◆34 魂の告白と、被害者の遺言書
殺人の被害者故レスト・ヌーブサント伯爵の娘、シェセル・ヌーブサント伯爵令嬢の魂は、ヒラヒラが付いた白いドレス姿で、腕でウサギのぬいぐるみを抱えたまま、片足を少し後ろに下げて膝を折り、頭を下げる。
霊体をまとっただけの魂であっても、貴族令嬢としての作法は弁えているようだ。
そして、ひときわ澄んだ声が、天上から降り注ぐような感じで、裁判所内全体に響き渡った。
◇◇◇
私、シェセル・ヌーブサントは、これまで見てきたことについて、正直に語ります。
お父様とお母様はいつも喧嘩ばかりしていました。
二人の間で、私はいつも怖くて震えていたんです。
でも、お父様は、私と二人きりのときは私に優しかった。
「喋れなくとも、心が伝わるよ」
とお父様はいつも言ってくださった。
お父様と同じように優しいのは、侍女のレイミアだけ。
彼女だけは、他の侍女たちのように、睨み付けたり、唾を吐きかけたり、蹴ったりしません。
頭を撫でてくれて、お花を摘んで、私の桃色の髪に飾ってくれます。
時折、お父様とレイミアが一緒になって私を撫でてくれたり、ぬいぐるみやお人形で遊んでくれたりもしました。
レイミアがほんとうのお母様だったら良いのに、と何度も思ったものです。
そんなある日、お父様が自らしたためた手紙を、私のぬいぐるみ、ウサギのチャッピーのお腹に入れたのです。
そして、私の頭に手を置いて、言いました。
「シェセル。このぬいぐるみを肌身離さず、大切にしなさい。
お母様に見せると取り上げられるから、気をつけるんだよ。
そして、お腹の中にあるこの手紙をヒューゴ・ローカス公爵様にお渡ししなさい。
わかったね。
きっと、シェセルにとって良いようにしてくれるから」と。
ヒューゴ様はお父様のお友達です。
そのように言いつけられたとき、私は直接、お父様がお手紙をお友達にお渡しすれば良いのに、と思いました。
そうした私の思いを、お父様は汲んでくれたようで、私の桃色の髪をクシャクシャと撫でてくれました。
「もちろん、私に何事もなければ、この手紙は不要になる。
けれど、最近、お母様は怖いだろ?
シェセル相手だけじゃなく、私に対しても怖くなってるんだ。
特に、新しく執事に雇ったカーボンという若造は危険でね。
出自がわからないだけじゃない。
どうも犯罪歴がある男のようだ。
ーーああ、こんなことを言っても、シェセルにはわからないよね。
とにかく、新しく来た執事には気を付けるんだよ。
そして、もし私がいなくなったら、このぬいぐるみを持ってヒューゴ・ローカス公爵様の家へと逃げるんだ。
ほら、門を出て、大通りをまっすぐ登った、杉の木が二本立つお屋敷だよ。
何度も行ったことがあるよね。
プリンを食べて、赤いお花をもらったーーそうそう、覚えているね、シェセルの頭を撫で撫でして、抱きかかえてくれた髭のヒューゴおじさんのお屋敷に駆け込むんだよ」
そのように、お父様に言いつけられたのでした。
だから、ぬいぐるみを肌身離さず持っていました。
そして、馬車でお出かけするご予定だった日に、突然、お父様が亡くなりました。
しかも、私の好きなレイミアまでが居なくなってしまったのです。
あの日、花輪を私の頭に飾り付けながら、レイミアは、
「しばらくの間、お留守にするわ。
ごめんなさい。
でも、いずれ帰って来て、お嬢様の弟か妹を連れて帰ってくるわね。
それまで待っててね」
と言っていました。
でも、その直後、お屋敷は大騒ぎになって、私が嫌いな侍女たちが笑いながら、口々に言い合うのを聞きました。
「レイミアが捕まったわ!」
「ふん、これでせいせいした」
「ほんとね。あんな田舎貴族の娘に主人面されちゃ、たまったもんじゃないわ」
「でも、旦那様はお可哀想でしたわ。
ほんとうにレイミアが殺ったのかしら?」
「奥様がそのようにおっしゃるからには、そうなのよ。
執事のカーボンも言っていたでしょう?
