虎猿再争 2
テーブルを片付け、道場の真ん中、再び二人が対峙する。
「やっぱりこうなっちゃうんだよな……」
「当然ですわ。なんですのあの無礼な態度。ここが私の道場なら、私が分からせてあげますのに」
龍ヶ崎さんも相当ご立腹な様子。まぁ、当然といえば当然か。
でも、どうして茜はこんなにも喧嘩腰なんだろうか。普段はそんな感じじゃないんだけど。
「あれ? 二本?」
道具を取りに行った中谷さん。戻って来た彼女の手には二本の竹刀が握られている。
「剣道で勝負をつけるつもりなのかしら? あれじゃ負ける事は無いと思いますけど……」
同じ土俵に立ってしまえば、もちろん先輩が勝つはずだ。だけど、そんな事を考える人じゃない。
「なんや、ウチ剣道はできへんで」
二本の竹刀を見て、茜が怪訝そうな顔で言った。
「そうではない。これは私が使うのだ」
「ああ。なんや、そう言う事か。それは折られた時の予備っちゅうわけやな」
予備の竹刀。確かに、昨日の事を考えると当然だ。
だが、先輩の放った一言に僕達は驚いた。
「予備ではない。二本使うのだ」
両手に竹刀を持つ――二刀流。
「そんな……あんなのありえませんわ!」
「二刀流、がですか?」
「いえ。二刀流も確かに珍しいですが、最近は一般の大会ではちらほら目にします。だけど、普通二刀流というのは、片方を通常より短い竹刀を使うのです。それにあの持ち方――」
先輩の左手、竹刀の先端が後ろを向いている。逆手で握っているのだ。
「そもそも二刀流のメリットは無いに等しいのです。威力もスピードも劣りますわ。素人ならまだしも、相手の実力は彼女が一番分かっているはずなのに……」
確かに片手で振り回せるほど軽いものじゃない。
龍ヶ崎さんも知らない、先輩の二刀流。一体どんな戦いになるんだ。
「見た目はええけど、それは失敗や。素人のウチでも分かるで」
「まぁ、やればわかる。それより、早く力を解放したほういいぞ。私は昨日と同じく、力は使わないがな」
先輩の言葉に、その場にいた誰もが再び驚いた。その条件は余りにも不利。
「聞こえなかったのか? たかが猿如き、狩るのに力は要らぬと言っているんだ」
またも見せた、先輩の挑発的な笑み。それは茜の導火線に火を点けた。
「たかが猿如き……やて……?」
茜の身体から湧き上がった赤いオーラ、それが猿の姿に変わる。
毛を大きく逆立てた、愛嬌の欠片も無い獰猛な獣。
「言い方が悪かったか? では、猿風情――か?」
「出さへんのやったら、出させたるわっ!」
大きく叫ぶと共に、茜が一直線に走り出した。
「接近戦じゃ分が悪いですわ! 距離をとらないと!」
龍ヶ崎さんの声より先に、茜が先輩の懐に飛び込む。
その速度はとても早く、昨日とは比べ物にならない。
だが、攻撃を仕掛けたはずの茜が大きく吹き飛んだ。
茜の身体は床を転がり、道場の壁に叩きつけられた。
「あ、あれは……」
龍ヶ崎さんが驚いた顔を見せる。そんな龍ヶ崎さんに、何かを伝えるように先輩が微笑んだ。
先輩が何かをしたのは間違いない。だけど、僕には何が起こったのか分からなかった。
「今、何をしたんですか?」
「身体を回転させて、相手の攻撃をかわすと共に叩き込む。今の技は龍尾鉄鎚。私の技ですわ。真似事にしてはまぁまぁでしたわね」
何故龍ヶ崎さんの技を使ったのか――それは、先輩が技を出した後の微笑み。そして、横で嬉しそうに微笑む龍ヶ崎さんを見て理解した。
茜に怒りを抱いていた龍ヶ崎さんの代わりに、彼女の技を使ったんだ。
普段はいがみ合っていても、二人の仲はそんなに悪くない。
「くっ……中々やるやん。でも、こんなもんじゃウチは倒れんで!」
茜はすぐに起き上がり、再び構えた。警戒しているのか、先程の様に飛び込まず、様子を伺っている。
「さぁ! 次はこちらから行くぞ!」
先輩が走り出す。身体をひねらせながら放たれる、無数の剣が茜を襲う。
