◆31 東方の異国からの聖女派遣嘆願書
ペルソナ聖皇国の中央聖都から、馬車と船を乗り継がなければ行けない遠方の東国、ラステニク王国ーー。
ある夏の昼下がり、突然、名門ヌーブサント伯爵家において事件が勃発した。
だが、奇妙なことに、その事件が起こったのは突発的であったのに、発生直後には王家から騎士団が捜査隊として派遣されていた。
「貴様、何処へ行く?」
銀色の甲冑をまとった騎士たちが、大勢で取り囲むようにして、レイミアの行手を塞いだ。
侍女レイミアが奉公先のヌーブサント伯爵邸から出て実家に帰ろうとした、ちょうどその時のことであった。
「実家へ里帰りしようと思っているのですが……何かあったのですか?」
久しぶりに再会する、家族の顔を思い浮かべて、気持ちが弾んでいたのに、突然全身に冷水をかけられたように緊張した。
「しばし、そこで待っておれ」
と言われて、通せんぼされた状態で、何処にも行けず、足止めを喰らわされた。
それから、五、六人の騎士が鎧をガチャガチャと音を立てて、お屋敷へと入り込む。
やがて、大声をあげて駆け寄せる騎士があった。
「ありました!
凶器です」
下っ端らしい若い騎士の手に、血濡れたナイフが握られていた。
柄に金銀の装飾が施された、高価そうなナイフだった。
それを受け取り、先頭にいる騎士は厳つい顔を私に近づけた。
「コイツがおまえの部屋から見つかった。
おまえのだな、この凶器は!?」
「いえ。このような高そうなナイフ、初めて見ますが……」
鮮血が滴り落ちんばかりになっていて、綺麗な装飾も台無しになっている。
何に使ったナイフなのか。
予想がついて、レイミアの身体は震えた。
しかも、そのナイフを、レイミアの持ち物だと、この騎士は決めつけている。
このラステニク王国では、身分の低い者が一度、犯罪の容疑者となると、拷問の末、罪を認めさせられるか、そうでなくとも、即座に裁判にかけられて処刑されてしまう。
裁きが真実に基づいたものとは言い難いことは貴族から庶民まで、誰もが知っていた。
騎士が鬼のような形相で言い放った。
「ヌーブサント伯爵家付きの侍女レイミア。
貴女を主人殺しの容疑で逮捕する。
駐屯所まで来てもらおう。
連れて行け!」
「え? そんなことない!
何なの? 私、知らない!」
わけがわからないまま、レイミアは後ろ手に縛り上げられ、馬車に押し込められた。
亜麻色髪のレイミアは、奉公先の旦那様であるレスト・ヌーブサント伯爵を殺した犯人として、捕縛されたのであった。
◇◇◇
その日、聖女エールは、激しい頭痛に悩まされ、銀色の髪を掻きむしっていた。
侍女姿の女性が昨晩から夢に現れて、必死に訴えかけてきたのだ。
「なんか、亜麻色髪で、両目がパッチリとした、スタイルの良い侍女さんなんだけど、誰だかわかる?」
エールがこめかみを指でグリグリ押しながら尋ねる。
すると、白騎士ディアユーグがお茶を淹れつつ答えてくれた。
「数日前、東方のラステニク王国で、名門貴族家当主レスト・ヌーブサント伯爵が殺害されたそうですよ。
その殺人事件の犯人とされた侍女のことでしょう。
白昼堂々の犯行で、ほかの侍女や執事など、多くの目撃証言があったそうです。
即決裁判で、早々に処刑されると思われていました。
でもーー。
エール様の夢に現れるということは……」
「冤罪なんでしょうね。
やっぱ、私が出向くしかないかぁ」
ラステニク王国は、中央聖都から、馬車と船を乗り継いで三カ月はかかる遠方の国家である。
とはいえ、エールが〈裁きの聖女〉として他国の裁判に向かう際は、教皇庁にある転移魔法室を使うことが出来る。
だから、ラステニク王国の教会へと転移して、あっという間に到着することが可能だ。
だから、エールがラステニク王国へ向かうことに及び腰になっているのは遠距離にある国家だからではない。
トリニティ教の影響力が今ひとつの国だからだ。
十三歳の少女エールは頬杖をつき、はあと溜息をつく。
白騎士は紅い瞳を細めて、ゆっくりと首を振る。
「ラステニク王国といえば、政治的独立性が強い国で、トリニティ教を国教としてはいますが、ペルソナ聖皇国の威光にも、そこまで服さないお国柄です。
それに、貴族間で形成された派閥の力が、王権よりも強いと言われています」
「じゃあ、私が出張っても、裁判官にはなれないのかしら?」
「いえ、それはわかりません。
私がその事件に注目していたのは、昨日、彼の国の筆頭貴族であるヒューゴ・ローカス公爵が、事件の概要を記した上で、ぜひとも厳正で公平な裁判を開くよう、我が聖皇国に訴え出ておりまして。
今日明日にでも、正式な『聖女派遣嘆願書』が届くかもしれません。
ーーでも、妙なんですよね。
多くの証言があることですし、即刻有罪に決しようと、被害者遺族と政府が働きかけていたところに、その公爵が待ったをかけたのです。
それで裁判が延期されているという異常事態ですから、私の目を惹いたのです」
「そうなんだ。
『厳正で公平な裁判』をお望みってことは、ひょっとしたらーー」
「はい。
聖女エール様が裁判長になるとおっしゃられたら、喜んで迎え入れてくださるでしょう」
そこへタイミング良く、ラステニク王国よりの使者が、教皇庁にある聖女エールの執務室へとやって来た。
「ラステニク王国宰相であるヒューゴ・ローカス公爵閣下から、ぜひ〈裁きの聖女様〉のお力をお貸しいただきたい、との要請が」
聖女エールは使者の両手を掴んでブンブン上下に振った。
「喜んでお受けいたしますわ!」




