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干支っ娘!  作者: kure
20/71

虎猿再争

 スマホのアラームが朝を告げる。久しぶりにぐっすり眠れた――と言えばそうでもない。ベッドから香る他人の匂い。一昨日ついたであろう二人の女子の香りは、僕の煩悩を著しくかきたてた。

「あら。修ちゃんおはよう」

「おはよう」

 テーブルの上に並べられた朝食。メインは毎日変わるが、漬物と味噌汁、このサイドメニューは変わる事はない。

「どうしたの? 美味しくない?」

「いや、旨いよ。旨いなぁと思っていただけ」

「いつもと変わらないわよ。変な修ちゃん」


 いつもと変わらない。ソレは安心を与えてくれる、無理に変える必要もない。今までそれで良かったんだから――そう思っていた。

 だけど今は違う。変わらない事がこんなにももどかしい事とは思わなかった。

 皆は十二支枝として目覚めてから、今までの生活とは大きく変わった。僕が変えてしまった。

 そんな僕は、今までと何も変わらない。

 その事実は、僕の心に影を落としていた。



 家を出て境内に向かうと、すぐに茜の姿を見つけた。

 タイトなTシャツと赤いスパッツ。彼女は天を仰ぐように大きく伸びをする。

「着いたなら、家に来てくれても良かったのに」 

「おっ? おはよ~修ちゃん! 今来たばっかりやねん」

 八重歯を覗かせ、人懐こい笑みを浮かべる。昨日の事が嘘のようだ。


「悪いなわざわざ来てもらって」

「ええねん。どうせ暇やし、修ちゃんのお願いやったら断られへん。でも懲りずに再戦とは、中々見所のある女や!」

「いや、今日はそういうのじゃなく、普通に話をするだけにしようよ……」

 軽快に拳を突き出す茜をたしなめる。またややこしい事にならないといいが……。 


「じゃあ行こうか」

「ちょっと待ってや――」

 茜が、歩き出した僕を呼び止める。  

「修ちゃんのお願い聞いてあげたんやから、ウチのお願いも聞いてくれへん?」

「お願い? まぁ、僕に出来る事ならいいかな」

「出来る出来る、簡単や。じゃ――手つないで行こか」

 そう言って、茜が左手を差し出した。

 ちょっと待て、確かに出来ない事ではないが、難易度が高すぎやしないか。

「そ、それがお願い?」

「せや! つないでくれな行かんで」

 すねた顔をする茜の手を握る。あくまでも平然と、自然に。胸の高鳴りを悟られないように。

「こ、これでいいだろ」

「うん! ほな出発!」

 大した事じゃない、そう自分に言い聞かせて歩き出す。

 どことなく嬉しそうな茜の表情が、僕の胸を一層高鳴らせた。


――虎口道場――


 時刻は九時五十分、僕達は道場の門をくぐる。入り口にある、可愛い靴と高級そうな草履は、すでに全員の集結を告げていた。

 靴を脱いで、繋いだ手を離そうとした瞬間――。

「たのも~!」

 茜が勢いよく扉を開け、そのままグイグイと突き進む。もちろん、手は繋がったまま――だ。


「おはようさん。昨日は痛かったやろ? すまんかったな」

 茜が先輩に声をかける。だが、それは心からの謝罪ではなく、完全に挑発的な態度だった。

「大したことはない――」

 そう言って僕の手元に一瞬視線を移した。とっさに手を離そうとしたが――離れない!?

「ちょ、もういいだろ」

「いつまでって決めてないやん。まだええやろ?」

「いや、おかしいだろ――」

 手を離そうと腕を振る。その時、龍ヶ崎さんが口を開いた。

「随分と仲がよろしいようですわね。紹介していただけますか?」

 藍色の着物に身を包んだ龍ヶ崎さん。その顔に笑顔はない。薄っすらと青みがかったその瞳に背筋が冷たくなる。

「あ、あの――」

「ウチは茜――猿小路えんこうじ茜や。昨日は見んかった顔やな。その着物ええなぁ、どこで買うたん?」 

 茜の言葉を、龍ヶ崎さんはまるで聞こえていない様に、目の前のお茶に手を伸ばす。

……ファーストコンタクトは最悪だ。

 

