表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
干支っ娘!  作者: kure
19/71

敗北の鉢合わせ 3

「すまない……負けてしまった……」

「いえ。謝らないで下さい。むしろ謝りたいのは僕の方です。お腹――大丈夫ですか?」

「ああ。もう大丈夫だ。君が謝る事は無い。私が勝手にやったこと――しかし情けない話だな。剣を持ってして、素手の者に負けると言うのは」

 そう言って、自虐的な微笑を浮かべる。

「でっ、でも、あの時茜は――」

「……ああ。負けた言い訳をするつもりは無いが、あの時見せたのは獣の力――彼女も十二支枝、猿の韻だろう」

 茜が十二支枝だった。それは僕達にとっては朗報なはず――だけど、喜べる雰囲気ではない。

「まだまだ……精進が必要だな……」

 何処か寂しげな先輩に、胸が痛くなった。


「そっ、そういえばっ、そろそろ剣道の試合じゃなかったですかっ?」

 沈んだ空気を振り払うように、中谷さんが口を開いた。

「ああ、今回は辞退したよ」

「ええっ!? 何でですかっ!?」

「試合は明後日だったんだか、今回は全国大会の予選なんだ。私が優勝して全国大会に進んでしまえば、数日町を離れねばならなくなる。そんな時に何かあったら大変だろう」

 全国大会の予選? そんな大事な大会を辞退したのは――僕の所為……だ。

 もし僕が石版を割らず、先輩が十二支枝としての役目を思いだしていなかったら――。


「そんな顔をしないでくれ。別に全国大会に出る事を目標に剣を握っているわけではない。私にとって、剣道の試合は大した意味を持たないのだよ」

 僕の心を見通したかのように優しく微笑み、何かを思い出した表情を浮かべる。

「そういえば、龍ヶ崎は出るはずだ。私が出なければあいつが優勝だろう。少し冷やかしに行ってやろうか」

「そうですね。明後日、行きましょう」

 多分、それは先輩なりの照れ隠しなのかもしれない。応援に行こうとは素直に言えないんだ。

「よし! 少し遅くなってしまったが昼食にしよう! 食べたら勉強の再開だ!」

……すっかり忘れていた。長い一日は、まだ終わらない。


――龍ヶ崎道場――


「では、本日の稽古はこれでおしまいです。いよいよ明後日は大事な全国大会の予選。明日は身体を休め、ゆっくり己と向き合って、今までの成果を存分に発揮できるように頑張りましょう!」

 稽古の締め、生徒に喝を入れ、皆を見送る。

 一人、また一人と退出し、賑やかだった道場が静寂に包まれる。熱気が蒸発する儚さを感じながら剣を振る。わたくしが好きな瞬間とき。この瞬間は誰にも邪魔されたくない。

 

「お嬢様。お電話でございます」

 静寂を、雑音が穢した。

「どなた?」

「虎口様でございます――」

……余り喜ばしくない名前。タイミングの悪さは流石としか言えませんわ。


「何の用ですの?」

「お。龍ヶ崎か? いや、明後日の試合に向けて、調子はどうかと思ってな」

「……私をコンディションも整えられない能無しだとお思いですか? そういえば貴女、試合を辞退なさったそうですね。私に負け越すのがそんなに嫌だったのかしら?」

 虎口蓮。私と同学年にして、同じ女当主。昔から知っている間柄――腐れ縁、とでも言うのでしょうか。     

「その調子じゃ大丈夫そうだな――」

 電話越し、彼女の様子が少しおかしい。いつもなら何か言い返してくるところなのに。

「貴女、何かありましたの?」

「……実はな――」



「負けたですって……? それも素手の相手に?」

 素手ならともかく、剣を握った状態で素手の相手に負けた。にわかには信じがたい話。

 彼女の実力は良く理解しているつもり。同年代、いえ、そこそこの師範代ですら、彼女には敵わないでしょう。私を除いて、ですが。

「で、相手は誰ですの?」

 虎口蓮を素手で倒す者。何故彼女がそのような相手と対峙した経緯は分からない――でも、その存在は私の興味をかきたてる。

「一つ下の、関西から転校してきた女子だ」

 ボクシングのチャンピオンや、空手の有段者。そんな相手を想像していた私は、彼女の言葉にひどく驚く。

……年下の女子高生ですって? 


「まぁ、普通のやつじゃないんだが……」

「どういう事ですの?」

「私達と同じ、十二支枝だったんだよ。その韻は猿。神崎君が言うには、昔時雨町に住んでいた事があるらしい」

 猿の韻。彼に仕える、四人目の十二支枝――。

「そっ、それでどうなったんですの?」

「今日はそのまま帰って行ったよ。それでだな、明日もう一度会う約束を彼に取り付けてもらったんだ。大事な試合の前だとは思うが――」

「行きますわ! 何時ですの!?」

 彼女を倒した第四の十二支枝。主に仕える――新しい女!


「あ、ああ。十時だが……」

「十時ですね、分かりました。それで、彼は今何処に居ますの?」

「もう家に帰ったよ。……一つ気になっていたんだが、この前彼の家を教えた時、次の日の朝、道場に一緒に来たが――」

「ええ。修司さんの家に泊めてもらいましたからね」

 電話の向こう、何かが落ちる物音が聞こえる。こんな事を言うなんて――私も意地が悪いかしら。

「へぇ……そうだったのか」

「ええ。彼の『部屋』で」

「そっ、そうか。まぁ、彼は優しいからな」

 動揺を隠せない様子、といったところでしょうか。

 彼女との電話が、こんなに楽しいものだったとは思いませんでしたわ。


「――私は、昨日『彼のベッド』で寝たけどな」

「かっ、彼のベッドで!?」

 そう言えば、修司さんのお母様が言ってましたわ。

『女の子の家に泊まったり、女の子を泊めたりと、ヤリたい放題』って――。

「そう言う事だ。じゃあまた明日な」

「ちょ、ちょっと待ちなさ――」

 受話器から聞こえる機械音が道場に響く。私は、彼の言葉を思い出していた。

――大好物なんです。

「お。亜紺まだいたのか? 電話中かい?」

「……お父様、少し相手をお願いできますか?」

「あ……ああ……。お手柔らかに頼むよ……」


 彼のベッド! 大好物! ヤリたい放題! 

 頭の中をめぐる雑念を振り払う様に剣を振った――。


「も、もういいだろう……。これ以上は身体が持たないよ……」

「ええ。すっきりしましたわ。ありがとうございますお父様」

 やはり身体を動かすに限りますわね。

「久々に手合わせしたが、やっぱり亜紺は強いな。手加減してもらってもこれだもんな。一度も面を打たなかったけど」

「一度も面を打ってない……? 私がですか……?」

「ん? ああ。でも助かったよ。防具の上からでも効くからね。さぁ、夕食にしようか」

 お父様の何気ない一言。自分では全く気付かなかった。

 私が、面を打たなかった……。


――神崎家――


「あぁ……疲れた……」

 夕食を済ませ、お風呂にも入った。もう後は寝るだけ。やっと今日が終わる。

 日が暮れるまでみっちり勉強したおかげで、しばらくは記憶から消去していいはず。もう当分ペンは握りたくない。

 それにしても、まさか茜が十二支枝だったとは。

 まぁ悪い子じゃないから話せば分かってくれるとは思うけど。

「明日は……何もなきゃいいなぁ……」

 祈るような思いで、部屋の電気を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