◆5 魂の告白
「な、なんだ!?」
聖女エールの近く、貴族用傍聴席の後方にいるルヴァイユ・ライト王太子も、碧眼を目一杯見開いて息を呑む。
「母上!?」
この場には王妃エティエンヌはいない。
今現在は、国王や宰相とともに王宮謁見の間での会議に出席しているはず。
それなのに、その王妃の魂を、この裁きの場に呼び寄せることができるとは!
ルヴァイユ王太子は身震いすると同時に、後悔した。
聖女エールが小さい女の子の容姿ゆえに、油断したことを。
やはり「聖女」という称号を冠するだけあって、この銀髪の少女は、不可思議で強大な能力を神から授かっていたのだ。
(これは、ヤバいことになるかもしれないーー)
冷や汗を流す王太子を前にして、聖女エールは胸を張る。
「私には神様から授かった権能があります。
裁きに当たって、事件の関係者から一人だけ魂を召喚し、真実を強制的に語らせることができるのです。
さあ、エティエンヌ・ライトの王妃よ、語りなさい。
貴女が何をしたのか、を!」
王妃エティエンヌ・ライトの魂は、以下のように独白した。
◇◇◇
私、エティエンヌは、正直に告白します。
私は元々、貧乏伯爵家の一人娘でした。
が、持ち前の美貌のおかげで大勢の男ーー王太子にまで言い寄られ、ついには王妃になりおおせることができました。
ですが、結婚して二十年、つくづく思い知ったことがあります。
思っていたより、王妃の仕事は雑務が多く、おまけに王家の財政は火の車だ、ということでした。
我がライト王国は、ヘル商会に多額の債務を負っていました。
かなりの部分が私の散財のせいだ、と侍従長から窘められましたけど、私は趣味の宝石集めをやめる気はありません。
上に立つ者が贅沢をするのは、半ば義務だと思っているからです。
憧れと崇拝によって、王室の権威は成り立ちます。
それに、上位者が質素な暮らしをすれば、下の者は自由に遊ぶこともできなくなってしまう。
王国全土を富ますためには、王家の者が率先して消費活動をしなければ、全国民の消費を喚起し得ないのです。
それなのに、夫のガニガンビ・ライト国王は、倹約ばかりを試みます。
ヘル商会からの返済催促にうんざりして、ついには王家ではなく、筆頭貴族であるエスパルト公爵家の鉱山資源で借金の肩代わりをできないものかと画策し始めました。
すると、宰相でもあるユウリナス・エスパルト公爵は抜け目なく、夫に交換条件を提示してきました。
エスパルト公爵家の一人娘ヴィクトリーヌを、私の息子ルヴァイユ・ライト王太子がもらってくれるのならば、代わりに鉱山資源を提供しても良い、と言ってきたのです。
そして、夫のガニガンビ王は、即座にその提案に乗ってしまいました。
私は腹が立ちました。
これでは息子ルヴァイユが可哀想ではありませんか。
引出物として鉱山が王家に贈られるために、息子は好きでもない女と結婚させられるのです。
もちろん王族も貴族も、自分の好みだけでは結婚できない、ということは知っています。
ですが、王太子という身分にある息子だけは例外で、彼が好きな者であれば誰であっても結婚できるべきだ、と思っています。
それが将来の最高権力者ーー国王となる王太子の特権であるはずです。
幸い、息子ルヴァイユは、グレタ・ラヴェル子爵令嬢を好むようになっていました。
長い年月をかけて、私が息子をそのように思うように誘導していたのです。
私がいろいろと息子の好みの仕草や趣味などを、グレタ・ラヴェル子爵令嬢に、直接アドバイスしてあげてきました。
彼女の母親ジャンジェ・ラヴェル子爵夫人は、学生の時分から、私の取り巻きの一人だったから、その関係でお茶会にも娘連れで招いていました。
その機を利用して、母子共に息子に気に入られるよう、手取り足取り指導したのです。
私の影働きが実って、息子ルヴァイユは、グレタ嬢が好きになりました。
ですから、あのエスパルト公爵家の娘を息子は好んでいません。
私はもとより、あのエスパルト公爵家の連中は好きではありませんでした。
真面目で、礼儀正しいけど、それだけ、といった感じ。
息子の婚約者となったヴィクトリーヌの母親だったフランメ・エスパルト公爵夫人も、私は若い頃から苦手でした。
フランメは侯爵家の娘で、元々伯爵家の娘であった私より身分上だったこともあり、学生時代も仲良くできませんでした。
やがて彼女は宰相府で務める官僚になって、「有能だから」という理由で、ユウリナス・エスパルト公爵が彼女を娶ったと聞きました。
それでも病で早くに亡くなったことで、私は彼女フランメの存在を忘れていました。
でも、いきなり息子の婚約者として、彼女の娘が登場してきたのです。
ほんとうに、夫のガニガンビ国王は酷いと思います。
交換条件で、あんな小娘を息子に娶らせるだなんて。
私は嫌だったから、グレタ・ラヴェル子爵令嬢を後押ししました。
そしてついに、数々の罪状をでっち上げて、エスパルト公爵家の娘と婚約破棄に持ち込むことに成功したのです。
計画成就を祝って、ジャンジェ・ラヴェル子爵夫人、そしてグレタ嬢と、私は祝杯をあげたものでした。
私にとって、グレタが義理の娘となるなら大歓迎でした。
ところが、息子がグレタ嬢と新たな婚約を結んだ翌日ーー。
グレタ嬢が首を絞められる現場を、私は目撃してしまったのです。
場所は王宮の接客の間、首を絞めているのは息子のルヴァイユ・ライト王太子でした。
ルヴァイユは知ってしまったのです。
グレタ・ラヴェル子爵令嬢と、私の息がかかった者たちがグルになって、ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢に濡れ衣を着せて、婚約破棄にまで持ち込んで行ったことを。
婚約破棄された際、ヴィクトリーヌ公爵令嬢が酷く当惑した顔をしていたことを疑問に思った息子ルヴァイユは、
「どうしてヴィクトリーヌ嬢は自分がやった悪事を反省せず、不思議そうな顔ーー納得いかないという顔をしていたのだろうか?」
と問いかけました。
そうしたら、グレタ・ラヴェル子爵令嬢が、得意げにペラペラと話したそうです。
「もちろん、嘘をでっち上げて、真実を捻じ曲げたからに決まってるじゃないの。
それにしても、あの取り澄ましたヴィクトリーヌ嬢の悔しそうな顔、サイコーだったわ」と。
カッとなった息子ルヴァイユ王太子は、グレタ・ラヴェル子爵令嬢の首を絞めました。
「おやめなさい!」
と私が叫んだら、ルヴァイユ王太子は手を振り払い、
「母上!
