◆8 聖女エールの回想
(なぜだか知らないけど、私は将来、〈聖女様〉という存在になるらしいーー)
偉いおじいさんにそう言われたから、ほんとうにそうかもしれない、とエールも次第にそう思うようになった。
田舎の村から中央聖都の修道院に連れて来られてから、半年ーー。
今から五年くらい前、修道女のお姉様方に取り囲まれて、生活し始めた頃のことだ。
ちなみに、伝説によれば、〈聖女〉とは聖魔法を操り、呪物を封印したり、魔物を退散したりすることになっている。
だから、皆にとって憧れの存在なのだ。
〈聖女様〉ってのは、とにかく凄いことになっている。
飢饉になって作物が稔らず、人々が助けてくれと言ったら、恵みの雨をもたらす。
蛮族が攻め込んできたら、国の要請を受けて活動し、大勢の騎士を従え、蛮族の前に立ちはだかる。
魔空間が増大して人類社会が危機に晒されたら、「魔」を発生させる元凶を封印するため、魔物が巣くう「魔窟」にまで探訪していくーー。
とにもかくにも、地域や国を超えた次元で人類を苦しめる、呪いや魔物を、封印、あるいは退散させるのだ。
それが聖女様ーー。
まさに〈聖女〉とは、女性版の「英雄」「勇者」のようなものであった。
とはいえ、「聖女様」は名声と賞讃を得る反面、楽な生き方はできない。
文字通り、生命を賭けた人生を送ることになる。
これはあとで、修道院の座学で知ったことだけど、実際、老衰して亡くなった聖女様は歴代に一人もいない。
なんと不幸なことか。
国民や国のために奔走した挙げ句、短命だとは。
しかも、どの歴史書にも聖典にも、聖女様の末路が記されていない。
どのように死んだか、記録すらない、というのだ。
記録が抹消されてるのかもしれない。
それなのに、没年だけは記されていて、それが皆、三十代ぐらいで、驚くほど早く死んでいる。
エールにとって、これはなによりも「驚愕の事実」だった。
彼女も、周りから「聖女候補だ」などと煽てられて、つい「ほんとうに聖女だったらいいなあ」と思い始めていたのに、文字通り頭から冷や水をぶっかけられた気分になった。
その一方で、男性の〈聖人様〉の方は、そのことごとくが長命だってのが皮肉だ。
「こんなとこにも女性差別が!」とエールは憤慨したものだ。
それから三年ほど後ーーつまり、今から二年前の十一歳の春。
大勢の仲間達と修道院で座学と実践の授業を受け、さらには卒業旅行を果たして、エールもなんとか「正修道女」となった。
「見習い」身分から、正式な修道女となったのだ。
もちろん、だからといって、彼女がそのまま「聖女」になれるということではない。
じつのところ、〈聖女〉というのは役職でも資格でもない。
称号や美称の一種だ。
だから、聖魔法が使えて、偉大な事績を積めれば、たとえ家庭の主婦でも、飲み屋の女主人でも、〈聖女〉にはなれることになっている。
だが、現実はそんなに甘くない。
歴史上、〈聖女〉の称号を得た女性は、すべて修道女出身だった。
というわけで、エールも十一歳になって、ようやく聖女になる資格を得てしまった、というわけだ。
といっても、修道女(士)は数が多い。
男女あわせると、ペルソナ聖皇国全土を見渡せば三千人ほどもいるそうだ。
修道女(士)に定年はないから、十五歳の成人からお年寄りまで含めると、それほどの数になるらしい。
(ちなみに、エールのように未成年で正修道女〈士〉になるのは、〈聖人〉から抜擢されたような特例のみで、ほとんどいない)
ほかにも、わが聖皇国は別派や異端を認めない方針なので、表向きはいないことになっているけど、「邪教」や「異教」と称される宗教団体にも修道女(士)はいるようなので、実数がどれほどになるのかわからない。
さらにいえば、当然ながら、修道女の誰もが聖女になれるというものではない。
だいたい十年に一人ほどの割合で聖女様は、入れ替わるようにして、顕現なさるらしい。
当時、聖女様は六人しかおられなかった。
そのうえ、ここ十年ほど新たな〈聖女〉が誕生していない。
通常は、聖女様は七人が同時に存在するらしいから、「そろそろ、新たな聖女様が誕生なさるのでは」という気運になっていた。
そうしたことも、エールをむりやり聖女候補に仕立て上げている一因になっていたのかもしれない。
(でも、それ、ないから!
私は無能なんだよ。ほんと。
高名な聖人様のおかげで、お情けで修道女になれただけだし)
当時のエールは、本気で、そう思っていた。
かたや、彼女と同様に、老聖人に見出された仲間の子供たちーー他の聖女・聖人候補たちーーは、皆、メキメキと力を付けていた。
「お仲間たち」の近況は、耳敏い修道女方がよく噂なさるので、嫌でも耳に入ってしまう。
ある子は、腕力はからきしなくて病弱、それでいながら芯が強く、思慮深い性格に成長し、強力な呪術師となったそうだ。
呪いや幽霊なんかを祓ってくれるらしいけど、噂では自ら他人を呪うことも出来るとのこと。
おお、怖わ。
それ以外の仲間も、そのすべてが、あのおじいさんの見立て通り、輝くばかりの才能を見せ、立身が約束されるようになっていた。
修道院から飛び出した者も若干名いたが、彼らも大活躍していた。
王宮に出仕した子は、黄金の剣を背負う守護騎士となった。
魔術学院に進学した子は、将来を嘱望される有能な魔導師となっている。
ところが、肝心のエールときたらーーお笑いください。
修道女見習いの段階で、すでに無能であることが暴露されてしまっていた。
先輩修道女方のために掃除、洗濯、炊事をこなして身のまわりをお世話させていただく身分ーーそれが修道女見習いなんだけど、作務のどれひとつ、彼女は満足にこなせなかった。
何度、先輩修道女方からお説教を受けたことか。
「でも、仕方ないじゃありませんか。
私、魔法がからっきしなんですよ!?」
と、エールは何度も、他の修道女たちに訴えた。
修道院に居る皆さんが生活系魔法を使いこなして、天井を磨いたり、高窓を洗ったりするんだけど、彼女は魔法がまったく使えず、肉体を使うしかない。
しかも、肉体強化の魔法さえも使えないから、雑巾掛けのときも洗濯物を干すときも、動きがのろい、と後輩の見習いたちまでが、エールを邪魔者扱いにする始末だった。
正直、見習いから正修道女に昇格したのにこんな有様だから、かえって不正を疑われ、「田舎娘のくせに贔屓されて卑怯よ」と恨まれたり、妬んだりされたりして、より過酷な扱いをされるようになった。
十一歳から十三歳になるまでの二年弱、それはそれは酷いいじめを、エールは受けるようになってしまった。
だが今となってみれば、そんな過酷な環境なればこそ、彼女に奇蹟が起こった、といえるかもしれない。
突如として、彼女に神様からの権能が下され、〈裁きの聖女エール〉が誕生したのだ。
それは、エールが謂れのない濡れ衣をきせられ、大勢の修道女たちや、男性の枢機卿らから、激しい糾弾を受けたときのことであったーー。




