◆30 港町の顛末と首輪の鈴
トリニティ教の総本山・ペルソナ聖皇国の教皇庁ーー。
第三会議室で、教皇アルファを上座に据えて、枢機卿たちが頭を悩ませていた。
「今回は非常事態だ。
聖女エール様が裁判を投げ出した」
「判決も言い渡さずに、裁判所から出て行ってしまわれた」
「しかもそれ以降、聖女様は教皇庁の自室にお籠もりになって、出て来ない……」
「まだ、ガハラマシ領で起こった顛末を、聖女様には報せてはいないのだろう?」
「それなのにーー?」
「いや、相手は神の寵愛を受けた聖女様だ。
事の次第を察知なさった結果かもしれない……」
神様に捧げる舞を踊るべき舞姫たちが、振付師を交えてドロドロの人間模様を繰り広げた結果、領主の嫡男が惨殺され、二十年来の恨みを晴らした殺人犯も自害した。
あまりのくだらなさ、嫉妬や欲得の絡み具合にうんざりした聖女エールは、〈裁きの聖女〉であるにも関わらず、裁判を放り出し、自国へ帰ってしまった。
結局、トリニティ教会が割って入って裁決を下していったものの、残された人々の間で、更なる惨劇が繰り広げられてしまっていた。
◇◇◇
ペルソナ聖皇国の南に位置付くガハラマシ領のペーテルフェアは、百二十年ほど前に自治都市となった港町であった。
その港町では、トリニティ教にとって重要な儀式があった。
二十年ごとに芸能神コノハナ様に三人の舞姫が舞を奉納する祭である。
ところが、今年は二十年ごとの奉納舞が中止になった。
舞姫が三人とも姿を現さなかったからだ。
さらに、翌朝、奉納舞台の上に領主令息が斬殺死体で発見された。
自警団が舞姫の一人を殺人犯として検挙したが、彼女は犯人ではなかった。
二十年前、怪我を理由に首席舞姫の座から引き摺り下ろされた女性の恨みから起こった殺人事件だったのだ。
その女性の犯人は、領主令息を殺す以外にも様々に暗躍していた。
その結果、ガハラマシ領の重要人物たちがひた隠しにしていた事実を暴露することに成功して、その犯人は満足のうちに自害して死んでしまった。
かくして、一人の女性が冤罪から救われ、殺人事件の真犯人も明らかとなった。
それでも、事件の裁きは終わらない。
奉納舞は神事ゆえにトリニティ教会が再調査にあたり、二十年前の奉納舞にまつわる事件をも込みで裁き直すこととなったのである。
「聖女エールが憤慨して裁判を投げ出した」という事実に衝撃を受け、少しでも聖女様のご機嫌を直してもらおうと、トリニティ教会による裁きは厳しいものとなった。
まず、領主令息レジャルディ・ガハラマシの殺人容疑をかけられていた、亜麻色髪のピエレットは当然、無罪となった。
さらに、父親ギオネメルともども、今は亡きベルニーが教皇より賜ったジャルディノアンの姓を称することが許された。
その一方で、セナク・アングレームとローラ・ベルク、二人の舞姫は、憶測だけでピエレットに濡れ衣を着せたとして、姓を剥奪。
平民扱いに落とされた。
そしてセナクの母親、神官カロン・アングレームは教皇庁の職場より追放。
アングレームの姓を剥奪したうえに、トリニティ教の神官の品位を著しく傷付けたとして禁錮三年の刑に処された。
また、カロンが家庭を持った神官であることを承知のうえで幾度も情事に及んだ漁師網元ベイル・ペテルは、網元の職権を剥奪され、禁錮五年の刑を言い渡された。
彼は不服として教会を相手に控訴したが認められず、地元ペーテルフェアの獄舎に監禁された。
カロンの夫、神官ルオノ・アングレームは、カロンと娘セナクを離縁するだけで罰せられることなく、生来の姓アングレームを維持できた。
だが、職場は左遷となり、中央聖都から追い出された。
また、確かな証拠もないままにピエレットを容疑者にした、自警団団長ハノーバーは他から非難される前に、職を辞していた。
そして、自警団の一団員として自らを鍛え直している。
振付師ヴァル・ペリシエは、今回の事件では罰を受けることはなかったが、今まで多くの落選舞姫をはじめとした女性をレジャルディに斡旋した罪により、その女性たちから訴えられ、幾つもの訴訟案件を抱えることとなった。
振付師の妻ミュゼは、夫を支え切れそうもないとして離縁を決意。
これからは裁縫師として独立して生活するという。
そして、コルネリウス・ガハラマシは全領地をペルソナ聖皇国によって没収され、刑期は未定の内に、夫婦揃って獄舎入りとなった。
ガハラマシ家は領主家とはもはや認められず、当辺境地は名称を変更することとなった。
それでもフィルミアニはコルネリウスと離縁することなく夫婦を続けると宣言し、いずれはペーテルフェア港町から離れ、新たな生活を始めるとした。
こうした裁きによって、事件は一件落着すると思われた。
ところが、そうはならなかった。
教会による裁きを不満として、民衆暴動が発生したのである。
地元の獄舎が暴徒によって襲撃を受け、領主夫妻や神官、網元といった者たちが引き摺り出されてしまった。
もちろん、彼らを逃すためではない。
教会ではなく、ガハラマシの領民である自分たちの手で、裁きを下し直そうとしたのだ。
教会による裁決がおりた後、教皇庁から一通の通達があったことも暴動発生の原因となった。
教皇庁は以下のように決定事項を通達してきたのだ。
舞姫の席次は、住民投票によって決定されること。
そして今後は、奉納舞を舞っても、舞姫が神官になることはない、と。