どうして、止めるのですか!
僕は、この女に騙されたのですよ!?
僕はグレタ嬢が心優しい女性だと思ったから、好きになったのです。
他人に濡れ衣を着せてまで、地位欲しさに動くような欲深い女だとは思わなかった」
と言い捨てて、立ち去ってしまいました。
床にへたり込んでいたグレタ・ラヴェル子爵令嬢は、咳き込みながら、息子ルヴァイユの悪口を言いました。
「すぐ人の話を信じるお人好し。
そのくせ、すぐにカッとなる。
こんなのじゃ、先が思いやられるわ」と。
私は彼女に落ち着くように言って、紅茶を勧めました。
できるだけ平静を装って。
それから、しばらくしてーー。
彼女、グレタ・ラヴェル子爵令嬢は口から泡を吹いて倒れました。
私が紅茶に毒を入れておいたからでした。
彼女は、私の愛する息子ルヴァイユ・ライトのことを、バカにしたのです。
それが許せませんでした。
「先が思いやられる」のは息子ではなく、グレタ子爵令嬢の方でした。
思わずカッとして、王国貴族婦人として常備していた毒を紅茶に混入させたのです。
でも、殺してしまってから、ハッと我に返りました。
このままでは、私がグレタ・ラヴェル子爵令嬢を殺したとバレてしまう。
誰がどう思おうと、たとえ夫のガニガンビ国王が、私が殺人犯だと思おうと構わない。
ですが、息子のルヴァイユにだけは真実を知られたくはありませんでした。
『グレタ・ラヴェル子爵令嬢が、勝手に自害した』
ということにして、ケリをつけるか?
ーーいや、そうしたら、今度は近いうちにヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢が、我が家に王太子妃として乗り込んで来るだろう。
それは嫌です。
ーーそうだわ。
侍従長のロンサールが遺失物として持ってきていた、ヴィクトリーヌ嬢の黄金製の扇子があります。
コイツでグレタを打ち据えればーー。
バシバシ!
手袋をして黄金扇子で打ち据えたら、死体になったグレタ嬢の口や目から、血が吹き出てきました。
その一方で、黄金扇子も血塗れになりました。
それから、一部始終を見ていた侍従たちに、命じました。
「グレタ・ラヴェル子爵令嬢の死と、この血塗れの扇子が見つかったことを、王太子付きの近衛騎士団に報告なさい」と。
しばらくして、司法長官を呼びつけて、裁判を開くことを命じたのです。
もちろん、グレタ・ラヴェル子爵令嬢を毒殺したうえに、扇子で打ち据えた罪で、ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢を死刑にするための裁判でした。
血塗れの黄金扇子は間違いなく彼女のモノでしたから、簡単に有罪に持っていけると、事件捜査を指揮していた近衛騎士団長キャラコ・ベルメ子爵は確約してくれました。
もちろん、ヴィクトリーヌ嬢を死に追いやるため、裁判官には私の意向を含んだ者を任命するなど、万全の手を打っておいたのです。
ところが、いきなり横槍が入りました。
ペルソナ聖皇国から、新たに裁判官が派遣されてきたのです。
挙句、「彼女ーー聖女エールを裁判長にせよ」と、夫のガニガンビ国王は力無い声で言いました。
「我がライト王国のような小国に、ペルソナ聖皇国の要請は断れぬ。
堪えてくれ」とーー。
ほんとうに、使えないオトコで、うんざりするーー。
◇◇◇
このように述懐した後、ようやく王妃の魂は口を噤んだ。
この法廷には、王妃エティエンヌ本人はいない。
だが、青白い光がかたどった姿とその口調、そして語った内容からみて、おそらくはこの告白は真実なのだろう、我々は神の奇蹟をーー聖女エールの権能を目撃したのだ、と法廷にいる誰もが思ったのであった。




