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干支っ娘!  作者: kure
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笑えない冗談 3

 リビングから聞こえる笑い声。

 間違いなくここは自分の家。しかし、僕は謎のアウェイ感に包まれていた。楽しそうに談笑する『プチ女子会』が開かれているからだ。

 もっとも、一人だけ女子とはとても言いがたいが。

 まぁ楽しそうでなにより。邪魔者は二人の布団でも敷いておくか――と、二階に上がろうとした僕に母が声をかける。

「そういえば修ちゃん。あの子大丈夫だったの?」

「ああ。ちゃんと家まで送った――」

 ふと、先輩と目が合った。やばい。これは何だかやばい気がする。やめてくれ、深く追求しないでくれ。

「母上殿――その『女の子』と言うのは……?」

「この前修ちゃんがナンパした女の子でね。夜のデートに出かけたみたいなの」

「ちょ、違う違う! 迷子になったって言うから道案内しただけだよ!」

 余計な話を振ったあげく捏造まで。『嘘、大げさ、紛らわしい』母の苦情は何処に告げれば良いんだ?


「へぇ――」

 先輩が横目でじっと僕を見つめた。切れ長の瞳から放たれる眼光に、嫌な汗が出る。

「優しいんだなぁ神崎君は。わざわざ『夜』に、困ってる『女の子』のために足を運ぶなんて、本当に立派じゃないか」

 部分部分を強調して話す、虎口先輩の瞳は笑っていない。

「いや……そんな事無いと思います……。じゃ……後はごゆっくり――」

 身の危険を察した僕は、猛獣から逃げる獲物の様に逃げ出した。


「……全く、本当に余計な事言うんだから――」

 二階に上がり、部屋のドアを開けて僕は固まった。

 頭の回転が追いつかない、どうして布団が敷いてあるんだ? 僕が外出すると誰か連れてくるとでも思っているのだろうか。いや、確かにここ連日なぜかそうなってはいるが。

「ふふっ。だが生憎だったな母よ……。今日は二人だからこうはいかないのだ――よ?」

 整えられた僕のベッドに見慣れぬモノが一つ。枕が二つに増殖していた。

 予知能力でもあるのだろうか。母のエスパーぶりに感心しつつも、枕を拾い上げた。


 隣の部屋に布団を敷きなおし一階に降りると、二人の姿は見えなかった。

「修ちゃん。今のうちに歯磨きしちゃいなさい」

「……いや、後でいい」

 ごく自然に、僕を洗面所に誘導する母。逆にそれはあまりにも不自然な言動だ。

 二人は風呂にでも入ってるんだろう。仕組まれたラッキースケベなどに価値は無い。


「で、修ちゃんは誰が本命なの?」

「そう言うのないから。皆普通に友達だよ」

 麦茶を飲みながら、母の口撃を軽くかわす。

「プレイボーイねぇ。そういうとこは神崎のおじいちゃんに似たのかしら」

「そうなの?」

「昔はすごいモテたみたいねぇ。お父さんはからっきしだったけど」

 ユーモアがあって、元気でプレイボーイ――って何処が似てるんだよ。

「そういえば、じいちゃんは何で死んだの?」

「おじいちゃん? 心臓発作よ」


 心臓発作? それって父さんと同じ死因じゃないか。

 親子二代で心臓発作――何だか因縁めいた気味悪さを感じる。

「心配そうな顔しちゃって。修ちゃんは大丈夫よ」

「母さんが余計な事をしなきゃね。いい加減僕の部屋に布団を敷くのはやめてくれよ」

「あら、いいじゃない別に」

 母に悪びれる様子など微塵も無い。出るのはため息だけだ。

「僕が心臓発作で死ぬとしたら母さんの所為だよ。僕を殺そうとしてないよな?」

 僕が何気なく口にした皮肉。

 リビングに乾いた音が鳴り響いた。それは今まで記憶にない、母に頬を打たれる音。

「馬鹿な事……言わないで……」

 初めて見る母の悲しそうな顔に、僕は動けずにいた。

 風呂から上がった二人を横切る母の後姿を、打たれた頬の熱さを感じながら眺めているだけ。


「ど、どうしたんだ……? もしかして私達が何か?」

「あ、いえ。二人は関係ありません。僕が余計な事言ったみたいで」

 余計な心配をかけないように軽く笑って見せる。

 その内心は酷く落ち込んでいた。叩かれた事はおろか、母の悲しそうな顔も記憶に無い。それは父が亡くなった時でさえ。

 僕の軽口がそんな母を深く傷つけたかと思うと、とてもやりきれない気持ちになる。


「ちょっと母に謝ってきます。二階に布団敷いてありますから」 

「あ、ああ。じゃあ百合子、お言葉に甘えるとしようか」 

「はいっ。ちゃんと仲直りしてくださいねっ」   

 二人がリビングから出て行くのを見送り、母の部屋へと向かった。



「僕だけど……さっきの事謝りたくて」

 部屋の扉を軽くノックして声をかける。

