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〈裁きの聖女エール〉の異世界裁判記録ーー神の秘蹟「魂の召喚」発動! 他人に罪をなすりつけて平然としている者どもの悪事を炙り出し、鉄槌を下せ!  作者: 大濠泉
第五章 名門伯爵家当主殺人事件と物を言わぬお嬢様

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◆33 物を言わぬお嬢様

 傍聴席に座る聴衆は、皆、色めきだった。

 思いもしなかった事実を知ったからだ。

 貴族紳士は生唾を飛ばし、貴族淑女は扇子の裏に口許を隠しながら、口々に論じ始める。


「ヌーブサント伯爵家には一人娘しかいない。

 となると、もしそのお腹の子が男子だったら、その子が次代のヌーブサント伯爵となるわけだ」


「だったら、どうして愛人の侍女は実家へと追い返されたのだ?

 待望の跡取りができるかもしれぬというのに」


「やはり、レスト・ヌーブサント伯爵を殺したから、逃亡を図っただけじゃないのか?

 妊娠なんて嘘だろう」


「そうだ、そうだ。

 もし妊娠していたら、伯爵とて、母体を大切にするはずだ。

 侍女が妊娠したというのは虚言だろう。

 死にたくないから言い逃れをしているに違いない」


「それに、裁判長はあのような少女だ。

 男女の営みについても、何もわからないんじゃないか?」


「だとしたら、子供を宿してるってだけで、善い人だと思いかねんぞ。

 なにせペルソナ聖皇国の聖女サマだからな。


『子供は家の宝、国の宝。宝を生み出す母親も宝物』


 という教教えだからな、トリニティ教は」


「まさか、性教育が必要なほどの少女が裁判を取り仕切ることになるとは、誰も思わんだろう。

 これで、またも裁判が延期されるんじゃないか?」


「そんなの、ズルいぞ!

 処刑だ、処刑!」


 ダンダン! と、聴衆たちが足を踏み鳴らす音が裁判所内に響き渡る。


 が、聖女エール裁判長は臆することなく声をあげた。


「お静かに!

 私の外見から性に対して無知であることを、皆さんは懸念しておられるようですが、心配要りません。

 男女の営みと、子供がどのような行為によって生まれるかぐらい、存じております。

 さらに、亡きレスト・ヌーブサント伯爵の落とし(ダネ)がいる可能性を、私はあらかじめ想定しておりました。

 ゆえに、医師の出廷をすでに要請しております」


 おおッ!?


 傍聴席から驚きの声があがった。


「どうして、そんなことがわかったんだ?

 凄いな」


「さすが〈裁きの神エンマから愛された聖女〉だ!」


「少女の外見だが、なんだか威厳が感じられないか?」


 傍聴席において、聖女エールの評価が急激に高まりつつあった。

 裁きに入る際に、見る者が見れば明確にわかるほどの威光(オーラ)が全身から発せられている。

 これも神様から与えられた権能であった。


 が、実際、エールが用意周到だったのは、連日連夜、脳内で、延々と侍女レイミアの魂に(わめ)かれ続けたからであった。


『私は旦那様のお子を(みごも)っています。

 それなのに、私が旦那様を殺した犯人として、不当に罰せられようとしています。

 助けてください、神様!』と。



 エールによってあらかじめ呼ばれていた医師が、聴診器を用いて触診する。

 それだけでレイミアの妊娠を認めた。


 奥様のフィファ・ヌーブサント伯爵夫人が立ち上がって、傍聴席から声を上げた。


「夫はーーレスト・ヌーブサント伯爵は、その侍女の妊娠を認めてないわ!

