◆32 レスト・ヌーブサント伯爵殺害事件の裏に隠された真実
正式な派遣依頼を受けてから、一週間後、ラステニク王国の王宮裁判所ーー。
観衆が注視する中、蒼い法衣をまとう少女が、裁判長席に着いた。
ヴェールを取り、首周りを覆う白いウィンプルを脱ぐと、美しい銀髪が姿を現す。
紅い瞳が特徴的な、十三歳ほどの、可愛らしい少女だった。
そんな少女が、木槌でガン! と台を打ち、
「これより、レスト・ヌーブサント伯爵殺害事件における被告レイミアについての裁判を行います。
私は裁判長を務めさせていただきます、聖女エールと申します」
と、透き通るような声で宣言した。
傍聴席から、ざわめきが広がる。
「なんだ、あれは?
子供じゃないか」
「しかも、女の子??」
「ペルソナ聖皇国から派遣されてきたらしい。
ヒューゴ・ローカス公爵閣下の要請だと」
「たしか、ヒューゴ公爵は殊の外、レスト・ヌーブサント伯爵を可愛がっておいでだったからな。
厳正な裁きを望んで当然だ」
「ヒューゴ・ローカス公爵閣下といえば、我がラステニク王国の宰相を務める筆頭貴族だ。
そんな有力者が要請したのに、あのような少女を送って寄越すとは。
ペルソナ聖皇国の無礼が過ぎるではないか?」
「でも、聖女エールといえば、〈裁きの神エンマに愛された聖女〉と聞いている。
今まで幾つもの裁判を取り仕切って、結果として難事件の真犯人を暴き出したとのことだ」
「あんな女の子が?
嘘だろう?」
人々が動揺する中、裁判が開始されたのだった。
紅い瞳をした銀髪少女のエールが、
「告発人、前へ!」
と声を発すると、堂々とした体躯の金髪男が証言台へと昇る。
騎士用の礼服を着込んだアスピック・エリスン男爵であった。
彼は、被告席に座る女性を、まっすぐに見据えながら、告発を始めた。
「私は、ラステニク王国第一騎士団捜査隊隊長アスピック・エリスンであります。
ヌーブサント伯爵家仕えの侍女レイミアを、主人殺しの罪で起訴いたしました。
当然、死刑を求刑いたします」
被告席のレイミアは亜麻色髪を震わせ、金切り声をあげる。
「私は殺してなんかいません!」
捕まった時と同様、彼女は紺色の侍女服を身にまとっている。
拘留の間中、着替えができなかった証だった。
女性の金切り声を耳にして、アスピック隊長はやれやれと肩をすくめる。
「留置所でも始終、あの通りでして。
レディ相手に拷問するのも心苦しいので、即時、裁判所送りにしてしまおうとしていたのに、上からの命令で、今まで裁判が延期されてしまって。
でも、彼女、レイミアが下手人で間違いありませんよ。
凶器のナイフを侍女の部屋で発見しましたからね」
「そんなの、知りません。
初めて見たナイフです!」
ちょうど良いとばかりに裁判長エールは、被告レイミアを証言台に立たせて、問いかける。
「ヌーブサント伯爵邸から出て行こうとしいた際に捕縛されたとのことですが、逃亡しようとしていたのでは?」
「違います。
生前の旦那様からお暇をいただいたのです。
私の母が持病で、もう長くはないのに、去年も、その前の年も帰省できませんでした。
ですから、旦那様が気を利かせてくださったのです。
そのことは奥様もご存知です」
アスピック捜査隊隊長が横から口を挟む。
「おかしいですねえ。
貴女は暇を出されたことに腹を立てていた、と奥様は証言なさっておりますが」
「そんなことーー奥様!
これはいったい……」
傍聴席に座るフィファ・ヌーブサント伯爵夫人に目を向ける。
金髪碧眼のフィファ伯爵夫人は、黒い扇子を広げて口許を隠しつつ、吐き捨てた。
「白々しいのよ、この泥棒猫!
私は知っているんですからね。
あなたが夫と仲睦まじく逢瀬を楽しんでいたことぐらい」
「奥様!?」
侍女レイミアは、事実上、レスト・ヌーブサント伯爵と愛人関係にあった。
奥様相手には隠しているつもりだったが、とうにバレていたようだ。
レイミアは両拳を握り締めて覚悟を決めた。
「ええ。私は旦那様から愛されておりました。
奥様には悪いですけど、認めます。
私は旦那様の愛人でした。
ですが、いえ、だからこそ、私が旦那様を絶対に殺さない理由があります」
レイミアは下腹部に両手を当てて、胸を張った。
「私のお腹には、旦那様のお子が宿っているんです!」
その瞬間、裁判所にザワザワとした喧騒が湧き起こった。