 こんな気持ちで母の部屋を訪ねるのは初めて。緊張のせいか、じんわりと手に汗をかく。

 ゆっくりと扉が開いた。寝巻き代わりの白襦袢に身を包んだ母の姿は、古民家と合わさる事で情緒に満ち溢れている。

「あ、あの……さっきは――」

「立って話すと疲れちゃうでしょ。とりあえず入りなさい」

 いつもと変わらない笑顔の母に促され、部屋の中に入る。普段はしない正座をして、母に詫びた。

「さっきはゴメン……冗談が過ぎたよ」

 軽く頭を下げ、母の返事を待つ。無言が時間の流れを遅く感じさせる。

 その時、母が優しく僕の身体を抱いた。鼻をくすぐる、ふんわりとした母の香り。

「いいのよ。私のほうこそごめんなさい。痛かったでしょ?」

 そう言って僕の頭を撫でる。童心に還る程心地良い、母の手と、柔らかい胸――。


「も、もういいかな? あ、あの、ちょっと当たってるから……」

 僕の母は、なかなか豊満なバストをお持ちである。薄い襦袢は、その感触をダイレクトに感じさせた。

「あら、別に恥ずかしがる事はないじゃない。修ちゃん喜んで吸ってたのよ」

「そっ、それは赤ちゃんだからだろ!」

「照れちゃって、可愛いわね」

 決して僕はマザコンではない。だが、いくら母親だろうと、こうも胸を押し付けられて平然としてられるほど耐性はない。


「ねぇ修ちゃん。お父さんもおじいちゃんも同じ病気で亡くなったけど、修ちゃんは大丈夫よ」

 言い聞かせるように、母が静かに言った。

「修ちゃんを殺すのは私、お母さんの胸でドキドキして死になさい」

「……残念だけど、もう慣れたよ」

「あら、つまらないわねぇ」

 お返しとばかりの母のジョークに、クスリと笑みが漏れる。

 敵わないな、母親には――ふとそう思った。



 母の部屋を出て二階にあがる。二人はもう寝たのだろうか、ドアの隙間から明かりは見えなかった。

――何だか今日はぐっすり寝れる気がする。だが部屋のドアを開くと、それは壮大な勘違いだった事に気付いた。

「え……? 何でいるの……?」

 隣の部屋にいたと思っていた二人が何故か僕の部屋に。その理由は直ぐに分かった。隣に敷いたはずの布団が部屋に敷き直されていたから。


「布団が敷いてあったからな。しかし、この襦袢は肌触りがいいな」

 母の仕業か! じゃあ何だ!? 僕を叩いたその足で布団を敷き直しに来たのか!? 二人分の襦袢まで用意して!? 

「初めて着ましたけど、何だかとても素敵ですねっ」

 嬉しそうに笑う中谷さん。巫女服だけではなく、何故襦袢までも小さいサイズがあるのか。もう色々と理解出来ない。

 チラリと覗く先輩のうなじ。襦袢の白さを一層引き立たせる中谷さんの白い肌。自分の部屋ながら、目のやり場に困る。


「それにしても――全く進んでいないではないか」

 先輩が机の上に広げられた課題を指して言った。

「少しやったんですけどね。でも、まだ休みはありますし」

「これは何もしてないのと同じだ。まだまだと先延ばしにしていてはあっという間に休みが終わってしまうぞ。明日はみっちり勉強だな」

……さすが文武両道を地で行く人。中々手厳しい。

「先輩は結構進みました?」

「ああ。私は明日で大体終わるな」

「ええっ!? それは早すぎですって!」

 僕だけ時が止まっているかと錯覚する程。夏休みに入ってまだ数日だぞ、どんだけ早いんだよ。

「そんな驚く事じゃないだろ。なぁ百合子?」

「蓮ちゃんは早すぎるんですよっ。私もまだ三分の一は残ってますし」

 三分の一――残ってる!? 三分の一終わったんじゃなくて残ってる!? おかしい、僕だけ量が多いんじゃないのか? 

「じゃあ私達は明日で終わるな――」

 先輩の視線が痛い。

 明日、僕は無事に帰ってこれるのだろうか。人生でもっとも長い一日になりそうだ。


「じゃあそろそろ寝ましょう――か……」

 待てよ、一つの布団に枕が二つ置かれたベッド。これはどういう構図だ?

「そうだな。では寝るとするか」

「はいっ」

 二人が当たり前の様に僕のベッドに入った。僕は布団へ。うむ、そうだよな、そうだそうだ。

「あれ、何だこれ?」

 布団の脇、何かが手に当たった。靴下だろうか――。

「そっ、それ私のっ!」

 広げてみると、リアルなねずみが無数にプリントされたパンツ――パンツ!? 何でパンツ!? 履いてないの!? 履いてないの!?

「きゃー! 見ないで下さいっ!」

「うわっ!?」

 ベッドから飛びかかってきた中谷さんが、僕の顔に何かをかぶせた。

 何だこれ!? 前が見えない! でも、何だかいい匂いだ!

「ちょ!? そ、それは私のパン――御免!」

 そこで、僕の意識はプッツリと切れた。

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