 そうよ、今まで何度も言っていたことを思い出したの。


『火遊びなんかするんじゃなかった、侍女から子供が出来たと言いがかりをつけられて困っている』って。


 おおかた下男か誰かの(タネ)を仕込んだのでしょう!」


 侍女レイミアは涙目になって言い張った。


「間違いなく、旦那様のお子です。

 私は旦那様としか関係を持っておりませんから、間違いありません。

 旦那様は、ご自身の子だと認めて、祝福の言葉をくださったわ!」


 触診をした医師とは別に、ヌーブサント伯爵家のお抱え医師シュタイナー・フォール子爵も呼び付けて証言台に立たせたが、彼は、


「旦那様の真意については、旦那様にしかわかりますまい」


 と日和見をするばかりだった。

「事件については何も知らない」という中立の姿勢を貫いたのだ。

 それでも、お抱え医師としては、随分とレイミアの肩を持った態度といえた。


 他の、ヌーブサント伯爵家に仕えた侍女たちの、レイミアを糾弾する声は、常軌を逸するほどであった。

 皆、「真実のみを語ると、神に誓います」と宣誓してから、次々と証言し始めた。


 白髪混じりの黒髪を後ろで束ねた侍女頭パミラは、直立不動の姿勢で淡々と語った。


「レイミアは、ほんとうに(しつけ)が行き届いていない、はしたない女でしたわ。

 男爵家の生まれとはいえ、平民のようでした」


 赤髪の先輩侍女スザンナは、被告席のレイミアを横目で見ながら、口許を(ほころ)ばせる。


「レイミアは間違いなく、旦那様を誘惑するのを楽しんでいたわね。

 旦那様は目の遣り場にほんとうにお困りになってらして、それが気の毒でしたわ」


 茶髪の同僚侍女パグリアは、眉を八の字にして、さも憂慮していたかのごとく、


「レイミアは、陰で奥様を嘲笑っていました。

 そうした態度を旦那様は憂慮なさっておいででした」


 と訴えた。

 これに黒髪の後輩侍女マリンも追随する形で、オズオズとした口調ながら、


「レイミア先輩は、シェセルお嬢様のお相手ぐらいしか、務まる仕事がありませんでした」


 と、先輩侍女を無能者と(おとし)めたのである。


 職場の仲間たちの発言を耳にして、レイミアは唇を咬み、身を震わせた。


「みんな、酷い……。

 連日連夜、私をいたぶっておいて、証言台に立っても私を侮辱するーー。

 何が『真実のみを語る』よ。

 今に天罰がくだるわよ!」


 侍女たちは嘲笑う。


「おお、怖い」


「これだから落ちぶれた田舎貴族の娘は」


「貴女は、シェセルお嬢様のお相手だけをしていれば良かったのよ。

 まさか、旦那様を誘惑するだなんて」


 おほほほと、侍女たちは揃いの侍女服をまとった姿で、口に手を当てて笑う。


 話に上がった「シェセルお嬢様」は、故レスト・ヌーブサント伯爵とフィファ伯爵夫人との間に出来た唯一の娘で、いまだ八歳。

 年齢以上に幼さが残る女の子だったが、それだけに他と同調していじめをする気組みもなかった。

 実際、レイミアにとっては、シェセルお嬢様と遊ぶ時だけが慰めだった。


 聖女エールは真面目な顔付きで言う。


「被告レイミアが凶行に及んだ状況については、多くの目撃証言があったと聞いています。

 今一度、確認させてもらえないかしら?」


 侍女頭パミラは、仏頂面で、


「レイミアが執務室から走って逃げ出てきたのを見ました。

 執務室に入ったら血塗れの旦那様が倒れていました。

 彼女が旦那様を殺したのに間違いありません」


 と答え、先輩侍女スザンナは、自身の赤髪を振り払いつつ、


「私も見ました。

 血塗れで走る彼女の姿を。

 あれは返り血を浴びた姿だったんですね」


 と語り、同僚侍女パグリアは顎に手を当てながら、


「レイミアはナイフを持って、自室に引っ込んだんです。

 それから何食わぬ顔をして水浴びをしてーー」


 などと推測をも交えた発言をし、後輩侍女マリンは、裁判長席にまで身を乗り出すかのごとくつんのめった格好になって、


「ええ。

 私もレイミア先輩がおかしいっていう話を耳にしました。

 その日は、その噂で持ちきりでしたわ」


 などと、ヌーブサント伯爵邸に勤める誰もが、レイミアの不審な行動を承知していたと強調する。


 おおお!


