◆6 そして、裁決
エティエンヌ・ライト王妃の魂の独白を受けて、裁判所は騒然となった。
ルヴァイユ・ライト王太子とキャラコ・ベルメ近衛騎士団長は茫然自失の態となって、身動き一つしない。
そこで聖女エールは、傍聴席の後方にありながら、木槌を高らかに掲げて宣言した。
「神から裁きの権能を授かった聖女として、私、エールが裁判長として判決を言い渡します。
ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢は無罪。
そして、以下の者を弾劾いたします。
ライト王国王妃エティエンヌ・ライト。
同国王太子ルヴァイユ・ライト。
グレタの母親ジャンジェ・ラヴェル子爵夫人。
そして、冤罪とわかっていながらヴィクトリーヌ嬢を拘束した近衛騎士団長キャラコ・ベルメ子爵。
さらに、ヴィクトリーヌ公爵令嬢に濡れ衣を着せて婚約破棄に追い込むために偽証した貴族令嬢ーーフィルミ・ラティ侯爵令嬢、メロウ・カリアーノ伯爵令嬢、アナスタ・マクシム子爵令嬢、ポワレ・デルフィ男爵令嬢。
加えて、私を蚊帳の外に置き、王妃の言いなりに裁きを行おうとしたソウ・デミ裁判官をはじめとした裁判官ども。
即刻、この者どもを起訴し、改めて裁判を行うことを、ライト王国ガニガンビ国王に要請します」
聖女エールの裁決を受けて、国王直属のライト王国騎士団数十名が、ドッと法廷に乗り込んで来た。
〈聖女様〉の意向に従うことは、トリニティ教を信奉する国の騎士にとっては常識だ。
王国騎士団はそれまで裁判所の内外で警護に当たっていたが、聖女様のご指示に従うよう、任務を切り替えたのだ。
その一方で、それまで王太子や王妃の意向に従ってきた近衛騎士団の連中は、一転して被告の側に立たされたことを察して、身動きが取れなくなっていた。
混乱の最中、王国騎士団の面々は、ルヴァイユ・ライト王太子とキャラコ・ベルメ近衛騎士団長、そして取り巻き令嬢たちや裁判官たちを、次々と拘束していく。
ルヴァイユ王太子は金髪を振り乱しながら、ヴィクトリーヌ嬢に向けて嘆願した。
「どうか許して欲しい。
僕は母の所業を知らなかったんだ。
ああ、ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢。
被害者であった君の口から、聖女様にお願いしてくれ」
元婚約者から願われ、ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢は聖女エールに目を遣る。
だが、彼女の口から出た言葉は、元婚約者の罪を軽くするための嘆願ではなかった。
「聖女様。
どうか真実と法に基づいた裁きをお願いいたします」
ヴィクトリーヌ嬢の要請を受け、聖女エールは目を細めた。
「お任せください」
ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢はニコリと微笑み、元婚約者であるルヴァイユ王太子の方には見向きもせず、退廷して行った。
王国騎士団に拘束されたルヴァイユ王太子と、キャラコ・ベルメ近衛騎士団長、そして取り巻き令嬢や裁判官たちは咽び泣く。
その一方で、観衆たちは歓声をあげ、裁判所は拍手喝采の渦となった。
◇◇◇
後日、ライト王国ガニガンビ国王の名の下で開かれた裁判で、再審された結果ーー。
エティエンヌ・ライト王妃は死罪となった。
グレタ・ラヴェル子爵令嬢を毒殺しておいて、罪を他者になすりつけた罪は重く、王妃という立場であっても逃れようがなかったのである。
毒による自裁も認められず、斬首刑となった。
王都広場に設けられた断頭台に昇ったとき、罵声を浴びせかける群衆に向かって、金髪を振り乱して、エティエンヌ王妃は碧眼で睨み付けた。
「私はライト王国の国母なのよ。
このような仕打ちをして良いと思ってるの?