この通達を知った民衆が激怒した。
「この港町ならではの祭が汚され、ペーテルフェアの名誉が失われた」という意識にかられた民衆が蜂起したのだ。
領民の怒りの矛先は、そのとき獄舎に繋がれている者たちに向かった。
コルネリウス・ガハラマシとフィルミアニの領主夫妻、神官カロン、そして漁師網元ベイル・ペテルーー。
彼らは獄舎から引き摺り出されて、拘束されたまま舟に乗せられ、海にまで引っ張り出された。
そして一人ずつ重石を身体に括り付けられ、海に沈められたのである。
暴徒どもの裁きの基準は、滅茶苦茶なものであった。
そのまま海に沈めば、コノハナ神に受け入れられたことと見做す。
反対に、海から浮かび上がってきたとしたら、それはコノハナ神に存在を拒絶されたことを意味する、としたのだ。
要するに、ペーテルフェア港の海に落とされた者は、確実に死ぬことが決定されてしまったのである。
領主夫妻も、神官と網元も、必死にもがいた。
誰もが溺れて死にたくはなかった。
水面に頭を浮かびあがらせ、しきりに息継ぎをする。
だが、舟の上で待っていた暴徒どもは冷酷だった。
「見ろ! やはり神はお赦しにならなかった!」
「罪深かき者どもだ!」
非難や罵声を浴びせかけつつ、櫂や棍棒、槍などで、浮かび上がった者たちを、次々と突きまくったのである。
「ぎゃ!」
「痛い、痛い!」
「助けて!」
「悪かった、悪かったからーー」
こうしたやり取りを、六回も繰り返した後、結局、全員、海底へと沈み込んでしまった。
私刑によって、領主夫妻、神官、網元らが、皆殺しとなってしまったのであったーー。
◇◇◇
聖女エールが裁決をしなかった結果、これほど悲惨な顛末が繰り広げられてしまった。
でも、これはエールの責任というよりは、その後の教会による裁決が人心を納得させるに至らなかったことのせいである。
もっと言えば、二十年前の奉納舞において、領主嫡男の不実、そして首席舞姫に対して不当な扱いが行われていることを看過した教会の責任というべきであった。
教会が領主家の腐敗を見抜けなかったゆえに、その領主家を除いたところで、新領主に相応しい者が現地に居ない。
というか、誰が新領主になっても、怒れる民衆を鎮めることはできないだろう。
そういった不穏な事態に、南方の辺境を追い込んでしまっていて、もはやエールひとりの問題とは言えなくなってしまっていた。
だから、枢機卿たちは頭を悩ませる。
皆の困惑を代表して、教皇アルファは吐息とともに宣言する。
「とりあえず、ペーテルフェア港を含め、ガハラマシ領を教皇庁の直轄地とする。
今のところは、それしかない。
そして、聖女様のご機嫌を直すことについてはーー」
若い教皇は肩をすくめた。
「彼女の従者たちの働きに期待するよりほかはあるまい……」
実際、白黒騎士たちのやり取りによって、主人であるエールの機嫌は回復することになるのだが、教皇や枢機卿がそれを知ったのは随分、後のことであった。
◇◇◇
その日、白騎士ディアユーグが、いきなり同僚に手を廻した。
黒騎士ジャンフリーの首に、いきなり何かを装着したのである。
人化したジャンフリーが、ソファの上でうたた寝している隙を突かれた格好だ。
黒騎士が眉間に皺を寄せながら、首に感じる違和感の元を両手でいじる。
「なんだよ、これは!?」
「君に似合うかな、と思って。
気に入らなかった?」
鈴の付いた、白い首輪であった。
横から覗き込んで、エールは手を打った。
「あら、可愛いじゃない!」
「うるせえ!」
黒騎士ジャンフリーは身体を起こして、白騎士ディアユーグの胸倉を掴んだ。
「舐めんなよ。
俺様にとっちゃ、鳩なんか、食い物の一種に過ぎねえ!」
猫が鳥を襲うのは、この世界では良く見かける光景である。
黒猫ならではの、白鳩に対する目一杯の恫喝であった。
でも、ディアユーグは笑顔を崩さない。
「それは怖いですね」
と微笑むばかり。
白騎士のゆとりのあるさまを目にして、黒騎士は頬を膨らまし、首輪から鈴を引きちぎる。
そして、その鈴をエールに渡した。
「あげる!」
「ありがと。
でもディアユーグ、私が貰っちゃったけど、良いの?」
主人エールから話を振られて、ディアユーグは機嫌良く了承した。
「もちろんです。
私が贈ったものを、どう扱おうと、贈られたジャンフリーの自由です。
まして、主人であるエール様にお渡しするなど、機転が効いておりますし、私にとっても名誉です」
白騎士と主人の様子を目にして、黒騎士ジャンフリーは、ますます不逞腐れる。
「なんだよ、そりゃあ!
結局、俺様よりもエール様かよ。
だったら、初めからエール様に寄越せば良いものを」
「聖女様は畏れ多いので」
澄まし顔のディアユーグに、黒騎士は喰ってかかる。
「てめえ、俺様を軽く見てやがるな!?」
白黒騎士は二人で、ドタバタとして、じゃれ合う。
ジャンフリーも文句を言いながらも、白い首輪は付けたままだった。
ご主人様のエールが目を細めて、二人(一匹と一羽?)が揉め合うのを眺めていた。
「ほんと、仲が良いわね……」
そして、呟いた。
「やっぱり気を取り直して、私が頑張るしかないわ。
私以外、この世界から冤罪を糾せるヒトがいないんだから……」
欲得や利権が絡まない、じゃれ合うようなやり取りを従者がしているのを見て、主人エールは傷心を癒し、元気を貰ったのであった。