すでに奥様のご実家から養子をもらって、ヌーブサント伯爵家の当主となっていただく算段がついているって」
「そうよ。自業自得ってやつだわ。
旦那様も、あんな田舎娘を相手にするから、こんなことになるのよ」
「それにしても、レイミアったら、おかしいったらないわ。
私たち侍女が皆、アイツに旦那様のお手が付いたと知ってるのに、奥様にはまだ知られていないって本気で思ってるんですもの」
「後ろめたいから、そう思いたいだけなんでしょ。
良いじゃない、そう思わせておけば。
アイツを捕まえた騎士団の隊長さんに、旦那様がお亡くなりになったと知るや、すぐに駆けつけてくれるよう手配したのは、奥様ご自身だというのに」
「真っ赤に染まった奥様のドレスを捨てたのは侍女頭のパミラ様よね。
やっぱりそれって、返り血?」
「駄目よ、それ以上、考えちゃ。
私たちは奥様の言い付けを守れば、それで良いのよ」
「そうよね。
あの新人執事のカーボンが我が物顔でいるのがちょっとモヤるけど」
「仕方ないわよ。
奥様のお気に入りなんだから。
田舎貴族の娘にしたり顔されるよりは、よほどマシでしょ。
なんて言ってもイケメンだし」
「そうね。私たちも抱いてくれるし。
ほほほほ」
私はこれ以上、聞くに耐えませんでした。
だから、ヒューゴのおじさまのお屋敷に走って逃げたのですーー。
◇◇◇
娘シェセルの魂の独白を耳にして、フィファ伯爵夫人は立ち上がり、遠くの席に離れている娘に向かって走る。
娘が抱きかかえているぬいぐるみに対して、青い瞳は向けられていた。
ぬいぐるみに、都合の悪い手紙がある。
が、娘シェセルの姿は、隣のヒューゴ・ローカス公爵の大きな身体の陰に隠れていた。
そして、青白く光るシェセルの魂が、母親であるフィファ伯爵夫人が駆け寄せてくるのを、両腕を広げて通せんぼした。
母親フィファを目の前にして、魂の述懐は続いた。
◇◇◇
フィファお母様。
貴女はいつもいつも私を折檻ばかりしてきましたね。
黒い扇子で、何度、打ち据えられたかわからないほどに。
泣いても謝っても、許してくださいませんでした。
「どうして女で生まれてきたのよ。
この役立たず。
おまけに口が利けないだなんて。
おかげで私は世間の笑い者よ!」
といったことを、いつも言っていらしたわ。
そして侍女頭パミラ。
あなたは何度も私の頭を小突きましたね。
侍女スザンナ、パグリア、マリン。
あなたたちは、何度も私を転ばしたり、階段で突き飛ばしたりしましたね。
口が利けないのを良いことに、さぞ私をいじめることで気晴らしになったのでしょう。
お父様が気付いてお怒りになると、勝手に私が転んだと、そのたびに嘘をついていましたね。
ああ、それから、裁判の間、ずっと黙っている執事のカーボン。
侍女たちを好きに操る、怪しげなオトコーー。
あなたはお父様がお出かけになると決まってお母様の部屋に一人で入って行きましたね。
そして、戯れに、私が見ている目の前で、お母様と裸になって抱き合って、ベッドで寝て、苦しそうな声を二人してあげてましたね。
あれは何をしていたのですか?
お母様をいじめていたのですか?
