笑えない冗談
目を覚ますと龍ヶ崎さんの姿は無かった。
寸分の狂いもなく、角をきっちりと合わせ畳まれていた布団は、彼女の性格を表している。
一階に降りると、やはり誰もいない。
嫌な胸騒ぎ――いや、期待に胸を膨らませて玄関を飛び出し、心の中で大きくガッツポーズをする。
そこには神社を掃除する『巫女姿の龍ヶ崎さん』が確かに居た。
元々着物を着ている事もあり、『和』の雰囲気を全身から放つ彼女。それが巫女服と合わさる事によって、更に輝きを増していた。
こんな巫女が居たら毎日でも参拝しに来たい位だ。
母はどうして巫女服を着せたがるのか、そんな事はもうどうでもいい。毎日のうんざりするような絡みも、全て水に流せるほどの働き。
――今日は良い一日になる気がする。すがすがしい気持ちで家に戻った。
――虎口道場――
「やぁ、おは――」
道場の扉を開け、僕達を迎えた先輩の顔色が変わった。その視線は龍ヶ崎さんに注がれている。
「おはようございます。昨日は修司さんの家を教えて頂いて感謝しますわ」
「しゅ、修司さん……? ……入れ」
僅かに不機嫌な顔を見せ、背を向けた。やはりこの二人の間に流れる空気は重い。
「おはようございますっ」
「あ、おはよう中谷さん」
ひとしきり皆に挨拶を済ませると、亜紺さんが口を開いた。
「ところで、貴女は十二支枝の事をどこまで知っているのですか? 修司さんも貴女から聞いたと言っていますし」
「生憎だが、詳しい事は何も知らん。十二支枝の話は昔から祖母に聞かされていて、神崎家がその主だと言う事も話の中で聞いただけだ」
「なら貴女のおばあさまに――」
「祖母はもう鬼籍だ」
「あ……それは失礼しましたわ」
「いや、別にかまわない。残念な事に、他の家族は十二支枝の話すら知らない。関する書物なども見つからなかった。それは百合子も同じだ」
中谷さんの名を出したのは、亜紺さんへの牽制の意味もかねてだろう。中谷さんの境遇を亜紺さんは知らないはずだから。
「私も同じですわ。結局手がかりは何も無し、と言う事ですわね」
まさに八方塞がり。皆に手がかりがないのなら――僕の家を調べたら何か見つかるかもしれない。
「あのっ――」
いや、待てよ。それを言ったら多分彼女達はついてくるだろう。そしたらどうなる? あの母親が大人しくしているはずはない。家の神社は混沌に包まれるだろう。
「修司さん、どうしました?」
「あ、いや――ちょっと用事を思い出しちゃって」
「ふむ。ではとりあえず今日は解散。各自もう一度自分の家で何か手がかりを探すとしようか」
これでいい。これが最善だ。猛獣の檻に肉をぶら下げて入る程間抜けではない。
軽く別れの挨拶を交わし、ひとまず僕達は各自帰路についた。
「あら、修ちゃんお帰り」
誰もこない売店の中。暇そうに母が座っていた。
月の売り上げは小学生のお年玉にも満たないだろう。それでも、貴重な収入源には違いないが。
「僕が割っちゃったあの石――無かったんだけど何処かにしまった?」
「危ないから捨てちゃったわよ」
うん。何となくそんな気はしてた。そういう人なのだ。諦めるしかない。
石版はなくても、他の何かが見つかるかもしれない。先延ばしにしていた蔵の詮索に早速とりかかる。扉を全開にしていても、中は少し薄暗くひんやりしていた。
適当に周囲を漁るが、めぼしい物は見当たらない。はしごに登り二階の僅かなスペースも調べたが、結局それらしい物は何処にもなかった。
「何にも無い……。何かあってもいいと思うんだけどなぁ――」
「修ちゃん――何を探してるのかしら?」
下を見下ろすと、母が不思議そうな顔で見つめていた。
「いや、別になんでもないよ――あ、そうだ。神崎のじいちゃんってどんな人だった? あんまり覚えてないんだけど」
「おじいさんねぇ――。ユーモアがあって、元気な人だったわよ」
ユーモアがあって元気。父は大人しい人だったし、僕もそこまで活発的ではない。
「じゃあおばあちゃんは?」
「おばあちゃんは静かな人だったわね。器用で優しくて、このお漬物もおばあちゃんから教わったのよ」
我が家の食卓に欠かせない漬物。その味は代々伝わる、神崎家の歴史。
しかし、十二支枝の歴史だけは何も残ってはいない。まるで意図的に隠されているかの様に。
日が暮れるまで蔵を捜索したが収穫はゼロ。
夕食を済ませ、ダラダラと課題を眺めていた時電話がなった。
「もしもし。私だか――」
「虎口先輩? どうかしましたか?」
電話の主は先輩だった。そういえば電話をもらうのは初めてだ。
「いや、何か手がかりは見つかったかなと思ってな」
「それが全然です。何かしらあるかなとは思ったんですけど。先輩の方はどうでした?」
「私も同じだ。百合子も、龍ヶ崎も今のところは何も見つかってはいないそうだ」
全員手がかりはなし――。何も分からないまま、か。
「ところで――神崎君はきちんと課題をしているか?」
「課題……ですか……。一応机に向かってはいるんですが……進行状況はあまり……」
元々勉強は得意ではない。嫌いだと言っても過言ではない。休みの最終日はいつも徹夜だ。
「そっ、そうか。あれだ、もっ、もしよかったら、私が手伝ってやってもいいぞ」
「えっ!? いや、そんな、悪いですよ」
校内でもトップクラスの成績を誇る先輩、夏休みの課題などはお手の物だろう。だけど手伝ってもらうのは流石に気がひける。
「……私と一緒に勉強するのは嫌か?」
「そっ、そんな事ないですよ!」
「では明日、家で待っているぞ――おっ、おやすみ」
「はっ、はい。おやすみなさい……」
電話を終え、しばらく僕は立ち尽くす。
おやすみを言われたのは初めてではなかったが、その言葉は何だかとても心地良くさせた。
余韻に浸る暇も無くスマホが鳴る。電話やメールじゃないのは音で分かった。
「なんだ、ゲームかよ――」
画面に表示されたアイコンを見てスマホを放り投げる。
一瞬誰かからメールが来たのかと期待した。まぁメールする友人などいないんだが。
ゲームに『こんばんわ』と言われるのがお似合いか――。こんばんわ?
スマホを覗くと、それはゲームのお知らせなどではなかった。ゲーム内のメッセージ昨日を使って送られたモノ。送り主は、この前神社で会った女の子――茜だった。
『こんばんわ! 散歩してたら道に迷ってしもたぁ~。何か高台っぽいとこにある公園? みたいなとこにおんねんけど、どうすればええかなぁ』
高台っぽい公園みたいなとこ――多分あの場所だ。
どうすればいいかって言われても、説明のしようがない。
「時間は――もう八時か……」
夜間の外出は控えるようにと言われている。僕だって危ない思いをするのは嫌だ。
先輩にお願いしようか――いや、わざわざこんな時間に迷惑はかけられないし……。
「あら。修ちゃんお出かけ?」
「この前神社で会った子が迷っちゃったみたいなんだ。ちょっと道案内してくるよ」
「……ちょっと待ちなさい」
夜に出歩くのはあまり褒められた事ではない。流石に怒られるのだろうか――。
「もし連れてくるなら連絡ちょうだいね。お母さん準備しておくから」
うん。やっぱり母は母だ。
スルースキルを発動し、家を飛び出す。周囲を警戒しながら、僕は駆け足で向かった。