 傍聴席から驚きの声があがった。

 貴族紳士や淑女たちが、身近にいる者同士で(ささや)き合う。


「これほど多くの証言があるというのに、どうして裁判なんかを開く必要がある?」


「ヒューゴ・ローカス公爵閣下が『ぜひ公正な裁判を!』と、ペルソナ聖皇国に訴えなさったそうな。

 レスト・ヌーブサント伯爵とは、仲が殊の外良かったからな。

 何か事情があって、レイミアとかいう侍女が犯人とは思えないのだろう」


「真犯人が別にいて、そいつを(あぶ)り出したかったのかな。

 となると、よほど第一騎士団の捜査隊に信用がなかったってわけか」


 傍聴席での噂話に聞き耳を立て、アスピック・エリスン隊長は不満げに眉を(しか)める。

 そうした表情の変化を読み取った聴衆が、慌てて話をまとめようとする。


「でも、傍証とはいえ、事件後の目撃証言が、これほど相次いでいるんだ。

 レイミアは主人殺しの罪で死刑は確定だな」


「そうだ。そうだ。

 裁判を延期した甲斐はなかった」


 皆が「捜査隊に信用がない」としつつも、その隊長のアスピック男爵の表情を窺うのには理由がある。

 捜査隊の捜査結果にいつも歪みがあって、政治的忖度(そんたく)が多すぎると評判ではあった。

 が、それだけ有力者の息がかかっているわけだから、誰もが後難を恐れて、彼ら第一騎士団に目を付けられたくなかったのである。

 第一騎士団、および王国上層部の影に怯えて、


「処刑だ、処刑!」


「主人殺しの田舎娘を断頭台に!」


 などと口走り、わあわあと騒ぎ出す者も出てきた。


 だが、聖女エール裁判長は、騒然とした雰囲気に呑まれることなく、いつも通りの平常運転だった。


「血塗れのレイミアを目撃したというのは、何日の何時ごろのことですか?」


 と、問いを重ねる。

 侍女たちが口を揃えて言うのは、ちょうど二週間前、午後に入りたての時刻とのことだった。

 レイミアが実家に帰ろうと門を出る、少し前の時だ。


「被告はこのとき、何をしていましたか?」


 聖女エールの問いに、被告席のレイミアは背筋を伸ばして、


「私はシェセルお嬢様と、庭でお花摘みに。

 それで花輪を造って、お嬢様の桃色髪に飾り、しばしのお別れを告げました。

 実家に帰り、その場で出産する予定でしたので」


 と答えた。


「では、レスト・ヌーブサント伯爵の忘れ形見であるシェセルお嬢様に証言していただきましょう」


 とエール裁判長が、傍聴席の最前列で、一人でぬいぐるみを抱きかかえて座るシェセル・ヌーブサント伯爵令嬢に目を向ける。


 すると、傍聴席から笑い声が漏れた。

 ヌーブサント伯爵家に関連する人々が占める席からだった。

 ついさっきまで証言台に立っていた侍女たちが、口々に言い募る。


「ほほほ。何をおっしゃるのやら。

 お嬢様は、証言台に立てませんよ」


「シェセルお嬢様は、口が()けないのです。

 そんなことも知らないのですか?」


「とうに国中に広まっている話かと思ったのですけど。

『ヌーブサント伯爵家の、物を言わぬお嬢様』って」


「でも、裁判長は聖女様とは言っても、外国の方ですから、知らないのも仕方ないですわ」


 侍女たちの無遠慮な発言に乗る格好で、母親であるフィファ・ヌーブサント伯爵夫人は、さも面倒臭そうに溜息をついた。


「我が子ですから、私が責任を持って育てますけどね。

 夫がこんなことになって屋敷がゴタついていますから、今はヒューゴ・ローカス公爵閣下のお屋敷で暮らしておりますが、裁判で決着がついたら、我が家に返してもらいます。

 ほんと、ゴタゴタ続きのときに、勝手に閣下のお屋敷に駆け込むだなんて。

 ご迷惑をお掛けして、恥ずかしい限りです。

 ほら、いつまでもぬいぐるみなんか持たないの!

 もう八歳でしょ!?

 ったく!」


 母親だというのに、フィファ伯爵夫人は、娘シェセルの席から遠く離れている。

 そのくせ、傍聴席全体に響き渡るような大声で娘に説教する。

 普段から、彼女が幼い娘を遠ざけているさまが窺われる。

 ヌーブサント伯爵家に仕える侍女たちまでが、露骨に嘲笑っていた。


 裁判長たる聖女エールは、両手を合わせて祈る姿勢を取る。

 そして天を振り仰いで、甲高い声を張り上げた。


(あなど)ってはなりませんよ。

 神様に不可能はありません。

 これより、神様のお力によって、彼女に言葉を発してもらいます。

 裁きの神よ。我は魂を求め訴えり。

 シェセル・ヌーブサント伯爵令嬢嬢の魂よ、召喚(サモン)!」


 ドン!


 という破裂音と共に、青白い光が天から降りてきて、次第に形を得ていく。

 その光は、シェセル嬢の姿を形造っていた。


 本人が、その様子を見て、ぬいぐるみを抱き締めたまま、目を白黒させていた。

 自分自身が此処にいるのに、そのすぐ目の前に、青白い光で出来た、自分と瓜二つの存在が出現したのだ。

 驚くな、という方が無理な相談だった。


「な、なによ、これ!?」


 母親であるフィファ・ヌーブサント伯爵夫人は、手にした扇子を落として、うわずった声をあげる。


 聖女エールは、フィファ伯爵夫人、そして傍聴席にいる他のすべての聴衆に聞こえるよう、大声で語った。


「神様より授かった権能により、私は魂の召喚を許されています。

 そして、私に呼ばれた魂は、真実を語ります。

 たとえ本人の口が利けなかろうと、魂はすべてを語ることができるのです。

 さあ、シェセル・ヌーブサントの魂よ、語りなさい。

 貴女は何を見てきたのか、を!」

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