でも、お母様は嬉しそうに笑っていらした。
理解できなかったけれど、とても嫌な気持ちになりました。
お父様にお伝えできなくて、ほんとうに口が利けなくて、悔しい思いをしましたーー。
◇◇◇
しばしの間、沈黙が場を支配した。
皆が言葉を失っていたのだ。
その中で、フィファ伯爵夫人は甲高い声を張り上げた。
「う、嘘よ。
子供だから、勝手な妄想をーー!」
聖女エールがすかさず言葉を挟む。
冷厳とした口調であった。
「魂は嘘をつきません。
それでは、シェセル・ヌーブサント伯爵令嬢。
ぬいぐるみをお隣のヒューゴ公爵様へお渡しなさい。
お父様のお言いつけを今、果たすのです。
そして、ヒューゴ・ローカス公爵閣下。
ぜひ証言台へ」
桃色髪に白いドレスをまとったシェセルは頷いて、ぬいぐるみを隣にいる髭のおじさんに手渡す。
そしてヒューゴ公爵は、ぬいぐるみのお腹の裂け目に手を突っ込み、手紙を取り出す。
すると、紋章印の封蝋がなされた封筒が出てきた。
これを開いて、髭の公爵閣下は目を落とすや、すぐに眉間に皺を寄せた。
「証言台に立って、読み上げていただけませんか?」
というエール裁判長の勧めに従い、ヒューゴ・ローカス公爵は堂々とした足取りで証言台に昇り、朗々とした声で読み上げた。
『ヒューゴ・ローカス公爵閣下。
取り急ぎ、したためます。
この手紙が届けられたということは、私の身に不測の事態が起こってしまったということなのでしょう。
閣下が仲人してくださった縁によって娶ったフィファでしたが、どうにも私とは上手くいきませんでした。
我が家の後見人である閣下に、後始末をお願いするしかない事態になってしまいましたが、どうか、私の願いを聞き届けてください。
まず、我がヌーブサント伯爵家の跡取りが出来る可能性が持てるようになりましたので、ここにお知らせしておきます。
私に新たな子供が生まれそうなのです。
しかし、母親となるのは妻のフィファではありません。
我が家の侍女レイミアです。
いまだ二十三歳と年若く、実家もウィスカー男爵家と後ろ盾が弱い娘です。
でも、待望の、ヌーブサント伯爵家の新たな子供です。
男の子であろうと、女の子であろうと、閣下に名付け親となっていただけるよう、お願いいたします。
レイミアが孕ったのは、妻のフィファとはすっかり冷めてしまった結果で、妻はレイミアが妊娠したことをまだ知りません。
ですから、大事を取って、レイミアに暇を出し、実家に帰ってもらうことにしました。
もし、レイミアが孕ったことを知れば、妻のフィファは何をするかわかりません。
フィファが外見とは裏腹に冷酷な女であることは、閣下が名付け親になってくださった娘のシェセルへの態度で明らかです。
シェセルは自分の子供だというのに、女の子だから跡を継げない、しかも口が利けないようでは、恥ずかしくて社交界に出すこともできない、ヌーブサント伯爵家の面汚し、まったくの出来損ないだ、と金切り声をあげては、娘を折檻するのです。
しかも、執事や侍女たちまで動員してシェセルに嫌がらせをするのです。
ほとほとフィファには愛想が尽きました。
それほど、策略めいて、狭量な女なんです。
侍女レイミアが私の子を宿したと知れば、それを許さないばかりか、お腹の子を殺しかねません。
でも、レイミアの実家で無事に子供を産むことが出来れば、あとは閣下が名付け親となって、その子をお認めになれば、フィファにも残忍なことはできなくなるかと思います。
ただ、心配なのは、妊娠までは知らずとも、私がレイミアと関係を持っていることぐらいは、妻のフィファも察しているようなのです。
おかげで、最近、勝手に雇い入れたカーボンなる不詳の若い執事と共謀して何か企んでいるようで、私の身ばかりか、レイミアの身も危ぶまれる事態になっているのです。
込み入った事情になって、まことに申し訳ありませんが、私に何かありましたならば、何卒、シェセルと、新たに生まれてくる子供、そして愛するレイミアの後見をしていただけるよう、よろしくお願い申し上げます。
ヒューゴ・ローカス公爵閣下へ。
貴方の忠実な弟分レスト・ヌーブサントより。
追伸:
若い頃、共に戦場を駆け抜けていた頃が懐かしく想い出される今日この頃です。
私と違い、素晴らしい家庭を築き上げておられるヒューゴの兄貴を心底、羨ましく思っております……』
ヒューゴ・ローカス公爵は、最後の追伸文を読む頃には、喉を震わせ、嗚咽していた。
それを聞いていた傍聴席の人々は皆、言葉もなく、大勢の者が涙を拭いていた。