「うわっ。無視や。田舎の人は怖いわぁ――っ!?」  

 突然茜が僕の手を離し後ろに跳んだ。野生動物が身の危険を察知した様に素早く。

 だが、茜意外は誰一人動いていない。

「どうかいたしました? 関西の人は面白い人が多いですわね」

 茜の行動に驚いたのは中谷さんだけ。二人はまるで気にもとめていない様子。


 無事手も離れ、ひとまず僕達は座った。

 虎口家の座布団の座り心地は最高。多分それなりのお値段がするんだろう。

 だが居心地は最悪だ。机を挟んだ僕の正面に三人、そして隣に茜。この配置、何だか僕が責められているみたい。完全アウェーの茜はいたって平気そうな顔をしている。その精神力が欲しい。


「――早速だが、本題に入るとしよう。猿小路と言ったか――お前、十二支枝を知っているな?」

 茜の表情が変わる。薄ら笑いをやめ、警戒の色を見せた。

「……知ってたら、どないやねん」

「我々も十二支枝だ。今日呼んだのはその為だ」

「あんたらが……十二支枝やて……?」

 驚いた茜も気にせず、先輩は淡々と続けた。

  

「力に目覚めた時、お前も自分の使命を思い出したはずだ。覚えているか?」

「主を守れ――やな……?」

 少し考えた素振りを見せ、茜が口を開いた。やはり、啓示の内容は皆同じだ。 

「そうだ。そして――その主が彼だ」

「修ちゃんが……主やて? それホンマ……なん?」

「まぁ……そうみたい……」

 自覚もないし、胸を張ってそうだと言えるわけではない。とりあえず、これで皆が仲良くしてくれれば。

 しかし、そう上手くはいかないのが世の常。突然、茜が僕に抱きついた。


「これは運命やっ! 修ちゃんが主ならウチが守るっ! 修ちゃんのためなら何でもするで!」

「ちょ、ちょっと――」

 ふと顔を上げると、三人の刺す様な視線が突き刺さる。どうしてそんな目で僕を見るんだ!?

「控えなさい。そんなはしたない真似をして、修司さんが嫌がっているではありませんか」

「妬いてるんか? みっともないで」

「なんですって!」

 茜の言葉に龍ヶ崎さんが立ち上がる。それを先輩が手で制した。

「まぁ待て。私達は同じ使命を持つ者、例え気に入らぬ相手でもいがみ合っているわけにはいかんのだ。主を守るためにな」

 茜の失礼な態度に内心は怒っているはず。だが、そんな態度を微塵も見せない大人の対応。

 流石、当主の貫禄だ。


「いや、遠慮しとくわ」

 茜の言葉に、誰もが耳を疑った。

「あんたらと一緒におっても足手まといになるだけ。修ちゃんを守るのはウチ一人で十分や」

「お前の実力は知っている。だが、これは一人でどうにかなる問題ではない。お前は知らないだろうが、鬼と呼ばれる邪悪な存在が彼の命を狙っているのだ」

「ああ、あれ鬼言うんか。なんや、あんなモン大した事ないわ」

 茜の態度は、鬼を知っている様子だった。 

「茜、鬼を見たのか?」

「修ちゃんに送ってもらった時やな。あんなんワンパンやで」

 茜が力強く拳を握る。

 あの夜――見間違いじゃなかったのか。

 でもどうやって倒したんだ? 気がついたら消えていたような。


「あっ、あの――」

 突然、それまで黙っていた中谷さんが口を開いた。

「あっ、茜さんが強いのは分かりましたけど……みっ、皆仲良くしたほうが楽しいと思いますっ!」

 内気な彼女が、勇気を振り絞って出した言葉。それには茜も少し困った顔を見せた。

 流石に、敵意の欠片も無い、小さな中谷さんには言い返せないのだろう。

「……ともかく、ウチはつるむのが嫌いなんや。群れなきゃ何も出来ん程、ウチは弱くあらへん」

「私達が弱いとおっしゃっているんですか!? もう我慢の限界です! 立ちなさい!」

 茜の頑な態度に、龍ヶ崎さんが怒りをあらわにした。

 結局こうなるのか――でも、良くもった方かもしれない。

 

「まぁ待て龍ヶ崎。猿小路、お前は昨日『武器に頼らなきゃ戦えない武道じゃ相手にもならない』と言っていたな?」

「言うたけど、それがどないしたん? その言葉通り、アンタはウチに負けたやろ」

「ああ、確かに負けた。だが、お前が獣の力を使わなかったら――どうなっていただろうな」

 今日初めて、先輩が笑みを浮かべた。

 確かに、茜が力を使うまでは先輩が優勢だった。あのままいけば先輩が勝っていたと思う。

「そ、そんならもう一度やったってもええんやで! 今度はそっちも使たらええわ!」

「そうか……もう一度手合わせしてくれるか――」

 そう言って先輩は立ち上がる。

 口元を緩めたその微笑には、言い知れぬ迫力を感じた。


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