手足を巧みに使い防いでいるが、その勢いは止まらない。舞を踊る様に剣を振るう先輩の前に、茜は何も出来ずにいた。
「勝負は――見えましたわね」
龍ヶ崎さんが目をふせる。確かに、この状況を見れば誰だってそう思う。
だけど、昨日も同じだった。勝敗は最後まで分からない。
「れっ、蓮ちゃん!?」
中谷さんの声に、一瞬離した目を戻す。
僕達が見たのは、信じられない光景だった。
つい今まで猛攻を繰り出していた先輩の動きがピタリと止まっている。
その前では、茜が身体をほぐすように伸びをしていた。。
「一体どうなっているんですの……?」
先輩が周囲を見回す。その目はしっかりと開いている。
しかし、彼女の様子は、暗闇の中を手探りで歩いている時のソレだった。
「見えていないんだ……」
あの夜の僕と同じだ。
先輩は何も見えていないし、聞こえてもいない。
多分間違いない、あれが茜の能力なんだ。
「修ちゃん。もうええやろ? こいつらおらんでも、ウチ一人で十分やん。修ちゃんの事はウチが絶対守る。だからウチだけでええって言うてや。いらん怪我させとうないねん」
八重歯を覗かせ、優しく僕に問いかける。
そんな事言えるわけがない。でも、言わないと先輩が――。
「そう……だな――」
「修司さん!?」
僕には何の力も無い。
鬼や十二支枝のオーラが見えるとは言っても、それが主である証拠にはならない。
「先輩に勝てたら――茜だけでいいよ」
だけど、僕が主だと皆は信じてくれている。だったら、僕も皆を信じるだけだ。
「そっか――ほな、しゃあないなあっ!」
茜の振り上げた足が、立ち尽くす先輩の顔面を襲う。
しかし、その攻撃は当たる事はなかった。
「なっ!?」
見えていないはず、聞こえていないはず。それなのに攻撃を避けられた事に、茜が驚きの声を上げる。
そして、茜が構え直すより速く、左右から放たれた剣が茜の首を襲う。
「ダメえええええええええええええええええええええええええっ!」
中谷さんの声が道場に響いた。
「あ……あ……」
竹刀は、まるで茜の首を挟むようにピタリと止まっていた。
後数センチ進んでいたら――考えるのも恐ろしい。
糸の切れた人形の様に、茜は膝から崩れ落ちた。
「これで一勝一敗だ。もう一戦しようか?」
先輩の言葉に、茜は何も言わなかった。もうさっきまでの元気は無い。黙って床を見つめていた。
「最後……見えてたんか……?」
俯いたまま、茜が力なく呟いた。
「何も見えなかった。だが、心眼を使えば造作も無い」
先輩がさらりと言い放つ。造作もないって……普通はそんなもの使えないんだけど。
「ウチの完敗や……もう好きにしたってや……」
そう言った、茜の声は震えていた。全力で戦って誰かに負ける――彼女達にとって、それはとても辛い事なんだろう。
どこかで自分を慰められるように、諦める理由を探す僕と違って。
「では、力を貸してくれるか?」
「ウチでええの……?」
「当たり前だ。私達は、同じ使命を持つ――仲間じゃないか」
その言葉に、堰を切った様に流れ出した茜の涙が、道場の床を濡らす。
ぶつかりあって、お互いを知る――少しだけ、彼女達が羨ましく思えた。
「あかん!」
落ち着いた茜に声をかけようと、少し近づいた瞬間、突然茜が僕を止めた。
「修ちゃんはあかん! 来んといて!」
謎の拒絶。あれ? 僕何かしたか? 全く身に覚えがない。
「せ、先輩ちょっと……」
「どうした?」
茜が虎口先輩を声をかけ、耳元で何か話している。ってか今『先輩』って呼んだよな。
「神崎君、ちょっと来てくれ」
「えっ、あ、はい」
真顔の先輩に誘導されるがまま――道場の入り口へ。
「呼びに来るまでここで待っていてくれ」
そう言って扉を閉める。道場の入り口にポツンと一人。
あれ? 僕追い出された? 何で?
閉められた扉を見つめながら、一人、理由を探した。




