◆4 魂の召喚
一刻後、午後になってーー。
休憩が終わって再び法廷が開かれたとき、傍聴席の観衆は意外な光景に出喰わした。
裁決がどのようになされるのか。
興味津々で、再度、傍聴席に集まった人々は、裁判官席に居る顔ぶれが大きく変わってしまっていることに気がついた。
年寄りの男ばかりが三人、裁判官として雁首を揃えていたのである。
傍聴席の人々は当惑した。
「あの少女は何処へ行った?」
「あの聖皇国から派遣されてきた裁判長は?」
あれこれと推測し合っては話し合い、ザワザワとした喧騒が広がっていった。
◇◇◇
その頃、ペルソナ聖皇国から派遣された聖女エールは、ライト王宮の控室に閉じ込められていた。
「裁判の途中です。
私をこの部屋から出しなさい」
と聖女エールが背伸びをして訴えても、白甲冑の近衛騎士は相手にしない。
「おとなしくしてください。
怒りますよ!」
自己紹介すらしていない近衛騎士は、エールのことを子供にしか思っていなかった。
「もう!」と頬を膨らませて、エールは腕を組む。
すると、扉が開いた。
金色刺繍が縫い込まれた服をまとった、金髪碧眼の美男子が入室して来た。
ルヴァイユ・ライト王太子が、自ら足を運んできたのだ。
このとき聖女エールは、黒と白の従者に、それぞれ黒猫と白鳩の姿になって、自分から距離を取るよう命じていた。
傍聴席の人々は、すっかり態度を改めつつあったが、証言台に立ったキャラコ・ベルメ近衛騎士団長をはじめとした、王宮の騎士たちは、依然として露骨な敵愾心をエールに示し続けていた。
なので、自分の従者(特に黒騎士ジャンフリー)が彼らと揉めてしまうことを懸念して、自分から距離を取るように配慮したのだ。
その隙を、王太子らに目敏く突かれた格好だ。
王太子は裁判長エールの対面で座ると、碧眼を細めて笑顔をみせた。
「聖女様がおられなくとも、裁判は続行されるので、ご安心を。
そもそも、いくら我が国にトリニティ教信者が多いとはいっても、国内貴族令嬢に対する裁判に、外国である聖皇国が首を突っ込んでくるのは、干渉し過ぎだとは思いませんか?
我がライト王国において、最終的な裁判権はライト王家にある。
だから父上に進言して、新たに裁判官を任命してもらったのです」
理屈は通っている。
しかも、すでにヴィクトリーヌ嬢には濡れ衣を着させられただけ、と傍聴席の観衆や他の裁判官にもわからせてある。
だから、聖女エールは立ち上がって、王太子にお願いした。
「では、せめて裁判の結果ぐらいは見させてください」と。
ルヴァイユ・ライト王太子は鷹揚に膝を叩いて、
「了解しました」
と答えてから、視線を周囲に振り向けて命じた。
「ーーおい、近衛。
彼女は聖皇国ペルソナからの大事なお客様だ。
しっかりお守りしろよ」
立派な体躯の近衛騎士が、護衛役として五人も集まり、聖女エールの周りを取り囲む。
「護衛役」と言いながらも、ほんとうは聖女エールを自由に動くことができなくさせるための「監視役」であることは明らかだった。
それを承知しながらも、エールはルヴァイユ・ライト王太子のエスコートに従うことにした。
これだけお膳立てしておいたのだから、ヴィクトリーヌ嬢が濡れ衣を着せられたまま、死刑にされることはないと楽観していたのだ。
◇◇◇
やがて聖女エールは控室を出て、裁判会場に辿り着いた。
その頃には、自分の代わりに入った裁判官たちが、被告や聴衆に向けて、判決を言い渡す場面になっていた。
白髭豊かな老裁判官が、判決文を読み上げた。
「ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢に、自裁をお勧めいたします」
観衆は口々に囁き合う。
「自裁って?」
「自害しろってこと」
「要するに、死刑ってことかよ!?」
「そんな!」
ザワザワと、ざわめきが起こる。
そうした喧騒を打ち消そうとして、老裁判官ソウ・デミ伯爵は立ち上がって宣言した。
「勘違いなさらないでもらいたい。
ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢に濡れ衣を着せ、結果としてルヴァイユ・ライト王太子殿下の婚約者になりおおせた、グレタ・ラヴェル子爵令嬢の罪は重いことは、重々承知しております。
その意味では、悪いのはグレタ嬢といえるのは確かです。
よって、ヴィクトリーヌ公爵令嬢が、グレタ・ラヴェル子爵令嬢に対する復讐をこころざしてもおかしくないと同情できます。
だがしかし、だからといって、貴族令嬢を打ち据え、毒殺するのは重罪です。
加えて、王太子殿下の元婚約者として、恋仇のご令嬢を、怒りのあまり毒殺したとあっては、不名誉の誹りは免れません。
従って、ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢には、名誉ある自裁をお勧めすることに決したのです。
幸い、ここに亡母フランメ様譲りの毒物がございます。
口に含んでエスパルト公爵家の名誉を回復していただきたい」
呆れながらも、ヴィクトリーヌ・エスパルト公爵令嬢は毅然とした姿勢を保ち続けていた。
だが、名門エスパルト公爵家の令嬢として、衆人環視の下にあって、怯むような無様があってはいけない。
そう思い、震える手で、毒の小瓶に手を伸ばす。
そのタイミングで、近衛騎士に囲まれた場所にありながら、聖女エールは叫んだ。
「ヴィクトリーヌ嬢、そのような集団心理に屈してはなりません!
少なくとも、私、聖女エールは、このような不正な裁決を許しません!」
騎士たちがエールを取り押さえようとするが、彼女は白く光り輝き、まぶしくて手出しができない。
「裁きの神よ。
我は求め訴えり。
真実の証言を!
ライト王国王妃エティエンヌ・ライトの魂よ、召喚!」
裁判所の天井近くで、カッと真っ白い光が照らし出されたかと思うと、青白い光が天から降りてきて、次第に形を成していく。
その姿は、女性のものであった。
次第に立体的な凹凸を形造って、明確に、ある人物の容姿をかたどっていく。
そのさまを呆然と眺めていたルヴァイユ・ライト王太子は碧眼を見開いて、掠れ声をあげた。
「こ、これはーー母上?
そんな馬鹿な。
今時分は、謁見の間におられるはず。
どうして、こんなところに?」
青白い光がかたどったその姿は、この場にはいない、ライト王国の国母エティエンヌ王妃のものであった。




