合図の後も、相手はまるで動く気配を見せなかった。不動龍に対抗するか如く、じっと待ち構えている。

「たまにいるんだよなああいう輩が。下手の考え休むに似たりと言うが、試合中に休んでいれば――」

 先輩が呆れ顔を浮かべたその時。 

 龍ヶ崎さんの剣先が僅かに動いたかと思った瞬間、咆哮と共に小手を打つ轟音が響いた。

『一閃』そんな言葉が相応しい程の素早い攻撃。

「勝負あり!」

「打ってくれと言っているようなものだ――」

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