恥を知りなさい、愚民どもめ!」
長年に渡る浪費で、国庫を傾けた女の最期のセリフであった。
エティエンヌ王妃の首が落とされ、刑吏によって、その首が高く掲げられると、群衆は歓声をあげた。
そしてジャンジェ・ラヴェル子爵夫人、さらにソウら裁判官たちと、偽証した貴族令嬢たち、フィルミ侯爵令嬢、メロウ伯爵令嬢、アナスタ子爵令嬢、ポワレ男爵令嬢らは、半年の監禁後、揃って平民落ちとなった。
王妃の策謀に乗せられて、無実のヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢を悪役令嬢に仕立て上げた行為は万人の知るところとなり、刑罰自体は軽かったものの、社会的制裁は厳しいものになった。
罪の連座を避けるために、それぞれの実家は彼女たちとは縁を切り、婚約者からも離縁されてしまった。
彼女らの誰もが、「王妃に騙された」「私たちは悪くない」と泣き叫んだ。
だが、彼女らはヴィクトリーヌ嬢に罪がないと承知していながら、彼女を貶める行為を嬉々として行っていた事実からは逃れようがなかった。
特に自らの娘を王妃に殺されていながら、そのことに気付かずに、王妃と結託し続けたジャンジェ・ラヴェル子爵夫人の滑稽さは人々の嘲笑の的となり、夫のアダム・ラヴェル子爵は耐えきれず自害し、ラヴェル子爵家は断絶してしまう。
そして、ルヴァイユ・ライト王太子は廃嫡となり、その結果、王弟オルセー・ライト公爵の娘アン・ライト公爵令嬢が立太子となった。
「母上をはじめ、周りの者すべてが、僕を騙し続けたんだ。
こんなの、避けようがないじゃないか!」
と、ルヴァイユ元王太子は愚痴ることしきりで、晩年まで王宮の片隅で幽閉状態で過ごすこととなった。
◇◇◇
一方、ライト王国から馬車で一カ月の距離にあるペルソナ聖皇国ではーー。
教皇庁の自室に帰還しながらも、聖女エールはテーブルで肘を突き、不機嫌な顔をしていた。
「どうしたんだ?」
と黒騎士のジャンフリーが問うと、エールは朝食のパンを齧りながら愚痴り始めた。
「もう嫌になっちゃう。
夢の中で、エティエンヌ王妃と、グレタ子爵令嬢が現れて、延々と私に文句を言ってくるのよ。
そんなの、知らないわよ。
あんたたちの死は自業自得ってヤツでしょ!?」
ライト王国では、国王による再審後、新たに王太子となったアン嬢はガニガンビ国王の養子となって、ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢を家庭教師として招いていた。
いまだ十五歳の彼女は、改めて帝王学を身につける必要があった。
それも、マナーを中心にしていた内容から、政治経済的な知見を豊かにする教育課程へと、変更されたばかりの帝王学を。
要するに、ライト王国は事実上、エスパルト公爵家の父娘による統治体制に移行していたのだ。
目下のところ、ヘル商会への債務を返済しつつも、ヘル商会が行ってきた悪徳商法を明らかにして法で裁けないものか。
それによって少しでも負債を減らしたいーー。
そのように考えたヴィクトリーヌ嬢は、聖女エールに懇切丁寧な書状を送り、ヘル商会を断罪する動きに協力していただきたい、と訴えてきた。
正直、裁判専門のエールにとっては、こうした検察まがいの、それも国際的な枠組みでの捜査や悪徳商人の検挙など、やったときもなければ、やりたくもなかった。
なので、誰か別の人に協力してもらってくれとお断りの手紙を書いて、なんだか心苦しい気分になって落ち込んでいた。
傍らに立つ白騎士ディアユーグは、エールのカップに紅茶を注ぎながら尋ねる。
「では、お止めになりますか?
聖なる力による裁きを」と。
すると、エールはブンブンと首を横に振った。
「私は裁きをやめない。
卑怯者がいくら文句を言ってきても、私は堪えない。
だって無実の人が必死に神様に祈る言葉が、私の頭の中でずっと響き渡るんだもの。
こっちを無視する方が、よほど精神的に堪えるわ。
それこそ、夢見が悪くなるんだから」
銀髪の聖女はそう言って、お気に入りの林檎を口一杯に頬張るのであった。




